第58話 新宿御苑
【10月5日 午後7時半頃 新宿駅 高層ショッピングモールのビル屋上ヘリポート】
半径5mの「プロテクティブサークル」を展開したまま、私は大魔導士の秋津さんと手を繋いだ隊形で再び「飛行」を使って浮遊する。
そして屋上ヘリポートから、薄暗い新宿御苑の真ん中にある芝生広場を目指して空中機動を開始した。
……街灯りに煌めく夜の新宿の上空50mほどをゆっくりと降下しながら飛行する私たちの横20m離れたところを並走するように飛行するカラス2羽がいる。
「秋津さん、カラスが2羽横を飛んで付いてきてるけどたぶん敵のゾンビカラスだと思うのよね」
「あ、そうだね。確かについてきてる。僕の魔法で始末しようか?」
「ううん、街中で魔法攻撃すると落下したカラスの死体が誰かの迷惑になったら困るから芝生広場までついてこさせて始末しようよ」
「なるほど。それにあいつ等を泳がせておけば敵を誘導してくれるかもしれないし丁度いいかもね」
「そうそう。広々とした広場でゾンビとか死霊使いどもを一網打尽にしてしまおう!」
完全に意見を一致させた私たち二人は引き続き広場を目指して緩やかに降下しつつ、新宿御苑の上空を手を繋いだまま飛行し続ける。
これから殺伐とした戦闘をする予定なのに、気安く会話ができる仲間がいるだけでちょっと楽しい。心の中でお礼を言います。ありがとう、秋津さん……
5分ほどかけて、私たちが飛び立った屋上ヘリポートからおよそ直線距離で1kmほど離れた芝生広場に着地した。
秋津さんと手を繋いでたのもあって、スピードは抑えめだったから。
芝生に着地したので繋いでいた手は放した。秋津さんはちょっぴり残念そうな表情をしたけどごめんね。恋人でもない人と理由なく手を繋ぐのは無理なのよ。
私たちは周りをそれぞれに見渡して念入りに観察する。飛行しながら上空からもチェックしたけど、念には念を入れたい。
「こんなに広い公園だけど誰もいないね」
「そうだね、たぶん公園の営業時間がとっくに過ぎているからだと思うよ? たしか、僕が前に来たときは閉園時間が夕方の5時とか6時頃だったと思う」
「そっか。ゾンビや死霊使いを迎撃するにはちょうどいいね」
「そうだね。じゃ、小手調べにあそこを飛んでいるゾンビカラスを始末しようか。リーナさん見ててね?
火魔法ー-ファイアボール!」
秋津さんが魔法名をコールすると彼の前方2mくらいのところにバレーボール大の青白く輝く球体が現れた!
次の瞬間、いきなり時速100kmを超える速度で50m以上離れた空中を飛行するゾンビカラスに突進、ホーミングしながら吸い込まれるようにカラスと交差したとおもったら、カラスは跡形もなく消滅していた。
「秋津さん、凄い! さすがは大魔導士だね、威力も凄いけど精度が素晴らしいね!
私も『火魔法C』って持ってるけど、こんなに精度ないし射程も短いのよ。そもそも魔法弾を発射したら誘導できないから動く的には当たらないし。
神聖魔法なら当てられるけど、火魔法とか土魔法とかだと厳しいのよ」
「へへ。攻撃魔法をホーミングさせて敵に命中させられるのが大魔導士である僕の最大の強みなんだよね。
ゾンビカラス程度ならファイアーボールのサイズをもっと落として、大きさはピンポン玉くらいでも良いかも。魔力節約したいし」
「うんうん、魔力の節約は大事だよ。秋津さんって飛ばされた異世界ではかなりの戦闘経験があるんでしょ? いろいろと教えて欲しいな~」
「あははは! それほどでもーーあるかな? じゃあリーナさん、僕の魔法の弟子になってみる? 大魔導士の弟子ってなんかいい響きじゃない?」
「そうだね、なってもいいけど変なことしないでね? パワハラ、セクハラ、ダメ絶対! だからね?」
「うん……そんなことしないよ、僕がリーナさんの嫌がることするわけないじゃん……大丈夫だよ」
秋津さんはなにやらモジモジしながらキョドリだした。ちょっと刺激が強すぎたかな。
もうちょっと淡白に対応するのがいいかもだけど調整が難しいなー。
私って友好的な気持ちで素で会話すると、必要以上に強く好意が伝わってしまうみたい。この好意の伝わり加減をコントロールするなんて器用なこと、どうやったら出来るのかな?
