離騒
留学生たちは唐の文化を吸収し、また唐に伝わる諸学問を学んだ。真成もそれらの務めを見事にこなし、瞬く間に頭角を現した。しかし依然として、彼の胸から悪夢の不安が消えることはなかった。しばらく見ないと思った瞬間、再び「何か」は姿を現す。彼の真の安寧は、気味の悪い夢とともに消え去った。
真成の顔が徐々に暗くなるのを見て、友人の真備はひどく心配になった。夜の帳が降りた、初夏の洛陽。彼は学問僧として入唐した
「貴君は呪術や祈祷に詳しいと聞いた。彼の恐ろしい悪夢を、どうか解いてやってくれぬか」
昼間は人の多い通りも、夜になると穏やかな静寂が舞い降りる。心苦しい病の話をするには、丁度良い時間帯だった。
「おそらく……、それは、
玄昉は顎を触りながら、すっと目を細めた。僧特有の荘厳な口調で、静々と言葉を続ける。
「夢に出る瘴気は、人の形をしていると言う。捕まれば最後、病に罹って死ぬだろう」
それを聞いた真備は、思わず瞳を見開いた。肌寒い小風が、ざあっと髪を揺らして駆ける。
「何と、おぞましい……! 彼は瘴気に追われているのか!」
「ああ……。だが、まだ間に合う。唐には夢解きに詳しい者も、祈祷に長けた僧も大勢いる。無論、拙僧も手を貸そう」
ここは栄華なる大国・唐の都。回復する手立てはいくらでもある。玄昉にそう励まされ、真備の心も軽くなった。
「そうだな……、貴君の言う通りだ。私も己の伝手を辿ってみよう」
唐に来て十年余り経ち、真備も立派な知識人となった。もう一人の友人・阿倍仲麻呂も、激しい勉学の末科挙に合格し、今では都の官職に就いている。打破する策など、いくらでもあるはずだ。彼は自分にそう言い聞かせ、薄暗く聳える鼓楼を見つめた。
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