第47話 日本海

【9月11日 午後2時頃 ウラジオストク港】



 いよいよ埠頭に停泊しているフェリーが離岸を始めた。しばらくフェリーが出港していく様子を観察する。


 私の持っているスキル「飛行」は魔力の続く限り時速40kmくらいで飛行できる。魔力満タンだと30分、20kmくらいは移動できるのかな。魔力回復を早める神器「聖女のティアラ」を使えばその距離は若干伸ばすことはできる。


 私はあらかじめ湾の出口の方3kmほど離れたところまで移動して待機しているので航行するフェリーを待ち構える感じになる。ウラジオストクの港湾にはいろんな建物とかがいっぱい立っていて航行中のフェリーに乗り込むために飛行する私を目撃されてしまうのではないかと不安もあるけど、見られたら見られたときと覚悟を決める。





 湾に面する岸壁でフェリーを待ち構えている私。左側からフェリーが航行して来る。


 フェリーが私の斜め左45度くらいに見えるようになったところで「飛行」で垂直に上昇。高度200mくらいまで上昇する。ここまで上がればなかなか気付かれないと思いたい。


 フェリーを航路上で待ち構えたいからフェリーが通るであろう未来位置に向けて全速力、時速40kmほどで飛行を開始する。こういう時はフェリーが常に斜め左45度に見えるようにすれば良いって昔お父さんが言ってたような気がする。



 徐々に高度を落としながら飛行するーー風が強くて風圧で目が潰れそうになるのをなんとか両手で防ぎながらーー



 ーーうまい具合にフェリーの直上まで移動できたので飛行の速度、方角を調整して航行するフェリーの上空50mほどでフェリーと並走しながら降着する場所を探すーーヨシ、あそこにしようーーフェリーに向かって降下する。目指す降着場所はフェリーの一番てっぺんにある煙突の根本!


 ーー着艦! 素早くしゃがみこんで辺りを窺う。誰もいない。フェリーって意外とスピードが出てるのか風が物凄い。吹きさらしの船外でじっと隠れ続けるのはしんどいけど身体強化があるので死ぬことはないだろう。我慢だ。


 今はたぶん夏なのでそんなに寒くはないと思うんだけど緯度が高い地域だし風が強くて体温を持っていかれる。アイテムボックスから「聖女の聖衣」を取り出して今着ている服の上からかぶる。「アスクレピオスの杖」と同じく女神様からもらった神器だ。

 体温調節と対魔法、対物理防御に優れた聖女専用装備。すでに「聖女のブーツ」「聖女のティアラ」を身に付けているのでお母さまに預けている「アスクレピオスの杖」を除けば聖女装備をすべて身に着けたことになる。聖衣のフードを頭からかぶると実に快適になった。こんなに便利な装備なのに「聖女の聖衣」はバチカンの教皇かというくらいド派手で目立つので普段使いは難しいんだよね……



♢♢



 フェリーのてっぺんの煙突の根本に3時間くらいジッと待機した。「ナビゲーション」で現在位置を確認。すでにウラジオストクの湾をでて、外洋というか日本海にでたと思う。ここまできたら陸地にはもう戻れない。そして、この3時間の間に「飛行」で消費した魔力は完全に回復して魔力量は満タンになっているね……では、船の中に入って船員さんを探そう。


 私はすっと立ち上がると「聖女の聖衣」と「聖女のティアラ」をアイテムボックスに収納。船の中に入るドアを開けて船内に入っていく。良かった、鍵が開いていて。




 船の中の通路は比較的広くて歩き回るのに支障はなかった。階段を下りて乗客の居住スペースとか食堂があるらしい方へと向かう。途中トイレがあったので使っておく。


 船内の通路を彷徨っていると船員さんがいた! 船員さんに話しかけるとロシア語が通じない。言葉の感じからすると韓国語だね。私は韓国語ももちろん話せます。異世界言語(万能)がありますからね。では韓国語に切り替えましょうー



「……こんにちは船員さん、ちょっと良いですか?」


「ああ、お嬢さん、韓国語話せるんだね。何だい?」


「じつはーお願いがあるのですー『クエスト』!」



 神聖魔法レベル5の「クエスト」は、強制的に何か一つのことを命令できるチート魔法だ。

 今回お願いするのは「この船への安全な搭乗」。ただし「クエスト」は私の全魔力を費やして起動させるうえにクエストが続く間は魔力が回復しないから他のスキルが全く使えないという重いペナルティがある。

 だからいったん「クエスト」を試みたら後には引けない。この船員さんがある程度の権力者でありますように。



『私を安全に日本の舞鶴まで乗船させてください。空いている客室を使わせてくださいね』


「はい、分かりました。お任せください!ご案内しますよ」



 良かった。上手く効いたようだね。船員さんの後についていく。一等客室ですよという客室に案内された。この客室を使って良いけど乗客は居ないことになっているので何のケアもないし、灯りなんかも点けないでほしいと申し訳なさそうにお願いされた。問題ないですよ?




