第50話 一時帰宅

【9月17日 午前10時頃 千葉県 木更津市】



 私が乗っている海上自衛隊のマイクロバスが千葉県木更津市にむかっている。


 東京市ヶ谷の防衛省を出発して高速道路を走って、アクアラインを渡って、今は木更津市街を走っている。


 とうとう木更津に帰ってきた。





 長かった。9か月くらいかな……異世界に魂だけになって飛ばされてから。

 日本に帰ってからは早かったけど、市ヶ谷の防衛省でお父さんとお母さんに会った後は防衛省の隣にあるホテルに二泊した。




 昨日は防衛省で異世界事情の聴取とインタビュー、そして「魔法」や「スキル」のデモンストレーションをやり続けた。


 舞鶴航空基地で隊司令さんや厚木航空基地の航空集団司令官さんにお話したのとおんなじ話を繰り返した。



 夜は防衛省のお隣にあるホテルでゆっくりさせてもらった。私には神聖魔法「治癒」があるから身体的疲れは残らないけど、心の疲れはあんまり取れなかった。


 そうそう、昨日の夕方には新宿に行って服を大量に買ってもらったよ。誰が洋服の代金を払ってくれたのかわかんないけど私は払ってない。お金持ってないからね。日用品も大量に、ひととおり買ってもらった。


 それで、今の私は日本の高校生が着るようなグレーのプリーツスカートに白地のポロシャツに白いスニーカー。こんな感じが私の好みのコーディネートなんだ。


 服装が日本の高校生のものになったことで心の緊張というか、異世界に居る時から常に感じていた焦燥感とか危機感がだいぶん弱まってリラックスできたような気がする。






 いつの間にかマイクロバスから見える風景は家の近所のなじみある場所になっている

 ……あと3分くらいで自宅に到着するかな。



 ……千葉県の自宅に「本当の私」というか、もとの私が健在で異世界の事とか何にも知らないで普通に生活をしていたってのは、正直ショックだった。

 じゃあ、この私って何なのかってことで。改めて自分とリーナちゃんのステータスを見てみる。



名前 リーナ・フィオーレ

種族 人(女性) 

年齢 17歳 体力G 魔力F

魔法 ー 

身体強化  ー

スキル 闇魔法C 土魔法C 火魔法C

   精神操作C 飛行C

   怪力C 再生C

称号 フィオーレ公爵家長女



名前 水無瀬美咲

種族 人(女性) 

年齢 17歳  体力ー  魔力F

魔法 ー

身体強化 ー

スキル 光魔法5神聖魔法5治癒魔法5

   身体強化5毒耐性5麻痺耐性5

   杖術5聖杖術5

   アイテムボックス5鑑定5

   異世界言語(万能)

称号 リーナ・フィオーレに憑依している地球人。

   聖女。魂だけになっている。



 ……今までは目を逸らして考えないようにしてきた。魂だけになっているいまの私って何なの? 



 称号、リーナ・フィオーレに憑依している地球人。

 聖女。魂だけになっている。



 ……これの意味はなんなのか。

 自分は死んだのかもしれないとは思っていた。だってステータスに「魂だけになっている」って書いてあるから。


 だけど死んでいなかった。自宅に本当の?水無瀬美咲が居るから。


 あの女神さまは「あなたを地球から連れてきた」って言っただけで、なんにも説明してくれなかった。



 なにがなんだか分からないけど、涙が溢れてくる。あたしは何なの? 偽物ってことなの? 





 涙を拭きながら心を落ち着けるようにする。


 当面の私の扱いは海上自衛隊の預かりで政府と協議しているらしいけど、難民扱いで日本国籍取得を調整中ってことで、名前はリーナ・フィオーレになることに決まった。


 私は千葉県木更津にある自宅で暮らすつもりだったけど、お父さんとお母さんが言うには「家に居る水無瀬美咲ちゃんにどうやって説明したらいいのか迷っている」ということで家にいる「水無瀬美咲ちゃん本人」との面会は保留。


