第18話 初登校


【92日目 東京時間3月9日(水)午前11時頃 大使館別館】



 3月9日。ようやくマンションの改修工事が終わって入居できるようになった。マンション周りは荷物を運び込むトラックで一杯になっている。




 私たち大使館アドバイザーはもともと大した荷物は無かったけど特任公使庶務の方で勝手に高級家具を発注されていてまるで高級リゾートホテルの客室のような家になってしまった。

 しかし家具選びも自分でやれば意外と時間がかかる割に失敗することもあるので楽でよかったと感謝しておく。ありがとうございます……




 保育園の従業員として募集したアメリカ人はアメリカ大陸本土、アラスカ州、ハワイ州からということで逐次集まってくる。

 保育園の経営自体は大使館にはノウハウがないので日本政府からベテラン保育士を複数紹介してもらって任せようとしてたらしいけど。


 遥香ちゃんから推薦された人たちが思いのほか優秀だったため遥香ちゃん含む官舎の主婦5人が中心メンバーとなって大使館から派遣されたスタッフを指図する感じになった。自衛官の奥さんって保育士とか栄養士とか看護師とかの資格を持っている優秀な人結構いるんだよね。








【121日目 東京時間4月7日(木)午前8時頃 県立T高校】



 朝の通勤通学時間帯。多くの高校生が通学のため駅から高校まで通学する中、黒い大型バンが県立T高校の正門に入って右折。右奥にある駐車スペースに停車した。


 外交官用ナンバープレート青地に白で外8202。アリスが高校への初登校ということで乗せてもらってきたアメリカ大使館の公用車である……




「やっぱり朝の道は混むんだね、ギリギリになっちゃった。遅刻しそうだから私行くね」



 私は黒い大型バンに同乗していた二人のシークレットサービスに手を振って教室に向かう。この高校の制服は女子は紺色のブレザーとフレアスカートで男子は学ラン。


 朝の校内は多くの生徒が歩いているので二年五組の教室の場所を聞きながら向かう。教室は二階にあるらしいね……案内してくれた親切な生徒にお礼を言って手を振ってから教室の中に入っていく。



「オハヨウゴザイマース!」



 大きな声で挨拶をする。私は25歳の社会人だった訳なので挨拶ぐらいは出来るのだ。恥ずかしくなんかは無い。どうせすぐ不登校になるし。




 挨拶に対しての返事はひとつも返ってこなかったけど構わずに自分の席に向かう。出席番号順で女子のニ番目、廊下から一列目、前から二番目の席に座る。理系だから女子は少ない。四人しか居ないみたい。



 ふう……高校生をもう一回することになるとはなー。鞄を机の横に引っ掛けて周りをゆっくりと見回してみるとメチャクチャ注目されている。ふむーー私が珍しいのだろう。ならば大人である私の方から少々声がけでもしてやるか。物珍しく観察され続けるのも鬱陶しいからね……



 私は横座りになって後ろを振り向いて女子出席番号三番の子にニッコリと微笑んで喋りかけた。



「コンニチワ〜。ワタシ、マイネームイズ アリス・コーディ デス。ヨロシクネ〜」



「はは、はいい〜。マイマイネームイズ キムラ ですう」


「ははは。ごめんね、普通に日本語話せるんだ。アリス・コーディだよ、よろしくね。アメリカのワシントンから来ました。日本は初めてだからよろしくね?」


「は、はいはい、よろしくですう」



 キムラさんの向こう出席番号四番の子にも声をかける。



「出席番号四番の人もよろしくね」



 手を振っておく。一応女子には義理を欠かないようにしておくのだ。ハブられたらいやだからね……次いで前の出席番号一番の子の方を見ると既に振り向いてくれていてニッコリしている! 


 健康的でスポーティなのに色白の美少女だ! 目は私や遥香ちゃんと同じ半月目。髪はショート。私を日本人にして肉付きを良くして健康的にしたような特級の美少女と言えるだろう!



「こんにちは〜 アリス・コーディだよ。アメリカのワシントンから来たんだ。日本は初めてだからよろしくね?」


「うん、こちらこそよろしく!

アタシは如月茜だよ。アタシもアリスさんと一緒で2年からこの学校に編入した生徒だよ。女子バスケットボール部に入ろうかと思ってます。

アリスさんって何かスポーツやってる?アメリカ人だったらバスケットボール出来るんじゃないかな? よかったら放課後にバスケットボール部の見学に一緒に行かない?」



 おお、いきなり放課後誘われた! 昼ごはん前には大使館の用事があるとか適当言って帰ろうと思ってたけど、これは。ふーむ。「美少女に誘われる」のがこんなに心地良いとは。



