第33話 闇空間

 俺は伊集院君を落ち着かせるように意識しながら軽く「治療」をかける。俺の一年間の異世界生活での経験によると俺の神聖魔法「治療」には精神を落ち着かせる効果があるのだ。


 次に「光弾」の属性効果で光源は確保してあるけど、そのうえで二人とも「暗視1」を発動させてしっかりと視界を確保する。周囲を見回すが何もない空間が広がっているように見える。目に見える敵はいない。続けて「探知」を発動して隠れている、または隠密系のスキルで目に見えない敵がいないかチェックする。ーーとりあえず近くには居ないようだね。




 30秒くらいの間、二人はジッと声を立てずに周囲の観察を続ける。

 ーー何も起きない。吸血鬼たちの追撃はすぐには無いのかもしれない。ではここから脱出するための行動を開始しよう。




「伊集院君。まず『闇弾』を試してみよう。この異空間の境界面を破壊できるかもしれない」


「うん、わかった。ーー 闇弾3!  闇弾4!  闇弾5!

……だめだね、破壊できているようには見えない」



 伊集院君が「闇弾3~5」を異空間境界面の天井に向けて撃ってくれたけれど境界面に命中したときの属性効果、闇弾の場合は「闇の効果によって球状範囲の物質を消滅させる」が発動しない。境界面は物質ではないから?




 その後、伊集院君タイプの各種攻撃魔法と、俺の持っているスキルの各種魔法を全て試してみたけど効果はなかった。



「御子柴君、『聖剣』の技を試してみようよ」


「うん、分かった。 ではまずはーー吸血鬼! エネミーサーチ!」



 エネミーサーチによって聖剣は仄かに光り輝いて天井の方向複数を指し示す。ごく弱い反応だ。異空間からなので反応が減衰しているんだろう。引き続いて「聖剣技」による攻撃を異空間境界面に加える。



「ホーリースラッシュ! ダメだね。次はーーディメンジョンスラッシュ!  おお、異空間境界面が一瞬切り裂けた! 」




 聖剣技「ディメンジョンスラッシュ」を連発してみる。しかし異空間境界面に一瞬傷はつくものの破壊することは出来なかった。



「これは困ったね伊集院君……異空間境界面を破壊することは出来ないみたいだ」


「ヤバいーもう手詰まりになっちゃった。これからどうしようか御子柴君?」


「この異空間の内部を探検してみようか。どこかに出口があれば良いけど……」







♢♢







 俺たちがソウルで見つけた吸血鬼のセーフハウスで吸血鬼のスキルと思われる異空間に囚われて10日が経った。


 この間にこの異空間の内部を調査した結果、ここは直径40mほど、高さが2mほどの薄い円盤ディスク状の空間であることが分かった。境界面はアリスさんからもらった亜空間ルームの内部壁面に似ていて俺たちの持っている攻撃魔法や武器による攻撃では傷つけることは出来ない。唯一聖剣技の「ディメンジョンスラッシュ」で一瞬傷は付くけど直ぐに元に戻ってしまう。


 俺も伊集院君も魔法で水を出せるし緊急事態用として亜空間ルームに一か月分の非常食食料をストックしてあったのであと20日くらいは大丈夫だと思う。たぶんアリスさんか茜さんが助けに来てくれると思うけど食料消費を抑えた方が良いかもしれない。




 伊集院君や俺が使える「回復」そして俺が使える「治療」によって俺たち二人の健康状態は悪くない。二人ともが持っている「浄化」で風呂に入らなくても身体や衣服、更に廃棄物などの浄化をすることができるので清潔に保たれている。更に俺の使える「治療」には精神の健康状態を治療する効果があるからこんな異空間に長期のあいだ閉じ込められているにもかかわらず二人とも非常に元気だ。


 ちなみに吸血鬼たちって、一日に一回、決まった時間に異空間を直径10cmほど開けて俺たちの様子を確認したうえで投降を呼びかけてくる。

 投降したら俺たちをどうするつもりかと聞いたら「眷属にして便利に使ってやる」ということだ。お断りだよ。




 いま、俺と伊集院君は亜空間ルームから引っ張り出してきたマットレスを異空間の床に敷いて横になっている。いちおう交代で寝るようにして二人とも寝てしまうことが無いようにしている。

 そして起きている時も寝るときも「隠密」とかで姿を隠すことなく、亜空間ルームに入って見えなくなることもなく10日間を過ごした。さらには非常食を食べているところを見られないようにしてきたのだ。

 俺たちは10日間も満足に食事をしておらずかなーり衰弱しているように思われているんじゃないかな?