 なので今日は「水無瀬美咲ちゃん本人」が学校に行っている間に一度自宅に行ってみることにしたという訳。




 私が乗るマイクロバスが自宅の前に停まった。バスから降りるとお父さん、お母さんが迎えに出てきてくれていた。



「ただいま、お父さんお母さん。私はリーナ・フィイーレになることになったから。これからもよろしくね?」


「おかえり、リーナちゃん。名前のことは聞いてるから。久しぶりの家だからゆっくりしていってね?」



 二日ぶりに会ったお父さんとお母さんは二人ともニッコリと笑っていて、お母さんは私を抱きしめてくれた。

 お母さんに抱きしめられるとマイクロバスの中で泣き出した私のナーバスで不安定な心がゆっくりと解けていく。



「うん……よろしく。 えへへ、お母さんありがとう」



 私はお母さんをギュッと抱きしめ返してから、お父さんにも抱きしめてもらう。うん、なんか落ち着いた。

 お父さんお母さんと一緒に家の中に入っていく。




 ……改めて自分が水無瀬美咲ではなくてリーナ・フィオーレで通すことになったことを自分自身に言い聞かせる。


 だって私はこれから難民申請して日本国籍を取る。だったら私の名前はリーナ・フィオーレしかない。最初から分かっていたというか、考えれば分かることだった。


 今の私が水無瀬美咲だって主張し続けたとしても水無瀬美咲は一人しか存在できないわけだからどこかで無理が来るから。


 今日は自宅を少しだけ訪問したあとは東京市ヶ谷の防衛省の隣の定宿となっているホテルに戻る。今日は自宅をちょっと確認するだけなんだ。




 スニーカーを脱いで家に上がって自分の部屋に行ってみる。家の中に入る時「ただいま」とも「お邪魔します」とも言わない。どっちの言葉も相応しくないような、違うように思えたから。



 「私の部屋」に入ると、他人の部屋のように思えた。長期間の異世界生活で感覚がかなり変化してしまったのかな。


 ほどほどに生活感があって、整理整頓されているわけではないけど、居心地の良さそうな水無瀬美咲の部屋。




 私が異世界に飛ばされて9ヵ月が経過しているけど、あんまり大きな変化は無いみたい。だけど不思議と自分の部屋という感じはしなかった。


 高校一年から二年に進級して文系クラスになった。部活の女子バスケ部はレギュラーにはなってないけど熱心に続けているんだって。




「リーナちゃん、そういえばあなたと仲が良かった如月さんは埼玉県に転校したのよ?」



 お母さんが私の親友である如月茜ちゃんの近況を教えてくれる。



「え、そうなの? でもしょうがないか。茜ちゃんのお父さんは航空自衛隊で官舎住まいの転勤族だったからね」


「それで如月さんは転校先ではバスケ部には入らないでアメリカ大使館でバイトしてるんだって。美咲も部活が無いときは埼玉県まで行って大使館でバイトさせてもらってるのよ」


「へえ。アメリカ大使館でバイトって珍しいね。茜ちゃんは元気なのかな」


「凄く元気みたいよ? バイトっていうのがアメリカ大使館の直営保育園での保育のバイトなんだけどね、バイトなのにアメリカ大使館の正規職員に採用されるのよ。

だから美咲も今はアメリカ大使館の職員で名刺まで持っているのよ。リーナちゃんも美咲と顔合わせした後は大使館でバイトさせてもらったいいと思うのよね」


「そうなんだ。茜ちゃんにも会ってみたいし保育園のバイトにも興味あるけど、今のところは難民申請中の外国人リーナ・フィイーレとしては身分もハッキリしないし茜ちゃんと面会する理由が何にもないから当分は無理かなあ」


「そうね、ごめんね、早めに美咲に説明できるように考えるから。ちょっとだけ待っててね?」


「うん。私の方も防衛省で色々とやることあるし、神様を探したりゲートの向こうにあるエルトリア王国の両親のこともあるから。


お父さんとお母さんが良いと思うやり方で私は大丈夫だから」




 この日の一時帰宅はちょっとだけ自宅を確認したいってことでの訪問だったので、リビングでお茶を飲んでから再び東京市ヶ谷の防衛省に戻ることにした。


 現状、この自宅は私の家じゃないわけだからね……


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