尚衣奉御の見た悪夢

中田もな

長安春望

 噂には聞いていたが、何と大きな都か。唐に降り立った井真成いのまなりの第一声は、大国への驚嘆から始まった。

「真成よ、早々に驚きすぎだ。その調子では、国に帰るまで持たぬのではないか」

 しきりに周囲の様子を確認し、行き交う人々を舐め回すように見つめる彼。同船の仲間・阿倍仲麻呂あべのなかまろは、そんな彼を見て呆れ声になった。

「まぁまぁ、良いではないか。貴君とて、心の内の喜びは同じであろう?」

 二人の横で微笑んでいるのは、生まれは備中の吉備真備きびのまきび。船上では随分と具合が悪そうだったが、既にいつもの調子を取り戻している。

「それはそうだが、私は浮かれてばかりではないぞ。何せ私には、難関の科挙が待ち構えているからな」

 阿倍仲麻呂は幼い頃から学才に恵まれ、唐の難関試験である科挙の合格を志している。二十代前後の若者で構成された遣唐使の中でも、彼の頭脳は一段と抜きん出ており、他の二人もその事実を大いに認めていた。

「無論、私は信じているぞ。貴君ならば、必ず科挙を突破できると」

 真成がそう言うと、仲麻呂は黒い瞳を輝かせ、得意げに口角を上げた。彼の自信は嫌味ではなく、確かな実力に裏付けられている。

「ああ。必ずや、貴君らに良い知らせを届けよう。それが、私の務めだ」

 三人の歩く上空を、漆黒の羽根の烏が舞う。それは満ち溢れた希望を示す、確かな手掛かりだった。

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