File:5-7_カルマ発動=Ability Activation/
一体の多面体型イルトリックが展開し、無数の触手を伸ばして背後から迫ってくる。それをかわしてはカウンターの一発を撃つ。威力はあのキャノンほどではないにしろ、急所を狙えばこっちだって一撃で仕留められる。墜落した多面体型イルトリックは黒い粉末と化し、虚空へと消える。
実体化しているイルトリックは独特だが、この世界の万物に擬態する特質を持っていることは既に知っている。そして目の前の無色透明な人型イルトリックは、心理こそ不可解現象であるため読みとることは不可能に近い。しかし、その肉体は法則を元に造り上げられている物体だ。
まぁどうせ最後の個体もそんな感じだろうと余裕を持たせる傍らで、早く終わりたいという気持ちも十分にあった。ゲームのようだがこれはあくまで現実。失敗すればコンティニューできないゲームオーバー。そのぐらいの区別は廃ゲーマーの私でも分かる。
巨銃を片手に引きずるユンは私を一瞥した後、ドローンへと脚を乗っけてはジェットで最後の一体に突撃する。私も
『――対象・近似カテゴリ
マシンボイスが私の脳内に入っていく。あまり心地いいものではない以前に、不明といういやな言葉が聞こえてきた。
「さっそく手詰まりって……」
戸惑いを覚える。
透明とはいえ光の反射と屈折で視認可能なのに実体が無いという矛盾。先ほどの人型と同じ姿だが、カテゴリδに分類される矛盾。擬態でもしたのだろうとすぐに結論付けたが。
カテゴリδ――非実体あるいは現象そのものを指すイルトリック。ユンから仕掛けたと同時に、その人型はわずかに首だけを動かした。
「――っ!?」
その巨人の喉元を斬りかかるも、その滑らかすぎる捌きは斬ったと言うよりすり抜けたという表現が正しい。ホログラムのように、見えているけど物的に触れることができなかった。
しかし、相手からは触れられるようで、その石像のように重々しく、その腕は高速で通り過ぎるユンを捕らえた。
「っ!」
咄嗟に私はモードが定まっていない専用武器でその腕を狙っては撃つ。しかし、そのビームすらもすり抜けてしまい、天井に当たっては粒子状に弾け散った。
ユンが抵抗するも無謀に近く、捨てられるかのように床に叩きつけられる。背中と腰部から直撃。普通ならば骨折どころか死んでいる。
しかし脈拍は狂うも、活動は停止していない。骨盤の
見た目に反し、なんとも頑丈な身体だ。いや、柔い身体こそなのか。それでも、かなりの手負いであることには変わりない。
「っ、大丈夫!?」
大丈夫ではないのはわかっていても、そう口にしてしまう。私の声に答えたようにすぐに起きあがり、体勢を整えるが、体も思考もふらついていた。骨も軋み、五臓六腑が悲鳴を上げている状況に等しい。
「このくらい……っ、へいき、ですよっ」
強気に答える。目の敵にしている私への反抗心、そして彼女が好意を抱いているインコードに格好悪いところを見せたくない感情が混ざっている。見たことのある感情の色と音だったからこそ、そう判定できた。
そのときに察する気配とは言い難い波長の乱れ。反射的に前方――ガラス色の巨漢を見た。その姿が虚空へ溶け出したとき、景色が一変する。
無機質だった広大な部屋は膨張するように広がっていき、同時に花のような色鮮やかな植物が冷たい床から咲き乱れる。赤や黄、緑に青……その花々の隙間から縫うように白い幹の木を生やす。とてつもないスピードで伸び、あったはずの真っ白な照明がついた真っ白な天井が快晴に変わっていた。
深視力も優れていたので、その距離感はすぐに把握できた。周りを見れば一面花畑。地平線もみえ、まるで別世界へ飛ばされたかのようだ。
「
状況をすぐに把握したのはユンも同様であり、イルトリックのマーキングないし領域展開を意味する用語をわざわざ口にする。知識としては知っているも、生で体感したことのない顔だった。
黙ったまま
白い木々も生い茂り、森と化す。早送りしたように芽を出し、成長する葉も白く、ふわふわとした羽毛状だった。成熟したその幹は骨と化すように硬質化する。その主成分は何故かカルシウム。本当に骨と化したと言ってもよかった。
「どこいったの……!」
それをはじめに気づいていくことが増えていく。辺り一面の花から動物の血管のように脈打っている振動が感じ取れた。花の下、地衣類で覆われたツンドラ土のような灰褐色土から呼気が聞こえる。自然が生物的に活発に生きている。
幻覚。しかし、思い込みでもなく、それを実現させる現象がイルトリックであることを緊急任務でも学んだ。
ユンと同じように私も人工イルトリックを探す。