 なるほど、物は試し。美少女の言いなりに動いてみるのも一興かもしれない。




「うん、行ってみてもいいかな? でも私は体弱くてあんまり運動できないかも」


「分かった。とりあえず見るだけでも行こうよ。アリスさんってどこに住んでるの?」


「T市の○△町にあるアメリカ大使館別館だよ。一階に保育園が入ってる」


「ええー! そこ私の住んでる官舎の隣りじゃん。お隣さんだね! じゃ今日は一緒に帰れるね。ちょうど良かったわ〜」


「わーそんなこと有るんだね。なら一緒に帰ろう」



「ガラガラ!」



 担任の英語教員が入ってきた。まずは始業式に行くということで体育館に行って校長先生のお話を聞いてから教室に戻る。




 ホームルームでは全員が一言ずつ自己紹介をしてからクラス委員なんかを決めてその後午前の授業を三コマこなした後に昼休みになった。




「アリスちゃん、お昼ってどうするの?お弁当持ってなかったら購買に行って買ってこないとだから付き合ってあげるよ?」




 なんと優しい美少女なのか。茜ちゃんの言うとおり午後はサボろうと思ってたから弁当は持ってこなかったけど私には「物質創造」というチート技があるのだ。鞄の中に右手を突っ込んでハンバーガーセット(ドリンク付き)を一瞬のうちに創り出して鞄から取り出した。




 どうせだからと女子四人が机を合わせて一緒にお弁当を食べることにする。これも中々良いものです。アメリカのどの辺に住んでいたとか聞かれたのでスマホの地図アプリで家をピンポイントで表示して「ここに住んでていつでも帰れるように借りっぱなしになってる」って言ったらメチャクチャびっくりされた!


 確かにワシントンの高級住宅地でビックリするようなお屋敷だからね。「アメリカに来ることがあったら泊めてあげるね」って適当にリップサービスしていると食事を食べ終えたと思われる男子が一人近寄ってきた。



「あのーアリスコーディさん? アリスさんってアメリカ大使館の職員で名刺とか持ってるんでしょ? さっき担任からアリスさんの名刺だよって自慢げに見せられたんだけど僕にも名刺貰えないかな? 記念にしたいと思って」



 なんと。あの担任は私の名刺を見せびらかしているのですか。むーん。まあいいか、そのくらい。私も鬼ではありませんから多少のサービスは良いでしょう。他人に見せびらかされるとは名刺冥利に尽きるとも言えるのかな?



「ふーん。仕事でもないのに名刺欲しいの? 変わってるね、ちょっと待って」



 鞄にゴソゴソと手を突っ込んで100枚入り名刺ケースを取り出した。名刺入れとかは持っていません。必要ないし。



「はい、あげるよ。こんなの記念になるの?」



 私の名刺は薄ピンク色で角が丸まっている可愛いもの。アメリカ大使館のロゴが入っていて表は英語で裏は日本語表記となっている。住所や電話番号、メールアドレスなどは全て東京赤坂のアメリカ大使館本館のもので特任公使付庶務の女性のところに繋がるようになっている。仕事に使うには全く役に立たない仕様で単に名刺を渡すというセレモニー用です。



「うわーやったー! アリスさんの名刺ゲットした!」


「ええ、マジで? 俺も欲しい」「僕も」





 100枚の名刺が全部無くなった。女子三人も欲しいというのであげました。







 放課後に茜ちゃんと一緒に体育館に行く。


 人の練習を見るのは意外と退屈。新一年生の部活見学はまだ始まっていないみたい。暇な私はここ一ヶ月のことを思い返してみる。




 遥香ちゃんと会えた以降は。二、三日に一回は保育園で会ってお話をする感じで自分としては満足だったかな? 保育園が始まってからは颯太くんを連れて毎日出勤するので私が時々遊んであげた。高校が始まるまでは暇だったからね。


 遥香ちゃんの旦那、つまりオリジナルの私にはまだ会っていない。会うタイミングも無いし会ったら微妙な気持ちになりそうで気が進まないのです。悪いけど。




 アメリカ政府からは永久発電機と亜空間ルーム。そしてオクタへドロン(空中機動する正八面体の名称)を定期的に作って欲しいというリクエストが来ていてどうしたもんか考えている。アメリカは近いうちにこれらの存在を限定的に公開して本格的に利用したいらしい。


 公開すると言っても私が製作者であることは伏せるし細部の説明はしない方針のようなので良いかな。有用なんだから使うなという方が不自然だし。そうなると日本政府にもあげたくなるけどどうしよう。日本政府は秘密の保持が得意じゃなさそうだし、日本政府が超技術を管理していると知られたら周辺国から妙な圧力や攻撃を受けるかもしれない。


 うーむ。やはりアメリカを隠れ蓑にしてアメリカから日本に供与する形にした方が日本社会が安定するか。私というキーマンに辿り着かれるリスクも限定できそう。厄介な交渉は最強の軍事力を持つアメリカにやってもらおう。それが良いだろう。


 アメリカに渡した特殊アイテムを世界中に無制限に拡散させようとは思わない。兵器としても運用出来るしかなり恐ろしい使い方も出来る。使い方によっては社会が崩壊するだろうからね。


 まずはアメリカで実験である。アメリカによる一極集中管理なら当面危険は無いと思うし地球人類の幸福に繋がるのか見定めてみたい。





 などと考えていると女子バスケットボール部の見学はもう終えて良いそうなので茜ちゃんと一緒に帰宅する。


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