File:5-6_適合試験最終調整=DEAD or ALIVE/

 ユンの両腕の周囲に発生したホログラムのような電脳質。彼女の周りの空間――その二次元電脳質から十二もの球状の浮遊マシンが出現・形成される。

「ドローン……?」


 そして、背後の腰部から機械的な短剣ダガーを二本出す。彼女の周りの七号球型ドローンたちは円形の口のような発射口を開口する。

 ダガーを持ち替えた瞬間、彼女は跳躍し、一機の球型ドローンに足を乗せる。そこはちょうど噴出口。ドローンがジェットを噴出した瞬間、ユンの姿は消えた。いや、私の肉眼では捉え切れたが、普通の人の動体視力では到底無理だ。


 ザザ、と人型金属イルトリックの背後へ靴の摩擦を効かせ、膝を曲げて着地したことと、そのイルトリックの頭部が消えていたことしか精々捉えられなかったことだろう。

 ユンの左手に握っていたダガーには別離したイルトリック頭部が面から刺さっていた。その頭部から放電が発生し、切り口はすっぱりと滑らかに切断される。


「まず一体」

 ダガーからバチン、とプラズマを走らせる。突き刺さっていた頭部は瞬く間に昇華したので、イルトリックを素粒子から分解させるエクティモリアの成分が、プラズマの形として発生させたのだろう。


「……えぇ」

 本当に新人ですかあの人。

 術後の調整期間でここまで人間離れのゲームみたいな動きができるのか。それも調整期間五日で? どうかしている。

 ユンは再び跳躍し、次々と浮遊移動するドローンを足場にしたり、掴んでは遠心力で飛び回ったりして空を移動する。両腕両足、胴体から感じる電磁波と金属物体。インプラントされているのか。それで意思を通じて十二のドローンを操作。脳の方も超人レベルのようだ。

 そしてドローンからもプラズマジェットをイルトリックに炸裂させる。ビームのように飛び交い、着弾する度、貫通、焦熱、溶解、破裂を引き起こす。


 率直な話、私がいなくてもすぐに終わるのではないか。

 しかし、この状況でなにもしなかったら失格、つまり第三隊から外され、雀の涙程度の人権さえも失う。

 そんな結末はごめんだ。どうせなら、危険であっても生きがいを見つけられた方がいい。


 チャンスは一度きり。ここで踏み出すしかない。

 一応、準備室で専用武器の操作は大体だが教わった。特性能力――カルマの発動方法も聞いた。

 大丈夫。なんとかなる。

 私は息をのみ、ホルスターから二丁拳銃を抜いた。


 瞬間、ひとつの物体の高速度の移動と波長の変動を把握する。

 思考性操作なので、思念という脳波だけで撃つことができると教わったが、そんな余裕の思考を持ち合わせてはおらず、物理的に撃つほかなかった。


 咄嗟に前剄・後脛骨筋や短母趾屈筋などの脚部・足の裏の筋肉を動かし、踵を床に当てて打ち鳴らしては靴に装着された特殊拳銃を発砲。時速八三キロメートルをその銃口から瞬発的に発揮した。とても拳銃とはいえない威力。半ば吹き飛ばされる形だが、私は体をひねり、着地を成功させる。死ぬほど鍛えられた体幹と3ヶ月に続く空中・無重力での訓練がここで役に立ったようだ。


 私のいた場所は、一体の人型無機イルトリックによって床ごと破壊されていた。がたいがよく、特に上体が発達した、鈍重な外見。常時白色の煙を全身から漂わせている。物質の組成的に、あまり吸入しない方がよさそうだ。


「……マジ?」

 容赦がなさすぎる。戦車でも吹っ飛んでハンバーグの生地のようにぺしゃんこになるだろう。訓練でもここまでのことはなかった。


 手術前だったら予測できたとしても身体がついてこれなかった。体の使い方次第では多少なりの体術や筋肉の動かし方は制御できる。しかし、これは人間のレベルを越えていなければ対応できない。


「ギブりてぇー……」とつぶやくが、この声が音声として拾われていないことを祈る。

 ユンは飛び交う十二のドローンを移り渡りながら、分裂していく多面体型の群れを破壊しつつ、青炎状の翼が生えた人間サイズの有機イルトリックと対峙している。二本の機械的な特殊ダガーで剣戟をくうで繰り広げている。渡り合っているが、苦戦している。応戦した方が――。