先ほどの気配を察知。あの違和感を読みとったと同時、体がふわりと宙に浮く。途端、放たれた砲弾のように無作用で吹き飛ばされ、花畑を転がっていく。白い幹の木に激突し、嗚咽が出る。広背筋が損傷したみたいだ。でもまだましだろうとうつ伏せになった体を起こそうとする。
鼻から入ってくる花の香り。その成分を脳内で解析して検出された物質はとても植物から生まれるそれではなかった。
「パリトキシン……っ!?」
かなり薄いが、香りの中になぜか含まれているイワスナギンチャクのもつ猛毒。半数致死量値0.00025mg/kg――フグ毒の六〇倍で、心肺の血管が収縮して赤血球が破壊される効果がある。
この生まれつきの発達しすぎた脳のおかげもあってか、自覚症状はいち早く気づけられる。
しかし、そのようなことが起きないあたり、かなりの希釈濃度だったのか、それとも体内で解毒されたか。改めて手術の凄まじさを知る。
そしてもうひとつの恐ろしい事実。考える前に私はユンを呼ぶ。
「この花から出る匂いは絶対吸わないで! あとその木から出てる花粉みたいな煙! 蒸気水銀が含まれているから!」
「本気で?」みたいな顔をしたユンは、素早く傍まで漂っていた銀煙から遠ざかる。
しかし、疎らに木が生えているとはいえ、ここ一帯が毒で充満するのも時間の問題。合否どころではない。生死の問題だ。責任者出てこい畜生。
「まずい……」
早くなんとかしないと。
視野一面に広まっていく危険な分子構造の情報。危機感が増し、焦ってくる。ここで落ち着かなければどうにもならないのに、焦燥感が駆けめぐる。
最後の一体を消滅させればこの現実も幻想と化して、何とかなるかもしれない。あの緊急任務の時だってすべて元通りになった。あれと同じ原理であってるはず。
ただ、その一体がどこにいるかもわからない。仕掛けてきたのも先ほどの投げ飛ばしのみ。このまま私たちの自滅を待っているのだろうか。
そうなってたまるか。なんとか生き延びなければ。この試験に通らなきゃ。
じゃなきゃ私は――。
※
『ねぇ、これ落ちたらあんたの管轄から外されるんでしょ? 上司だろうと勝手なことしないでほしいんだけど』
『カナの意見も聞かずに話を進めたのはさすがに悪いとは思ってる。だけど見込みなかったら一緒に参加させる気はなかったさ。これでも部隊の代表として先は見てるつもりだし、部下の適切な評価とそれに伴う責任も理解してる。大丈夫、おまえはできる子だ。何ならできすぎる子だ。大抵のことはすぐにできるし、つらいことがあっても向き合おうとしてる強さももってるし』
『露骨にほめんな気持ち悪い』
『ホントひねくれてんなおまえ。まぁなんであれせっかくの機会だ、ユンの動きも見て"解読"しておけ。いろいろ学びになるだろうからな』
『せっかくも何も、あんたから始めたことでしょうが』
『たまに他の隊と共同で任務に取り掛かることがあるんだよ。そのときに連携取れないと致命的なミスにつながる。それに人の処理スタイルや手札を見るのはなかなかないから、そんな奥さんはラッキーなんですよ。さらにオプションで各隊長のカルマ情報も加えてたったの――』
『急にセールス始めんな』
『そうだ、アルタイムさんから送ってもらった専用武器のマニュアルは読んだ?』
『一通りね』
『じゃあ話は早いな。そのデスポネリストは治安維持部門が共通して持っている"
『何度も言うけど、なんで今までカルマの訓練をさせてくれなかったの。訓練のスコアはクリアしてるのにまだ体がついていけないからって理由も納得できないんだけど』
『……そうだな。単純に言えば――』
※
「……」
いや、ためらうな。使うしかない。今がそのときなんだ。
私はその意志を拳銃に送信する。脳波として受け取った相棒は形状とともにモードを変更する。
『――モード・ラズウェーカー。転化対象を定めてください』
私は恐る恐るとその拳銃を祈るように両手で握り、銃口を自らの下顎に当てる。自殺行為にみえるそれは、やってみると思った以上に躊躇いが出てくる。わずかにその手が震えていた。
いや、やるんだ。
ちらりとユンの方を見る。ユンも私と同じ考えをしたようで、そのダガーの刃を手首――脈に当てた。まさかとは思うが、あれが彼女のカルマの発動方式なのか。
しかしそれはどうでもいい。再びあの違和感――気配が迫ってきている。
瞳を閉じる。
「……やってやる」
"
震えた指に力を入れ、その引き金を引いた。
※
『――単純に言えば、"きっかけ"がないと死ぬんだよ』
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