「御子柴君、そろそろ仕掛けようか? あと30分くらいで今日のチェックがあると思うから」


「そうだね。そろそろやってみよう」




 俺と伊集院君がやろうとしているのは、俺たちの服をマットレスの塊に着せて毛布を掛けてダミーにしておいて、俺たち自身はM4カービン型神器の隠蔽障壁で隠れておく。俺たちが死んだか衰弱しきって動けないと思った吸血鬼が確認に来たところを「反応速度5」による超行動加速で吸血鬼を捕まえるか、吸血鬼が開けた開口部から脱出するということ。うまくはいかないかもだけど一度やってみようと思う。


 亜空間ルームからマットレスを取り出して俺たちの予備の服を雑に着せていく。床の上に横たえたダミーに毛布をかぶせたら吸血鬼たちが確認用に開ける開口部から身体を隠すようにM4カービン型神器の隠蔽障壁を展開して待機する。




『伊集院君、ここからは念話で会話ね。吸血鬼が異空間に入ってきてくれたら「反応速度5」を起動して超加速だよ!』


『うん、わかった!』






 予定の時間に異空間の開口部がわずかに開いた。



「おーい! お前たち、まだ生きているか? 返事しろ!」



 俺たちは隠蔽障壁に隠れてジッと潜んでいるので当然返事はないし反応もない。あれはダミーだからね。ちなみに吸血鬼たちは暗い空間の内部でもある程度視認できる様だ。吸血鬼だからだろうか?




 吸血鬼たちはしばらくの間ダミーに声をかけ続けていたけど、いきなりダミーの周囲に銃撃を浴びせ始めた! もの凄い発射音だ! たぶんアサルトライフル。異空間の開口部からライフルの銃口が覗いていて銃口からは物凄い火炎が伸びて発射薬が燃焼する際の白煙と刺激臭が俺たちの居る空間に充満し始める……銃の発射音ももの凄いけれど異空間内部は音が反響しないのでエコーとして反響し続けるということはない。



 異空間の床の境界面にぶつかる銃弾は速度を失って床に転がっていくので跳弾にはならないのは助かる。異空間の中は暗いので銃弾の弾道は明るい緑色の光の軌跡で視認できる。床に転がった後も銃弾は緑色に輝いていて、ダミーの周りは緑の光にドンドンと囲まれていくうえに金属化合物が燃焼するような匂いと煙が立ち込める。

 吸血鬼たちめ、アサルトライフルの弾薬に曳光弾を使っているな? ダミーに対する威嚇射撃なんだろうが乱暴な連中だ。ちなみに俺たちは「遠視」「暗視」「衝撃耐性」を起動していて暗闇の異空間のなかでも視界は確保できている。



 するとビールの500mml缶くらいのオリーブドラブ(Olive Drab)色の物体が放り込まれた! 一本、二本、三本と異空間の床に転がっていく。



『ヤバい伊集院君! 手榴弾かもしれない! 隠蔽障壁で身体を完全に隠して!』


 三本の手榴弾(?)は大音響と閃光を発して連続して炸裂した! 異空間の内部は更に白煙に包まれる……スタングレネードだったみたいだ! 良かった……手榴弾じゃなくて。


 俺たちは奇襲対策として「遠視1」「筋力1」「持久力1」「衝撃耐性2」を常用しているので視力と聴力に影響はなかった。遠視が閃光対策、衝撃耐性が爆音対策となるのだ。と、異空間開口部が大きくなって拳銃を構えながら吸血鬼たちが4人、突入してきた!



『ヨシ、伊集院君! 反応速度5を起動!』



 起動した「反応速度5」の効果によってただでさえ暗かった異空間内部は暗黒に包まれるとともに周囲の音が全く聞こえなくなる。

 ちなみにこの状態でも遠視を起動していれば周囲を視認できる。遠視は視覚を通さずに精神構造体にダイレクトに拡大画像イメージを認識させる魔法だからだとアリスさんが言っていた。



「反応速度5」によって俺たちの主観時間が32倍に引き伸ばされて突入してきた吸血鬼たちの動きはは静止したようにゆっくりとなる。



「睡眠5 発射!発射!」


「睡眠5 発射!発射!」



 俺たちの「睡眠5」の速射によって一瞬にして無力化された吸血鬼4人は突入した勢いのまま異空間の床面に激突していったーー普通の人間だったら死んでいるくらいの勢いで床に激突したね……気が向いたらあとで「回復」か「治療」をかけてあげるよ。



『伊集院君! あの開口部から外に飛び出すよ! 飛行2 隠密1 を追加起動!』



 俺と伊集院君は「反応速度」と「飛行」「隠密」を併用しつつM4カービン型神器を構えて隠蔽障壁を展開しながら空中を機動して異空間の外に飛び出した!


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