第59話 怪しいおじさん


【10月5日 午後8時頃 新宿御苑 芝生広場】



「ー-そこの女はエルトリア王国のリーナ・フィオーレだな? ちょっと話をしたい」



 ……え。なんで私の名前をこの怪しいおじさんが知ってるの? 


 思わす秋津さんの顔を見ると秋津さんも私の顔を見てきてお見合いのようになってしまった。




「リーナさん、神聖結界、プロテクティブサークルをすぐに使えるように発動準備を続けてください。その間に僕があのおじさんのステータスを鑑定しますから」




 私は秋津さんにゆっくりと頷きながら怪しいおじさんから目を離さないようにする。


 秋津さんは火魔法「ファイアーボール」の発動待機をキャンセルして鑑定を始めた。





「リーナさん、あのおじさんは『死霊使い』ですね。元は普通の人間、持っているスキルは死霊スキル。リーナさんが言ってた異世界の死霊使いのスキルとおんなじです、たぶんですけど。

次はリーナさんが鑑定してみてください」




 私は秋津さんが再び火魔法「ファイアーボール」を発動待機状態にして青白く輝く球体が目の前の空間に出現するのを待ってからおじさんの鑑定を試みる。


 そこの怪しいおじさんを「鑑定!」



名前 死霊使い 

種族 人(男性) 

年齢 0歳(人間 38歳)

体力 G

魔力 D

魔法 ー

身体強化 ー

スキル ー

死霊スキル ゾンビ化C ゾンビ修復C

   ゾンビ再生C ゾンビ強化C 

称号 警視庁警備部課長補佐だったもの

   社畜公務員 死霊使い




「確かに死霊使いだね。称号には『社畜公務員』ってあるけど、これって本人がそう思っているから表示されると思う」




 私は秋津さんに聞こえるように怪しいおじさんのステータスを観察した結果を口にする。

 いちおう、私の方が異世界と死霊使いに詳しいからこうして思ったことを口に出した方がいいと思ったんだ。


 秋津さんは小さく頷きながら聞いてくれている。




「警視庁警備部課長補佐だったもの……既に殺されているんだね。そしてこの人の元々の名前は分からない。すいません、助けられなくてごめんなさい」


「スキルは死霊スキルしか持ってない。これなら攻撃力はほとんどないかもしれない。ちょっと安心」


「ここ地球で『魔法』や『スキル』を持たない普通の人間を死霊使いにしてもたいして強くないのかもしれない」




 ひととおりステータスで分かることを口にした後、怪しいおじさんに問いかけることにする。


 私がリーナ・フィオーレであることは回答しないでおこう。




「そこの怪しいおじさん? そういうあなたは死霊使いなの? その社畜公務員のおじさんは殺したの?」


「いいや、この人間は生きたまま死霊使いに仕立てたから生きている。 君が我々の言うことを聞いてくれれば元に戻して解放してやろう」




 この人はまだ生きているの? 異世界ではホーリーライトを使って死霊使いやゾンビを討伐した後は死体しか残らなかったはずだ。おかしい。




「おじさん、嘘はダメだよ? エルトリア王国では死霊使いを浄化して滅ぼした後は死体しか残らなかった。これはどう説明できるの?」


「なるほど、その疑問は尤もだ。

君は知らないだろうが、ゾンビや死霊使いは神聖な力で浄化されても滅ぼされたら死体しか残らないのだ。

ゾンビの場合、死霊スキルを使ってゾンビ化の逆操作をすると元に戻せる。

死霊使いの場合は詳しい仕組みは伏せるが死霊使い化を解除するときに対象を生かすも殺すも自由なのだ。

君たちが納得できるように今ここで安全にゾンビ化を解除できることを見せてやろう。ゾンビカラス、こっちに飛んで来い」





 怪しいおじさんは私たち二人の目の前で飛来したゾンビカラスをただのカラスに戻して見せた! 


 ゾンビ化解除の前後に「鑑定」をかけたから間違いない。ゾンビ化を安全に解除できるとは……地球の一般的な概念とは違うんだ……





「見た通りだ。ゾンビは、我らならば安全にゾンビ化を解除できるのだ。

証拠は見せられないが死霊使い化したこの人間も安全に元の人間に戻せる。理解できたかな? 