そう考えるとキャバ嬢って結構すごいのかな? 男性の恋愛感情を上手に手玉に取るんだから。キャバ嬢聖女の樹里亜さん恐るべし、かも。
モジモジしながらキョドっている秋津さんを放置して辺りを再び見回してみる。
この芝生広場に着いてから10分くらいは経ったけど、ゾンビとかがワラワラと大量に出てくるのかと思ったのに全然出てこないよ? 異世界のポーランド王国のクラクフではゾンビ軍団が突撃してきたのに。
そのまましばらくそのまま二人で周囲を警戒しながら芝生広場に立っているとーー
JR新宿駅の方向から中肉中背のとりたてて特徴のない中年サラリーマンがこちらに歩いてくるのを見つけた。
典型的な日本人のサラリーマンのおじさんに見えるけど、このタイミングで近づいてくるということは?
「秋津さん、あのおじさん怪しいね?」
「うん。メチャクチャ怪しい。だけど、僕のファイアーボールで先制攻撃するわけにはいかないか。ただの人間、この公園の管理事務所の人かもしれないしね」
「……そうなんだよね。いま冷静になって考えてみたらさ、私たちが人間ベースの死霊使いとかゾンビを倒すと死体が残るのよ。実は異世界ではそうだったんだ。
そうなると、私たちが殺したように見えちゃうかもしれないね、どうしよう?」
「あー、やっぱりそうなんだ。どうなるのかなとは思っていたけど。
じゃあ、逃げようか? だーれも居ない原野か海の上まで逃げて追いかけてくるようなら処分する。これで行こうか?」
「うん、ありがとう秋津さん。私一人じゃどうしていいか分からなかったよ。じゃあ、あのおじさんが近づいてきたら」
「最初に僕がおじさんに声を掛けるから、リーナさんは様子を見ていてヤバかったらさっきゾンビカラスを無力化した結界でおじさんを阻止する感じでいこう」
「わかった」
私たち二人は怪しいおじさんが近付いてくるのを見つめる。20mくらいの距離になったところで秋津さんが大きな声で声を掛ける。
「おじさん、それ以上近づかないで! 止まって!!」
おじさんはいったん立ち止まったけど、にやりと笑ってから秋津さんの制止を無視して再び歩いて近づいてくる。
「近づくなって言ってるだろ! 止まれ! 攻撃するぞ!」
秋津さんが攻撃魔法ー-火魔法ー-ファイアボールの魔法名をコールすると彼の前方2mくらいのところにバレーボール大の青白い輝く球体が現れて空中に静止する。
魔法弾を出したまま発動待機状態にできるみたい。凄い魔法技量だ。
私も右手をおじさんに向けて神聖魔法ープロテクティブサークルの発動準備態勢を整える。
私の場合は見た目だけでは何をしようとしているのかわかんないだろうから、敵をけん制する効果があるのかは怪しい思うけど。
すると、おじさんは立ち止まって両手を上にあげてから秋津さんに語しかけた。
「お前は日本人だな。そこの女とどういう関係なんだ? さっき俺の眷属であるカラスを消滅させたようだが。そうか、お前も神に使命を与えられた神の使いだな?」
「神の使い? 何のことだ?」
秋津さんは顔を強張らせながら怪しいおじさんに問い返す。
「神に使命を与えられた者だろってことだよ。違うのか?」
怪しいおじさんは秋津さんの返事を待たずに話し続ける。
「その魔法弾の様子をみると、おまえ、かなり強いな。怖い怖い。問答無用でその魔法弾を撃たないでくれよ、それでー-
そこの女はエルトリア王国のリーナ・フィオーレだな? ちょっと話をしたい」
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