 私は客室に入るとアイテムボックスの中からコップと携帯食料を取り出して食べ始める。コップには客室についている蛇口から水を注ぐ。かなり高級な部屋ですね。といっても所詮はフェリーの客室だから大したことないけどね。





♢♢♢♢





 2泊3日の船旅。高級? 客室に閉じこもっているので楽しくも何ともないけど8カ月ほどにも及んだ危険で不快な異世界生活と比べると天と地ほどの快適さ。じっとしていれば日本に着くんだから天国だよ。


 今はすでにこの船に乗って3日目。昨日は韓国のポスコとやらに寄港したけど客室でじっとしていたからどんなところなのか全然分からなかった。

「ナビゲーション」で自分の位置と地図を比較するともうすぐに日本の舞鶴港に入港するはず。そろそろ船の甲板に出てようかな。




 フェリーの甲板に出てみると、すでに夕暮れになっていてあと30分もすれば日没になると思う。 船の外は夏らしく暖かいというか、暑い。進行方向には恐らく舞鶴港があるらしき湾の入り口も見えている。「ナビゲーション」で把握する地形から判断してー距離は5kmくらいかなあ。


 では「クエスト」を解除! 


 神聖魔法「クエスト」は解除しても「クエスト」をかけられていた当人は違和感を全く感じずに、私に便宜を図ったことなど一切忘れて仕事をしているはず。本当に便利な魔法です。ただし、私の今の魔力は底をついていてゼロなので、何かあったら対応できない怖さがあるんだよ。


 でもここは地球だし異世界と違っていきなり敵が襲いかかってくることもないだろうからさほど心配は要らないと思う。

 アイテムボックスから「聖女のティアラ」をそっと取り出して頭の上に載せる。少しでも早く魔力を回復しなきゃだからね。





 30分ほどジッとしていると魔力が10パーセントほど回復できた。今まさに日没直後で辺りは薄暗い。船は既に港の内部に侵入していて埠頭に接岸しようとして操船をしている最中みたい。陸地までは200メートルくらいかな?





 更に30分ほどして完全に接岸。フェリーの後ろに車搬出用のブリッジが接続されて船に乗っていたコンテナトレーラーがどんどんと出ていく。魔力も20パーセントくらいになったし、そろそろこのフェリーとはサヨナラしようか。ヨシ、下船しよう。



 私は「飛行」を使って上空200mくらいまで上昇すると舞鶴湾の上空から舞鶴市内を見渡す。



 んん? 西の方に滑走路らしきものを発見! あれはたぶん海上自衛隊の航空基地の滑走路だ! 照明に照らされた白いヘリコプターが駐機しているから分かるよ。フェリーで横を通ってきたはずなのに気が付かなかったな〜。


 私のお父さんは海上自衛隊の木更津航空補給処に勤務している。私も小さい時から館山とか徳島とか海上自衛隊の航空基地の近くに住んでいたから良く分かる。舞鶴には来たことはないけれどね。海上自衛隊の偉い人に頼めば木更津までヘリコプターに乗せて送ってくれないかな?



 私はちょっと考えてみる。今は魔力が20パーセントを少し切っているから「クエスト」は発動できないけど、弱い効果の魔法はあるからなんとかならないかな?

 お父さんの職場だし優しい人が多いから酷い扱いはされないと思うけどどうだろう。「ヘリコプターに乗せて」なんてフェリーに無賃乗船どころのことじゃないからダメかなあ。できるだけ偉そうな人に頼んで、無理そうだったらお父さんに連絡してもらって車で送ってもらおう~



 舞鶴港の上空を海上自衛隊の航空基地の滑走路に向けて「飛行」していく。距離は2kmくらいかな。




 5分くらいであっと言う間に到着。一番偉そうな建物? の横の陰にスウッ着地した後に建物の正面玄関の方に回り込んで玄関に入っていく。


 (声を出さずに)失礼しまーす。


 建物の玄関と左右に伸びる廊下には誰もいない。とりあえず玄関脇の女子トイレに入って個室の中で休憩。魔力をある程度回復しておかないと魔法とかスキルとか満足に使えないからね。





 30分くらいトイレの個室で時間を潰すと魔力が30パーセントくらいになったのでトイレから出て正面玄関ホールに戻って建物案内図を見る。


 え〜と2階に隊司令さんの部屋があるんだね、行ってみよう。





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