第3話 マクディール空軍基地


【1日目 午後8時頃 フロリダ州タンパ マクディール空軍基地メインゲート】



  時刻は概ね夜の8時。マクディール空軍基地のメインゲートをはじめとして敷地内施設や道路の照明が煌々と辺りを照らしている。





 私は歩道から右側に外れて広々とした芝生に入っていく。アメリカって日本的な感覚で言うとめちゃくちゃ意味もなく広い芝生地帯が至る所にある。アメリカ人は芝生が大好きなんだろうか?




 芝生の端っこ、誰も私を見ていない場所に来てから魔法「隠密1」と「飛行1」を使い空中機動を開始する。高度10mくらいを保ちながらメインゲートの右横およそ50m離れた地点を通り過ぎて空軍基地の敷地に侵入していく。人間が私の飛行している方向を見たとしても「隠密1」の効果によって気付く事は無いでしょう。


 「飛行1」を使うと最速で秒速2m(時速7.2km)で空中を機動できる。私アリス・コーディの場合には最大MPの状態であればおよそ42分間の空中機動が可能である。


「飛行1」と「隠密1」を併用すると20分ちょっとしか魔力が持たないのでさっきのメインゲートから続く広い道路の近くに着地して歩道を歩き出す。





 ……さて、どこに中央軍司令部があるかな? 全然分からない。夜だから歩いている人もほとんどいない。適当に灯がついた立派な建物があったら入っていって聞いてみようかな?







 歩行者が全く居ない道路脇の歩道をしばらく歩いていると正面に広大な飛行場が見えてくる……私の頭上を轟音を響かせて通り過ぎ滑走路に着陸する大型航空機。輸送機かな? Cー17みたいだった。私の歩いている道路は大きく左にカーブしていて東に進む方向を変えていく。




 更に進むと右側に巨大なショッピングモールが見えてきた。さすが米軍基地、基地の中には生活に必要な施設は一通りそろっている。灯りはついているけど時間的には閉店しているんだろうな、広大な駐車場には車がほとんどいなくてガランとしている。ショッピングモールを通り過ぎると営業しているハンバーガー屋さんが目に入ってきた。


 ……むむ、私の好きなハンバーガーチェーン店だ、お金があれば食べにいくのに。生憎一ドルも持っていないので我慢する。私は何か食べたければ神技「物質創造」で過去に食べたことがある食品を作ることができるから焦ることはない。今だって休みたければ「時空間操作」で作り出したマイホームに入って食事する事も寝ることも出来るのだ……米軍基地に手ぶらで無断侵入していても余裕なのです。



 更に歩いていくとーー おやあ? 何か如何にもな建物がありますよ? 灯りもあちこちに灯ってる。アメリカ中央軍って中東地域や中央アジアを担当する地域別統合軍だから地球の裏側が活動域なんだよね、だから中央軍司令部って多分24時間営業なんじゃないかと思う……クリーム色で赤屋根の巨大な建物に近づいて正面玄関らしき入り口から堂々と入っていく。




 エントランスに入って周囲を見回すも、この建物が何なのかを含めて建物内部の案内図みたいなものが何にも無い。

 ふむふむ、全然分からないから聞いてみるか。丁度そこらを歩いていたあんまり忙しそうじゃない女性軍人に声をかけてみよう。階級章は「棒一本」、なんとなく緑がかったグレーのストライプ迷彩。空軍少尉だろう。


 声をかける前に女性空軍少尉を観察する。金髪でブルーの瞳の桃花眼で、潤んだ切長の目が素敵。戦闘服を着ていても色っぽいとはアメリカ美人恐るべし。



「こんばんは、空軍のお姉さん。ちょっとお伺いできますか?」


「……あら、かわいいお嬢さん。こんな時間にどうしたのかしら? お父様に会いに来たの?」



 さすが私、概ね高校生に見える人畜無害の美少女だけある。基地に来るまで何人もの通行人に道を聞いたり時間を聞いたりしたけどみんな喜んで親切に教えてくれたからね。アメリカ人ってみんな親切ってわけでもないからね、日本人男性だった時の経験からするとね。


