第46話 ウラジオストク

【8月10日 ゲート地球側出口】



 ゲートに飛び込んで地球側へと移動した私は薄暗いドーム型の洞窟の中に立っていた。

 私の前にゲートを通過した9人もいるから無事にゲートを通過できたんだろうか? 


 洞窟内部の見た目は向こう側とほとんどおんなじだった。ちゃんと地球側に来れてるよね?




「ようこそ『ジムヤ』へ。ジムヤというのはこっちの世界のこの辺の住民が自分たちの世界を呼ぶ名前ですよ」



 こっちの世界、地球側で待ち構えていた吸血鬼のおじさんが私たちに向かってしゃべりかけてくれた。



「ありがとうございます。私たちはこっちの世界のことについては右も左も分かりませんのでよろしくお願いします」




 私以外の9人グループの代表者らしき壮年の吸血鬼が御礼の言葉を述べる。『ジムヤ』というのはロシア語で『地球』という意味だ。

 吸血鬼居住地に居た時から分かっていたんだけど住民のほとんどがロシア語を話していて、どうもロシア人由来の吸血鬼たちらしかった。


 なぜロシア人由来の吸血鬼が多いのか理由は分からなかったけどゲートの地球側がロシアなんだろうと当たりを付けている。彼らが自分たちの世界のことを「ノーブイミル」=ロシア語で「新世界」と呼ぶこともロシアとの関係が強い証拠だと思う。


 更に私のスキル「ナビゲーション」によると異世界側ゲートの位置は地球でいうロシアと北朝鮮の間あたりだと思ったんだよね。ということはゲートの地球側はロシアと北朝鮮の間である可能性が高いなーと想像していたのよ。



 ではさっそく地球側の地図と現在位置を確認してみるーーナビゲーション!

 私の意識の中に地球の地図が展開されていく。



 ……やはり異世界側と地球側のゲート位置はほぼ一致していて地球側ゲート位置はロシアと北朝鮮の間あたりであることに間違いはないね。しかし異世界側と地球側では河川や海岸線の形が若干異なっているんだね……それもそうか。

 そして地球においても私の「ナビゲーション」は機能することが確認できた。


 実は地球では私のスキルが使えないかもってちょっと心配だったから……これなら他のスキルも使えるだろうね、いちおう確認はしないとだけど。




 さて……ここから安全な居住地まではかなり遠いらしいけど……どうなんだろう?






「……皆さんの案内は私が担当します。私についてきてくださいね。まずは南に向かって進んで海岸にぶち当たったら河にかかる鉄道橋をわたって西に進みます。「飛行」を使える人が多いなら鉄道橋を使わずに飛行で河を渡る方が簡単で安全なのでそのようにしたいと思います。

西に進みながら徐々に南に方向を変えていきます。皆さんの身体能力強化のレベルにもよりますが、おおむね二週間から三週間で目的地に着くと思います……」





 んー? この説明だと北朝鮮に行くように聞こえるよ? いったん北朝鮮に入ってから韓国に密入国して対馬海峡を越えて九州に入る。これも可能かもしれないけど、一度北朝鮮に入ったら韓国に出国できるんだろうか? 私の目的を正直に説明する気にはなれないしなー。正直に話すことが有利に働くとは限らない訳だし。


 これは南下してから鉄道橋を渡る前にドロンしてロシア側から日本に向かう方が良いのでは。なんせ今の私は南欧系白人の外見だから北朝鮮国内とか目立ちまくるよね?









 洞窟をでると夜だった。時間は分からない。南の方に2時間ほど歩いて南下して多分5キロくらいかな? 最初に説明された鉄道橋が見えてきた。このあたりで別れるか。いちおう先導の吸血鬼さんには仁義を切っておこう。黙っていなくなると行方不明になったと思われて迷惑をかけてしまう。





「もしもし、先導の吸血鬼のおじさん? ちょっとお話があるんですけど」


「ん? なんだいお嬢さん」



「あのですね、私はここで皆さんとお別れして別行動としたいのです。すいませんね」


「え、どうして? こんなところで単独行動なんて危険だよ? それに私としてもお嬢さんが単独行動した結果ここ『ジムヤ』の現地政府とか現地人に拘束されでもしたら我々の身の安全まで危うくなりかねない。許可できないよ、安全な居住地に行くことがゲート通過の条件だったんだから……何か理由があるなら言ってごらん?」




 意外と優しくて紳士的なおじさんだなあ。しょうがない、ある程度ホントのことを言うか。









 吸血鬼のおじさんには、私が女神様から使命を与えられた聖女であること。女神様の指示によって、こっちの世界にいる時空神に死霊使い討伐の助力を得るようお願いをしなければならないこと。そのためには「日本」という国に行かなければならないこと。一度安全な居住地に入ってしまうと出国が困難かもしれないので別ルートで日本を目指したいことを説明した。


 時間はかかったけど聖女の証拠として神聖魔法、治癒魔法を披露してなんとか信じてもらえた。あと、私が地球についてものすごく詳しいことも神様から使命を与えられている根拠になったみたい。





