楓橋夜泊

 仲麻呂は勉学に励むため、唐の教育機関である太学に入った。真成が悪い夢にうなされるようになったのは、それから四年と経たない頃だった。

「最近、眠りが悪いのだ」

 副都・洛陽にある鴻臚寺こうろじ。外国からの来賓をもてなす寺の先で、真成は真備にこう語った。

「夜中に目を閉じるだけで、恐ろしい夢が頭をよぎる。そのせいで、私は眠ることができぬ……」

奥の廊下では、成人を迎えて間もない留学生が、しばしの談笑を楽しんでいる。鮮やかな着物の帯が、二人の視界の端で揺れた。

「恐ろしい夢とは、一体どのようなものだ」

 真備がそう尋ねると、真成は片方の手で頭を押さえた。思い出すのも、苦しいといった様子で。

「何かが……、何かが、私を追いかけてくる夢だ。あれが一体何なのか、それは分からぬ……」

 彼の話によると、それは「人の形をした何か」らしい。視界に捉えた瞬間に、逃げ出したくなるような何か。彼はその何かから、必死に逃げることしかできないのだと。

「私はそれが怖くて、夢の中でひたすらに逃げ惑う……。このままでは、休まる気も休まらぬ」

「それは、辛いことだな……」

 真備が背中をさすってやると、彼は少しの安堵を浮かべた。しかしその顔には、昨晩の疲労が色濃く残っている。

「いや、貴君が耳を傾けてくれただけでも有り難い。今夜は少し、良い気分で眠れそうだ」

 真成は人懐こい笑みを浮かべ、真備に感謝の意を述べる。それからしばらくは、彼の夜から悪い夢は消えた。

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