 私の服装は赤白のチェックシャツにスキニージーンズ、上着にグレーのパーカーで足元は白いスニーカー。典型的なアメリカの高校生に見えるはずだ。



「はい、司令官に会いたくて。お願い出来ますか? お姉さん」ニッコリ。



 人畜無害で無邪気な美少女の微笑みを発動しながらお願いする。



「あう……司令官ね。あの厳つい海兵上がりの司令官にこんなに超絶的に可愛らしいお嬢様がいたなんて……私が案内してあげるから一緒にいきましょ、こっちの階段から2階に上がるのよ」


「はい! お願いします」



 偶然だけどこの建物が中央軍司令部で合ってそうだね。勤務員のユニフォームが陸海空海兵隊バラバラだし、司令官が海兵隊って言ってたし。






 階段を二階に上がって廊下の奥の秘書室の受付みたいなところにやってきた。案内してくれた空軍のお姉さんが受付の女性に声をかける。



「こんばんはー、司令官にお客様ですよ、お嬢様です」


「えっ、そうなんですか?」



 受付で海兵隊の砂漠迷彩を着ている女性が私を見たのでニッコリ微笑んで手を振っておく。


 階級章だと上等兵かな?20歳くらいの体幹のしっかりした眼のクリクリっとした杏眼の可愛らしい美少女です。金髪でブルーの瞳。さすがは海兵。美少女といえども戦闘員なんだね……



「少々お待ちくださいね。あ、こっちの中に入ってソファーに座ってて、今呼んできますから」


「じゃあたしはこれで。可愛いお嬢さん、機会があったらまたね」



 案内してくれた女性空軍少尉さんが去っていくようだ。



「親切なお姉さん、ありがとうございました!」ニッコリ手を振っておく。






 しばらくソファーに座って待っていると事務所の奥からこっちに人がやって来る気配と物音が。



「なんでマリアがこんな時間に? 何かあったのかな?」


「司令官にあんな可愛らしいお嬢様がいたとはビックリしました!」


「そうかな? ありがとう、本人が聞いたら喜ぶよ」



 ごめんなさい。全くの別人です。



 ドアが開いて背が高くて頭をツルツルに剃り上げた細マッチョ50代後半のおじさんがやってきた。この人が司令官だろう。



「あれ? 娘はいないけど? ……お嬢さんはもしかしてマリアのお友達かな? こんな時間にどうしたんですか?」


「こんばんは、私の名前はアリス・コーディって言います。司令官さんにちょっと用があって。お話聞いてくれますか?」ニッコリ。


「もちろんですよ! どんなお話ですか、お嬢さん?」



 司令官さんは凄く嬉しそう。こんな超美少女に用があるって言われたら嬉しいよね? 私が私に言われたとしても嬉しいですから無理もありません。




「実はですね。私、アリス・コーディは、こことは異なる宇宙、異世界からやってきました。

これからワシントンに行って大統領さんに会いたいのです。お手伝いしてもらえますか?」


「え? 別の宇宙からきた? 宇宙人ってことなのかな? うーん、ちょっと難しいかもねえ。もうちょっと詳しく教えてくれますか?」



 ……さすが司令官だけある。いきなり馬鹿にもしないし紳士的だ。私が超美少女だからかもしれないけど。ただの少年だったら叩き出されていた可能性はある。



「私は異世界のイースという惑星のアレキサンドライト帝国からやってきました。地球の方々とは敵対する意思はありません。友好的に、お互いが発展できるようにお付き合いしたいのです。


私は今日の夕方にここから20マイルほど西にあるビーチリゾートに降り立ちました。

地球に来たのは良いんですけど。何しろお金もスマートフォンも何にも持ってないですし、この国の身分証明書も滞在許可も何にもありません。


なのでこの国の軍隊の最高幹部である司令官さんにお願いしてワシントンの大統領さんに会わせてもらおうと考えたのです。ワシントンはここからは遠いですから」




 司令官さんと秘書の女性海兵隊上等兵さんは目をまん丸くして立ち尽くしている。言葉が出ないようですね。しかし今私の語った説明はいちおう真実であるうえに矛盾なく合理的なはずだ。異世界から来たという点を除いては。



