第14話 激 震


【43日目 午後9時頃 ワシントンD.Cホワイトハウス プラス13時間 東京 1月19日】



 東京霞ヶ関。皇居桜田門に面する警視庁の隣にある中央合同庁舎2号館。そこには日本全国の警察を統括管理する警察庁、そして警察庁を管理する国家公安委員会が所在していた。


 朝の10時。国家公安委員長はアメリカ国土安全保障省長官からの緊急電話協議の要請を受けて協議に応じていた。英語を話せないので同時通訳付き。そして隣に警察庁長官をピッタリと控えさせての万全の態勢である。


 アメリカ国土安全保障省長官から国家公安委員長に電話などかかってきた事もないしかけた事もない。公安委員会のスタッフ達は皆緊張に包まれていた。どのような大事件が?あるいは切迫したテロ情報なのかーーその内容は?




「埼玉県T市の○△町に合衆国が万難を排して警護すべき重要人物が居る。この人物の警護のため大統領警護隊シークレットサービス一個中隊160名をワシントンから在日米空軍横田基地に向かわせて常駐、横田を拠点として警護活動をするので協力を要請する」





 ……訳がわからない。何なんだこの要請は? 警察庁長官も首を傾げる。しかしリアクションはしなければならない。警察庁長官の助言を受けながら応対する国家公安委員長。



「内容について詳しく。警護すべき重要人物とはいったい誰なんでしょうか?」


「それは申し訳ないが明かせない。ただしアメリカにとって死活的に重要な人物であるので協力をお願いする」


「死活的に重要?……それは……物凄く重要ですね……その警護すべき人物はアメリカ人ですか?」


「……その人物はアメリカ人ではない……日本人だ、恐らく」


「ハッキリしないのですか?」


「緊急の対応なので100パーセント日本人である裏は取れていないが日本人のはずだ。時間さえあれば容易に確認できる。問題にはならない」



「その対象者は警護される事、その理由を知っていますか?」


「対象者には警護対象であることを伏せて警護を実施する予定だ……知らせる予定もない」


「それでは警護は難しいのではないですか? 日本国内においては理由を説明できない警察力の展開、まして外国警察による勝手な法執行……警察力の行使は到底認められませんよ?」


「……そのような事情があることは重々承知している……しかし我々も引けないのです。隣に大統領が居てイラついて私を睨みつけているのですよ。なんとかなりませんか?」



「大統領が隣にですか? ちょ、ちょっと待ってくださいね……」




 アメリカ側に大統領が臨席しているなら日本側が国家公安委員長では完全に役不足である……国家公安委員長は総理大臣に、警察庁長官は内閣官房長官に急いで電話をかけ始めた。




♢♢




 その後アメリカ側がホワイトハウスキャビネットルームから電話していることが分かったのでいったん電話協議は終了して国家公安委員長達が首相官邸に移動。


 総理大臣と関係する首相補佐官、内閣官房長官に国家公安委員長と警察庁長官、そして外務大臣を加える形で再度電話協議を行った。その結果として合意したことはーー





 シークレットサービス一個中隊は在日米空軍横田基地に向かわせて待機する。彼らの活動時期と方法は別途協議する。


 警護対象は日本人の有朱遥香さん24歳女性。警護をする理由は明かせないし本人にも知られないようにする。


 彼女の警護は警察庁の指示のもと警視庁が実施する。ただし対象の有朱遥香さんを警護しているという説明は出来ないので、大規模な警備態勢を引く十分に説得力ある人物デコイを近辺に住まわせることをアメリカ政府に求める。


 大規模警備のための経費はアメリカ政府が全額負担して日本政府に支払う。


 日本政府は今回のアメリカ政府から得た情報に起因して有朱遥香さんに接触したり調査することを自粛する。そのかわりアメリカ政府は有朱遥香さんを警護する理由を日本政府に開示する。開示範囲と時期及び条件は事務レベルで速やかに協議する。


 有朱遥香さんがアメリカにとって死活的に重要であることは最高度の機密なので日本国内において適切に漏洩防止と防諜策を講ずることを日本側に要請する。







 電話協議のあった日の夕方。総理大臣と内閣官房長官が話し合っている。



「官房長官……有朱遥香さんって誰かまだ分かんないの?」


「年金機構と運転免許、そしてパスポート発行記録から名前を検索させて調べていますけど個人情報も含むので少々時間がかかりそうです……

自治体に問い合わせたいところですけど総務省が自治体と一緒になって言うこと聞きませんし、警察庁が県警を動かすと目立って痕跡がのこりますからね……」


「はあ、全く……しょうがないけどやりにくいなあ……それで、なんで「アメリカの生死」に日本人の有朱遥香さんが関わるのよ? そんなことどうやったらあり得るのか全然分からないね」