ただしゾンビ化や死霊使い化する前に死んでしまっているものはゾンビ化を解除しても生き返ることは無い」




 私たち二人は黙り込んでいる。


 だって、分かりましたとも言いたくないから。なんか騙されている可能性も無いとは言えないわけだし。


 でも、ずっと黙ってる訳にはいかないから、怪しいおじさんに要求をしてみよう。




「……だったらその可哀そうな社畜公務員のおじさんを直ぐに元の人間に戻してあげてよ」


「この体を元の人間に戻してもいいけど、まずは答えてもらいたい。この世界、地球にいる神様とやらーー吸血鬼たちが言うには亜神らしいがー- どこに居る?」



「えっ。神様がどこにいるかって? そんなこと聞いてどうするの?」


「そんなことは君に教える必要はない。と言いたいところだが、別にいいだろう。隠す必要は無いからな。この世界での我々死霊使いの活動を認めてもらいたい。共存共栄というやつだ。その話し合いだよ」



 えええ。そんなことあるのかな? だって女神さまの説明だと死霊使いって許可を取るために話し合うような誠実な連中じゃないはずだし。


 交渉なんかできない、非人間的な奴らだったとおもうけど? この怪しい死霊使いのおじさん、私を騙そうとしてる?




「それホントなの? でも、ちょっと聞きたいんだけど、あなた達ってポーランド王国のクラクフで私を襲ったでしょう? 何のために襲ったの?」


「うーん? そんなことは知らん。少なくとも俺や俺の眷属の仕業ではない。だから分からないというのが答えだ」




 うう。この死霊使いとどんなふうに話して交渉すればいいのか分かんなくなってきた。


 何を聞いて、何を答えればいいのかー


 横の秋津さんの顔を窺ってみるも秋津さんは黙って怪しい死霊使いのおじさんを注視している。


 すると私の視線に気が付いて「大丈夫ですかリーナさん」って声を掛けてくれた。


 ありがとう、ちょっとは冷静になれたよ。だけど、どう交渉というか会話を続ければいいか分かんないのに変わりはないし。




「リーナ・フィオーレ。もしかしてまだこの世界の神と会えていないのか?」



 図星だ。確かに神様には会えていないけど手掛かりになる人は見つけたんだよ。


 だけど、この死霊使いにほんとのことを言っても良いのか悪いのかさっぱり分からないー




「黙っているところをみるとまだこの世界の神と会えていないな?

なら、リーナ・フィオーレ。君がこの世界の亜神と出会うことが出来たなら我に教えてもらいたい。

そのかわりにこの世界でむやみに人間をゾンビや死霊使いにしないことを約束しよう」


「えっ神様に会いたいの? それだけが貴方たちの望みってこと?」


「そうだ。君たちが我々をどういう風に思っているのかは知らないが、我々は争いを望まない。特にこの世界、地球には高度な科学技術が存在していて動きにくいのだ。この世界の神と対立していたら我々が動き回ることはできない」




 私は死霊使いの不思議な提案に疑問を感じつつ、秋津さんの方を見る。彼も不審そうにしているけど意見を述べてくれた。




「リーナさんが思う通りにすればいいと思うけど、とりあえず神様と出会ったら教えるって約束しておけばいい思うよ。

約束したって困ることは無いし。

それに、もしかしたら、このおじさんを元に戻せるかもしれないし。

どうしてもダメだったら、この死霊使いを討伐して交渉を決裂させて戦争するなら僕も一緒に戦ってあげるよ」




 秋津さんって意外にも男前だ。ちょっと見直したかも? 顔は普通だけど。


 やっぱ一年間も過酷な異世界で戦闘を繰り返しているだけあって判断が早いし落ち着いている。魔法を使った戦闘も手馴れている感じがする。仲間としては最高の人材かもしれない。


 それじゃあ、秋津さんの意見に沿って死霊使いの提案に乗ってみようかな。




「分かったよ死霊使いのおじさん。地球にいる神様を見つけたら教えてあげるよ。ただし、この世界、地球でゾンビや死霊使いを作ったり人間を傷つけたり殺したりしないでよ?」


「問題ない。では、この世界の神を見つけたら連絡しろ。そうだな、神を見つけたらここに連絡しろ」



 怪しいおじさんはスーツのポッケから名刺入れを取り出して秋津さんに投げて寄越した。



 名刺入れを受け止めた秋津さんは中を確認して社畜公務員さんの名刺を何枚か束で抜き取ってから名刺入れを投げ返した。


 怪しいおじさんが私たちにクルリと背を向けて去っていこうとするのを秋津さんが制止する。



「ちょっと待った。そのおじさんは元の人間に戻してくれよ。無闇にゾンビや死霊使いを作らないって約束だろ?」



 怪しいおじさんは立ち止まって振り向く。



「この体がないと君たちからの連絡を受け取ることができないからね。神と会えたらその時に解放するよ。

ああ、それと我に会いたい時はいつでもその名刺の住所を訪問するといい。手が空いていれば面会しよう」



 怪しいおじさんはそう言い残すと私たちの返事を待たずにJR新宿駅とは反対側、千駄ヶ谷駅の方向に向かって歩いて去っていった。




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