「えー、お嬢さん? 別の世界イースから来られたと。なるほど、お金も身分証明書も持ってなくて困っていると。移民局に行って相談するのが良いとは思いますが……

因みに別の世界から来たという証拠とか、証明できるものはありますか?」




 この司令官さん立派だな……側から聞いてると精神をやられた病人か狂人の戯言を一応紳士的に対応してくれている。

 見た目はコワイけど良い人かもしれない。私が超美少女だからかもしれないけど。ただの少年だったら今頃MP(軍警察)に通報されて移民局に突き出されている可能性はある。



「そうですね。この世界に無くてイースにしかない物というと…………これならどうかな?」




 私は神力を操作して「亜空間ルーム」の開口部を展開する。いわゆるアイテムボックスである。時間経過は普通にするし生き物だって入り込める仕様ですけど。


 空中に突如直径1mほどの窓が現れる。私はその穴に手を突っ込んでブルーグレー色のリュックを取り出した。チラリと司令官さんを見てみると目はまん丸く開かれ、口はポカンと解放されている……期待通りのいい表情をされている。



「司令官さん、そばに来てジックリと見てもいいですよ? 危険はありませんから安心して御覧ください。これは簡単に言うと私専用の鞄ですね、いつでもどこでもこの開口部を開いて物を出し入れできます」




 司令官さんと女性海兵隊上等兵さんは恐る恐る近づいて亜空間ルームの開口部と亜空間ルームの中を観察する。亜空間ルームの内径は6mほど。私の細々とした私物しか入っていない、鞄として使ってるからね。因みに亜空間ルーム開口部の裏側は漆黒の円盤となっている。





「……私がこことは異なる世界からやってきたこと。納得していただけましたか?」


「えーーなるほど、これは納得せざるを得ないようですね、アリス・コーディさん。……念のためもう一つくらいお見せできるものはありますか? 何事も証拠は複数あるとその信憑性は格段に高まるものですから」


「なるほど全くその通りですね、同感です。では」




       ーー光あれーー




 部屋全体が強くて柔らかな光の波動に包まれる。私の差し出した掌の上に光が凝縮していき直径10cmほどの光る球体が出現した!



「永久に光り続けて破壊することもできない特殊なアイテムです」



 私は一瞬にして光る燭台を虚空から作りだしてカウンターの上に置いた。



 ーーこれは「エネルギー操作」による「光生成」を「障壁」で封印し、「物質創造」でテーブルランプになるように作り出した神器「燭台」である。

 エネルギー操作による光生成は神域から無限にエネルギーを取り出すことが出来る永久機関である。

 それを破壊不能の障壁で封印したこの燭台はコアな機能部品である発光部分が破壊不能の永久機関というトンデモ性能である。まさに神器というに相応しい逸品と言えるだろうーー




 司令官さん達をチラ見すると、実にいい顔で驚いてくれている。



「いま私が作り出したこの燭台は異世界イースといえども私にしか作れないものです。

実は私。異世界イースにおいては物凄く特別な人間で色んなことが出来る重要人物なんです。私が地球に行くと言ったら思いとどまるよう説得されて大変でした。その辺のところも考慮していただいてよろしくお願いしますね?」



 司令官さんはしばらく私をポカンと見つめた後に神器「燭台」を手に取ってじっくりと観察して。更に亜空間ルームをあらゆる方向から見て触って中に手や顔を突っ込んで調べた上で私の方に向き直った。



「分かりましたミズ・コーディ。あなたはここ中央軍司令部の、アメリカ合衆国のお客様です。まずは司令官室の中へ。

今日の夕方に地球に来られたということは食事をされていないのでは? 生憎この時間ですのでレストランは開いていませんがファストフードでよろしければ軽食を準備しましょう」


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