「本当に。先日の首脳会談も極めて不自然でした。米国の安全保障会議メンバーの不審な動き。大統領は片っ端から首脳会談をキャンセルしてスケジュールを白紙にしたのにほぼ必要性の感じられないタイミングで急遽首脳会談の要請がアメリカから! そんなこと滅多にないのに!」


「……それと今回の有朱遥香さんの件は共通の何かがあるんだろうね……そうとしか思えないよ。なんで教えてくれないのかなあ、有朱遥香さんは日本人だよ? 下手するとアメリカ、有朱遥香さんを誘拐しかねないね……」


「はは、いくらなんでも。やりますかね? 国家の生死が関わるならやりますね、アメリカなら。どうしましょうか、アメリカ政府から言われる前に早めに差し出しますか?」


「馬鹿なこと言わないでよ、国民をなんだと思ってるのさ。日本人の有朱遥香さんがアメリカの「死活的な利益」に関わる理由……なんとか理由を解明したいがー」



「コンコン」



 ノックと共に外務大臣と外務次官が入ってきた。




「総理、アメリカ国務省から有朱遥香さんの近辺に住まわせる大物デコイの提示を受けました。

えーと、前大統領のハンター・キング上院議員です。来週早々に来日するので住居手配に協力してほしいそうです。

なお、キング上院議員は議員を辞職して在日アメリカ大使に指名される予定とのことです……」



「前大統領を駐日アメリカ大使だと……そんな事普通はあり得んだろう……?」


「はい、私自身、アメリカ国務大臣に直接電話で確認したので間違いはありません。信じられないかもしれませんが本当です」



「ホントなのか……? マジかよ、アメリカ合衆国、超本気じゃんか。どうなってるのか……

官房長官、対象地域の警備強化を直ちに開始するよう警察庁に指示してくれない? なるたけ広範囲に、しかし高密度で警官を投入しよう。なんか本当に有朱遥香さんに何かあったらヤバいって事だよね?」


「分かりました。早速手配してもらいましょう」


 内閣官房長官が警察庁に電話し始める。外務大臣が更に話を続ける。



「総理、恐らく今回のことと関係があるのではないかという不自然な動きがアメリカ大使館にありまして……」


「んん……どんな事?」


「今まで無かった特任公使というポストの新設。連邦政府の上級スタッフ15名を含む20名のチーム。特任公使には前アメリカ中央軍司令官のオリバー・コリンズ海兵隊大将。サブに統合参謀本部(JCS)の空軍中将が来日して兼任。

それで特任公使の任務がサッパリ分かりません」


「前中央軍司令官って先日に突然交代したけど理由が分からないってニュースになってた人じゃんか……そんな大物を公使? エライ格下げだね。しかもその下にJCSの空軍中将って……在日米軍司令官より格上なんじゃないのか、その中将?」


「はあ、そうなんですよ。前アメリカ中央軍司令官なら在日アメリカ大使でもおかしくないですし……

しかもJCSの空軍中将を公使の下につけるなんてあり得ないですよ。懲罰人事って事もないと思うんですよね、だったらJCSを解任してます。おかしいですよね? 多分関係ありますよね?有朱遥香さんの件と!」


「有朱遥香さんを警備する事ーーもしくは有朱遥香さんとなんらかの関係を持ってなにかをーーまたは関係を持つこと自体が任務かもしれないか?

いやそんな馬鹿な、それだったらこんな大層な陣容なんて必要ないはず。

うーん分からん。さっき合意したとおりアメリカ政府から有朱遥香さんを警護する理由を早急に開示してもらわんことには何一つ確信を持って判断できん……外務大臣、早急に頼むよ」


「分かりました。それともう一つ不自然極まりない動きがありまして」


「何?」


「埼玉県T市の○△町にアメリカ大使館直営の保育園を大至急開園するので協力してほしいそうです。英語教育を取り入れた大使館肝煎りのテストケースって説明ですけど」





「は? 保育園?」



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