第71話 死霊使いケツァル(1)


【357日目 10月31日 午後7時半頃 千葉県木更津市】



「みんな、大変だよ! 美咲ちゃんのお母さんが死霊使いになってしまったらしい! 今すぐ私は『神楽』で美咲ちゃんのところに飛ぶから! コリンズさんにも知らせて、みんなで木更津に……」




 みんなに向かって大声でしゃべっている途中に視界がホワイトアウトした。と思ったら次の瞬間、知らない家のリビングの中空に浮かんでいた!





 私は即座に「反応速度5」を起動する。「反応速度5」の効果によって私の主観時間が32倍に引き伸ばされ周りの風景の動きが静止した様にゆっくりになると同時に周囲は一気に暗くなり音が全く聴こえなくなる。


 「反応速度」は行動加速を可能とする身体強化魔術。発動者の思考や神経系及び筋肉動作などの生化学反応速度を加速する魔術である。

 この魔術の燃費は非常に悪い。私の場合は「反応速度5」を発動すると主観時間320秒で全魔力を使い切ってしまう。「反応速度5」の行動加速は32倍なので実際の時間にすると僅か10秒。


 だから反応速度を起動したならのんびりはしていられない。短期決戦なのです。


 私は「反応速度5」の発動と同時に「隠密1」と「暗視1」「筋力1」「持久力1」「衝撃耐性1」を追加、多重発動して突発的な戦闘に備える。

 そして亜空間ルーム開口部を展開して手を突っ込みM4カービン型個人携行神器を取り出して隠蔽用障壁を展開、これで守りも完璧。


 リビングの中空に浮遊しつつ素早く周囲を見渡すと美咲ちゃんと美咲ちゃんに似ているアラフィフのおば様がお互いに向き合って立っている。

 間違いなく美咲ちゃんのお母さまだろうー-どんな状態なのか確認させていただきますー-ステータス!



名前 死霊使い 

種族 人(女性) 

年齢 0歳(人間 45歳)

体力 G  

魔力 F

魔法 ー

身体強化 ー

スキル ー

死霊スキル ゾンビ化C ゾンビ修復C

   ゾンビ再生C ゾンビ強化C 

称号 水無瀬亜希子だったもの

   主婦 死霊使い



 ……確かに。間違いなく死霊使いになっている。とりあえず「神楽」の瞬間移動で現場に飛び込んだのは良いけどどうすればいいのかーー



 よし。まずは、「睡眠5!」



 私が構えているM4カービン型個人携行神器の口径12.7mmのバレルから「睡眠5」の魔法弾が発射される。弾速は秒速800mを超えるので瞬時に死霊使いのお母様に着弾する。

 準攻撃魔法である「睡眠」の魔法弾が命中しても属性効果のみの発動となる。対象を32時間眠らせるという効果なんだけどーーおかしい。お母さまの眼が開いている。眼が閉じないね?



「『睡眠5』が効かない……睡眠状態になった感じがしないよ? 魔法抵抗があるようには見えないけど」



 思わず口に出して呟いてしまった。じゃあ別の魔法ーー「恐怖9」を試してみよう。


 この「恐怖」は精神を麻痺させる準攻撃魔法。異世界イースでは「レベル6」くらいの強度でも竜亜神を行動不能にできた。ましてや今回は「レベル9」、私の総MPの64パーセントを消費する大魔法なのである!



ではーー「恐怖9!」



 !! 「恐怖9」を直撃させたにもかかわらず、お母様の様子に変化が見られない!


 ヤバい、滅多にいない強敵かもしれない! 


 しかも「反応速度」その他の各種身体強化で急速に魔力を消費しちゃってるし! 魔力残が20パーセントを切りそうだ! 



MP amount 20/100 remaining time 31



 ええい、魔法はもういい! 神技「物質創造!」

 私は神技「物質創造」を使ってケブラー繊維を作り出してお母様をあっと言う間にグルグル巻きにしていくーーよし、これくらいでいいだろう。私は燃費の悪い「反応速度」の発動を停止する。



MP amount 19/100 remaining time 28



「反応速度」の発動を停止すると周りが一気に明るくなり音が戻ってくる。美咲ちゃんも動き出した。



 中空に浮いていた私はゆっくりと降下していき床に足を着ける。ごめんね、お家の中だけど黒パンプス履いたままです。


 お母様はゆっくりと倒れていき頭を壁にぶつけたあと頭を壁にこすりつけながら大きな音を立てて床に倒れた。


 すみません。美咲ちゃんのお母さまだから申し訳ないけど正体不明の危険人物(死霊使い)に安易に近づくことは出来ないから。



「アリスちゃん、来てくれてありがとう! ……怖かった、お母さんが変なんだよ……喋る内容も変だし、どうなったのかな」



 美咲ちゃんが抱き着いてきた! 身長は私の方が1~2センチ高いけど美咲ちゃんは私より体幹がしっかりしているからちょい苦しい。茜ちゃんと同じく可愛いからいいけどね。


 M4カービン型個人携行神器を左手一本に持ち替えて右手で美咲ちゃんの背中を優しく擦って落ち着かせる。いちおう正体不明の危険人物(死霊使い)がいるので念話で会話することにする。