「……では私はここでお別れします。いちおう道路に沿って移動してウラジオストクに行って、そこから船か飛行機を使います。地続きだったら簡単だったけどしょうかないですね……皆さんもお気をつけて。お元気で」





 私は彼ら北朝鮮に向かう吸血鬼たちに別れを告げて道路を北に向かって走り出した。道路標識によるとウラジオストクはこの方向で合ってる。私は吸血鬼ではないけど両親から受け継いだスキル「怪力」と「再生」があるからね、このスキルのお陰でパワーと持久力はとんでもなく強力なので夜通し走り続けても全く問題ないのです。


 ウラジオストクはここからは「ナビゲーション」の地図からの類推だと多分300kmほどだと思うので三日もあれば余裕で着くでしょう……  おや? さっきの北朝鮮に向かう鉄道橋をこちらに向かって走る列車があるよ? あれに乗れればすいぶんと早く、楽に行けそうだね。ヨシ、飛行!



「飛行」を使って空中に飛び上がった私は列車の進行方向に伸びる線路に進路を定める。



 結構気合を入れて飛行して列車と並行して飛行するところまでこぎつけたけど列車の方が遥かにスピードが速い上に映画のように列車に乗り移って中に入れるような開口部は一切ないから途方に暮れてしまった。無駄足だったかな? と思ったら列車がスピードを落として駅に入っていった!





 駅に停車した列車は旅客列車っぽい。構造的に貨物列車ではなさそうだからね。列車の停車したホームにしれッと着地して何食わぬ顔で旅客列車に入っていく。


 列車の中は薄暗くて乗客はどこに居るのかよくわからないね? ああ、寝台列車か。みんな寝ていて、深夜ってことだね。丁度いい。

 列車の通路を歩いていると乗客が居ない客室があったので入っていく。夜中だから車掌は回ってこないと思うけど見つかったら神聖魔法か精神操作Cでなんとかしよう。 









 列車が動き始めて3時間くらい経ったかな? 夜明けごろになって駅に着いた。「ナビゲーション」でここらがウラジオストクだろうなーという場所に到着ている。私がこの列車に乗ったのは本当に寂しい小さな駅だったけどこの駅は大きい。客たちは一斉にドアに向かって移動していて、なんか全員降りるみたいだから終点なのかな? そっと、お客の列の後尾について降りていく。




 まだ早朝で薄暗いので駅構内の人はまばらだ。できるだけ目立たない場所に行ってから飛行を使って素早く空中へ。そのまま一気に200mほどの高度をとって空中から辺りを見渡すと、駅の隣が港だった! これはラッキー!

 でも船って行先がどこなのか分からないと乗るわけにはいかない。海の真ん中で途中下船するってわけにいかないからね……完全に朝になって港の旅客窓口が開いたら日本に行く船があるのかを聞いてみよう。ちなみに船には船が出航してから「飛行」を使って洋上で乗込むつもり。




 港の駐車場が人が居なさそうだから周囲に人が居ないか注意しながら場所を選んで着地する。ふーう。列車の無賃乗車、キセルってやつ、初めてやっちゃった。ごめんね。運賃は払いません。もう二度とここには来ないと思うし。









 日が随分と上がって港のフェリーターミナルと思われる建物への人の出入りが多くなってきた。そろそろ行ってみようかな。ちなみに今の私の服装は異世界の旅装。生成りのブラウスとジャケット、足首までのロングスカート。靴だけは聖女専用装備である神器「聖女のブーツ」。この超高性能で快適な靴を履いたら異世界の靴はもう履けないです。


 異世界の旅装は公爵家の準備したものだから品物は良いけど現代地球においては違和感はかなりある。



 でも服装を地球風に整える方法もないので気にせずにフェリーターミナルに入っていく。異世界言語(万能)のお陰でロシア語の読み書き会話は完璧にこなせるからコスプレイヤーのふりでもすれば大丈夫じゃないかな。それに私は17歳の可愛い人畜無害な女の子なんだから警戒とかされないと思う。旅客窓口のお姉さんに声を掛けてみよう。




「こんにちは~お姉さん。ちょっとお聞きしたいんですけど、日本に行くフェリーってありますか? あったら出航時間と場所をお聞きしたいんですけど」


「日本行きのフェリー? 直行はないけど、韓国のポスコって港に寄港して舞鶴に行くのはあるよ。目の前の埠頭に停泊している白地に青いラインの船。今日の午後2時に出航だよ。ポスコに明日。舞鶴には明後日到着。予約するかい? 一応パスポートは必要だからね。出航の一時間前には乗り場に集合だよ」


「はい、わかりました。親と相談してきますね、親切にありがとうございます、お姉さん」



 私がニッコリとお礼を言うと窓口のお姉さんもニッコリしてくれた。よし、運がいい。目の前に停泊している船が日本行きなら出航した後から洋上で勝手に乗船させてもらおう。




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