File:epilogue_決意=Determination/

   *


 イルトリックは何も地球上だけで起こる現象や存在ではない。

 重力や大気が存在しない寂寞の時空間。直径1kmにも満たない小惑星アステロイドに腰を下ろす人間が一人。


 機械的な軍用宇宙服EMUスマートアーマーを身に纏うその者の腰には二本の機械刀が納められている。


 その視界には漆黒が広がっているのみ。だが、何かを待ちわびていたかのようにゆっくりと立ち上がり、低く構えては鞘に手を添える。


 刹那、目にも留まらぬ速さで抜刀した先、実に山の如き岩石の巨塊が両断された姿を見せた。熔解した断面の間を、人間の立つ小惑星が通り過ぎる。斬られた岩石は次第に再び闇に溶け、軌道を変えては姿を消していく。


 カテゴリγに属する天体型のイルトリック。変則的な軌道を描き、かつ光学的に感知できないそれは地球に衝突しようとしていた。

 それを一刀両断した人間――特策課第二隊所属のムサシは納刀し、鼻を鳴らす。


「認識されずとも所詮は隕石だったか。実につまらん」

 その声が通信で届いたのか、男性の機械音声が応答してくる。同じ隊員のビッグEだ。

『ならこっちの怪獣を相手すればよかっただろう。なかなかにしぶとかったぞ』


「遠慮願う。おぬしのふねに乗るとどうも酔うからな。それも光年離れているなら猶更だ」

 ふたりの間に通信が入る。どこか知的で穏やかな青年の声だった。


『みんなおつかれ。無事に処理できたみたいだし、ビッグE以外はステーションに戻ってきてね』

 途端、ムサシの肉体は宇宙船のオフィスルームへと転移される。宇宙空間を一望できるガラス壁を背に、ヘルメット越しで頭を抱えた。


「……この移り身の絡繰りとやらも実に好かん」

「斬るのはいいけど、サンプルは回収できたの?」


 転移から戻ってきてはムサシに声をかけた女性――58フィフティーエイト――は回収ポッドを床に置き、問い詰める。同様のEMUスマートアーマーを着用している58に、こぶし大の透過性岩石をムサシは手渡した。


 その反応に目を向けることなく、ムサシは第二隊隊長のレイマンに声をかける。彼らとは異なり、レイマンは赤と黒の中華服を纏っている。


「隊長殿、怪異も大方片づけたがどれも手ごたえがなく実に退屈だ。そろそろ合同訓練をしても良い頃であろう」

「インコードと決闘したいだけでしょあなた。私は嫌よ」


 咄嗟に却下する58に対し、レイマンは爽やかに笑う。遮光性のあるチェーンラウンド眼鏡グラス越しの糸目が緩む。


「まぁまぁ、もう少しの辛抱だから」と言ったとき、通知音が鳴る。

「噂をすれば第三隊隊長からだ」

 その場を辞し、白い通路に出ては視覚トラッキングで応答する。脳内からインコードの声が伝達される。


『よっ、そっから見える地球はどうよ』

「相も変わらず青と緑と時々光。文明が進んでも、自然の広大さにはかなわないね」


『半年は宇宙ベースSにいるんだっけか。イルトリックの規模もデカくて大変だろ』

「それよりも食事の方に課題があるね。故郷の湖南菜フーナンツァイが懐かしいよ」

 立ったまま肘をかけ、窓越しに小さく見える地球を見つめては小さく笑う。


「にしても、こうして君と連絡を取るなんて久しぶりだね。僕のこと恋しくなった?」

『冗談よせよ。俺とオークスのところに隊員入ったのは知ってるだろ』


 白髪の三つ編みをいじりながら、思い出したような声を出す。

「そういやそんな話あったね。4か月ほど前だっけ、なんでも君のところは勧誘で入れたそうじゃない。それだけ魅力的な人材だったの?」

『なんでも解読する脳をもっている。なにかと生意気だけど優秀だ』


「へぇ、なんでも読み解ける、ねぇ。それなら探し出せそう?」

『……必ずな』


 真剣な声に、少しの間が生じる。レイマンの表情は変わることなく、微笑を浮かべたままだ。

「インコード。わかっているだろうけど、そのカルマを欲しがっているのは君だけじゃない。全知全能は人類が畏怖して、崇拝された対象だ。でも、僕らは神を奴隷のように扱える力を手にしてしまった」


『四面楚歌とでも言いたいんならそう言え』

「君はつくづく何を考えているかわからないけど、今回はやけにわかりやすいね。かえって疑っちゃうくらいだよ」


   *


「――勝手に思ってろ。俺は俺のやりたいことやってるだけだ」

 UNDER-LINE本部の一室。ベッドに腰掛けるインコードは複数枚のホログラムウィンドウを空間上に展開しながらレイマンと会話を続ける。レイマンの試すような、企んだような言い回しは彼の癖ともいえる。


『なんでもいいけど、その子のこともちゃんと面倒見るんだよ。傍から聞いたら道具として扱っているようにしか見えないから』

「そのつもりだったらとっくに"技術化"してる」


 やろうと思えば拉致をし、記憶操作して脳構造を調べつくすことで技術の向上を図ることもできた。UNDER-LINEもその方が賢明だという声もなかったわけではない。だが、それをインコードは選択しなかった。


『上層部もよく強硬手段で技術化しなかったよね。君なんか根回しでもしてる?』

「人聞き悪いな、日頃の行いだよ。おい鼻で笑うな」


『ごめんごめん。にしても君は合理的なのか人情的なのか、たまにわからなくなるよ』

「人間そんなもんだろ。使う使われる、相互依存の関係性で現代の社会は成り立っているんだからよ。俺もあいつも、とっくに依存しちまってる」


『はは、まるで恋人みたいだね。もしかして気があったりして?』

「馬鹿言ってる暇あるなら奥さんのご機嫌取る方法でも考えてろよ。先日の通話で喧嘩したんだろ?」

『なっ、君なんでそれを――』


 通話を切る。ホログラムに表示されたリストやマップ、数々のデータを閉じては薄暗い一室と化す。ベッドに座ったまま前屈みになって手を組んだインコードは、小さくつぶやいた。


「必ず見つけ出してやるからな、エディム」



第一章 完

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