『美咲ちゃん、大丈夫。私は神の中の神、時空神の亜神アリスだよ? だいたいの敵には負けないし、使える手札は多いから!』



 とか念話で会話している間に断続的にゾワッ、ゾワッ、と悪寒を感じる。さては何らかの精神攻撃だね?



 私は改めてミノムシになって床に倒れているお母さまの方に目を向ける。お母様は憎々し気に私の方をにらんでいる。断続的に悪寒を感じるので諦め悪く精神攻撃を試みているんだろう。



『美咲ちゃん、この……お母さま、何か喋ってた?』


『……お母さんは死霊使いだって。言うことを聞けばこの体は元に戻してあげるって。でないとお母さんは死んでしまうって』



 言うことを聞けばこの体は元に戻してあげる、か。元に戻せるのか? 



『お母さまの目的は分かる?』


『神様の居場所を教えろって。この世界の神様と敵対したくない。だから神様に会って神様と友達になりたいって』



 ほう。なかなか紳士的で常識的な目的な割にはやってることが敵対的、暴力的だね? 嘘つきなのかな? 聞いてみるか。床に横たわって蓑虫になっているお母さまに声をかけてみる。



「あなたは誰なのか。回答してもらいたい」


「貴様は誰だ。この拘束を解け、いきなり無礼であろう」



「あなたこそ、なんの罪のない女性を死霊使いにした無礼者ではないか。その女性をすぐに元に戻すのだ」


「そういうわけにはいかん。貴様、この世界の神だな? 名を名乗れ」


「死霊使いごときに名乗る名前など無いのだよ。あなたこそ名を名乗れ」



「……我の名はケツァル」


「そうか、ケツァル。あなたの目的は何なのだ? そして何のためにその女性を死霊使いにしたのだ。答えよ」


「……エルトリア王国のリーナ・フィオーレが神の使命を受けてゲートを通ってこの世界にやってきた。我々はこの世界の神と会いたかったのでリーナ・フィオーレの近くに居れば神に出会えると思ったのだ。これで納得か?」




 リーナ・フィオーレだって? 美咲ちゃんの魂のコピーが飛ばされたのはこの死霊使いが居る世界……そして地球に帰って来た?

 よし、この事は後でキッチリと問い詰めるとして……




「そんなことでなぜその女性を死霊使いにする必要があるのか。で、神様に会えたらどうするんだ?」


「我らの世界の帝国に来て貰いたい。首都にて歓待しよう。我らと友好関係を結んでもらいたいのだ」


「その帝国ってどこにある?」


「この世界でいえば中国の北京だ。国号は「元」 モンゴル帝国ともいう」




 なんと! ビックリした! 過去の地球と同じ国の名前、そんなことあるのかな?」




「この世界、地球にも同じ名前の国がかつてあった。800年くらい昔の事だ。あなたの居た世界と地球とは何か関係が有るのか?」



「関係が有るかどうかは知らん。我らの世界とこの地球は非常によく似ている。大陸の配置はほぼ同じ。動物、植生、人種の分布もほとんど同じだな。言葉もほぼ同じ地域に同じ言語があるな。我の知る限りでは」




 なんとーーいわゆる「パラレルワールド」平行世界なのか。




「なるほど、ではその女性を元に戻してもらいたい。私はこの世界の神だよ。満足だろう?」


「やはりそうか。だが、我らの世界の帝国に来てもらう必要がある。それまでは元に戻すわけにはいかん」



「……随分と敵対的だな。あなた達は神と友好関係を結びたいのではないのか?」


「友好関係は結びたいが、交渉と取引は必要だ。取引のうちのひとつだよ」


「つまり、人質というわけなのかな?」


「そんなつもりはない。我々は友好的に、この世界の神を帝国の首都、「元」の「大都」に招待したいだけだ」





 ふむ。今までの会話からすると、この死霊使いはさほど攻撃的ではなく寧ろ友好的である風にふるまっていて、完全に悪ーー人類の敵であるとは断言できないように見せかけている。今のところは。


 しかし美咲ちゃんのお母さんを死霊使い化して希望が通らなければ殺すというふるまいは十分に敵対的で非人道的。

 明らかにギルティーーお前らは真っ黒の有罪だ。絶対に許さん。裁判なんか必要ない。私は神なのだからね。




 ゆえに私としては問答無用に強硬策に出てみようと思う。



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