 いや、まずは目の前だ。私の目の前には二体の無機イルトリック。背後に金属質のイルトリック。


 機動拳銃を握りしめる。

「こうなりゃ、やってやる」


 私のやけくその決意に答えたかのように、二機の機動拳銃は駆動音を唸らせ、わずかながら形状フォルムを変化させた。

 イルトリックの背から生やした六の触腕が前方から迫ってくるが、着弾点はすでに決定されている。私は安全なポイントを計算で予測し、そこへと走る。


 まるで体が放り投げ飛ばされた身軽さを覚えて間もなく振り返り、自分の移動した距離を一瞥する。七.八メートル。それを〇.六五秒。秒速十二メートル。

 陸上アスリートどころか金メダリストでもなかなか出せない記録。最初の一歩でこんなに速く走れる人間など一握りだろう。ジクジクと大腿筋が痛み出していた頃が懐かしい。

 これが手術と訓練の効果。私はまず目の前の処理対象――人型無機イルトリックを見た。


 無機質な力任せの鉄拳。軽くバックステップで跳んでは地から足をはなし、振動伝導を最小限にする。負担を与えるほどの間接的衝撃を伝えないためだ。

 滞空時間、〇.九二秒。その間、視覚で三つの目標の位置を把握。そして仲間の現在状況。


 内ひとつの目標である人型金属イルトリックが全身を展開し、内部から水銀色の生々しい肉の花を咲かせる。独特な柱頭を弾頭のように飛ばしては私を狙った。

 空気抵抗、弾速、形状などによる力学的な作用――弾丸軌道を計算して瞬時に予測する。


 0.12秒後、146.4°の方角、3.4m先の地点へ。0.76秒後にその地点に追撃があると推測。確定。0.48秒後、60.2°の方角へ5m走っては避ける。

 二、三秒の間に起きた猛攻。それをことごとく処理して、避けるという出力を果たす。相手の動きが不思議と遅く感じる。訓練通りの運動能力を発揮できていた。そして、驚くほど落ち着いていた。

 避けきり、転がってはスピードを殺す。一秒ほどの余裕ができた私はまずは、一挺の特殊機動拳銃の銃口を人型無機イルトリックに向けた。


   ※


『――その拳銃は、銃口を向けるだけでイルトリックかどうかを見分けることができる。もちろん、そのイルトリックのわかる限りの成分も網膜に表示される。その際に銃から説明もされるだろうけど、指向性音響パラトリック・スピーカーだから拳銃の早口なボイスが聞こえるのはあんただけだ』


『随分な機能だことで。任務中で情報が更新されることもあるの?』


『ああ、ちゃんとUNDER-LINEのデータベースと直結している。んで、その成分や元素に応じて、自動的に銃の弾丸成分が変更されるのも特徴だ。自分や特策課の隊員に向ければカルマ発動する覚醒駆動銃ラズウェーカーに。ただの人間に向けて撃つと、まぁ感電仮死には陥らせるビームを撃つ。リプロダクトから逃げ出すとき用だなそれは』


   ※


 準備室で行ったインコードの説明を片隅に思い出す。とりあえず、この武器を信じていけばいい。

 目視。軌道修正は瞬時で完了。変動係数、誤差はほぼない。

 銃口が鈍く光り、一閃のビームを発射する。


   ※


『――その専用武器の名前はデスポネリスト。"読裁解統"の名をもとにした、あんたの第二のカルマであって、唯一信用できる相棒だ。しっかり使いこなすようにな』


   ※


 モード・オンサーガー・リアクション。

 ビームを胸部から浴びた人型無機イルトリックは全身に渡って急激な反応を引き起こした。その頑強な無機質の硬度が下がり、粘度が上昇するも、全体的な劣化が見られた。

 ぼこぼこと上体の体表が沸騰しては破裂し、瞬く間に風化しては砂塵に帰す。 停止反応。沈殿物のような肉片を粉のように床へ落としながら、その三メートルはある巨体の活動を停止させた。

 その間、約五秒弱。

 たった一発で凄まじい効果。アルタイムのいうとおり、本当に重兵器級だ。


「……いける」

 そしてもう一挺の機動拳銃を、迫ってくる数体の多面体型に向けてトリガーを引いた。見事なまでに分厚い外殻を貫通し、核――カテゴリβの脳との受信部位を劣化させる。連射の精度も申し分ない。


「よしっ」

 咄嗟に私はピストルスタンスを取り、右腕は46.5°先の金属イルトリックへ。左腕は137.1°先の翼の生えた有機イルトリックへ。

 拳銃の形態がわずかに変形・移行したと同時に発射。


 モード・フィトバック&コンプレート・リアクション。

 それぞれ異なった性質を持つ弾丸状ビームが四メートル先の迫ってきた金属体と、十六メートル先の有機体に炸裂する。


 その金属尾角は乖離反応を示し、減成デコンポジションを引き起こす。酸化還元反応を引き起こしたことで、水素含む気体が多量に発生し、金属イオンが空気中へ散漫される。


 一方で有機体のその噴出するようにして形成されていた色鮮やかな翼らしきものは溶解し、無色透明の液体と蒸気へと変化する。どのようにしてそのようなものができたのかは不明だが、その液体にはプロトンを受容できるルイス塩基性と高誘電率を併せ持っていた。見たことのない物質であり、少なくとも触れるべきではないと直感が訴える。


 周囲を見渡すが、残りの人工イルトリックは――特に身体的特徴のない、金属質な人型の黒い巨体が数体と十数の多面体型のみ。顔もなにもない、文明時代の泥人形を連想させる。うっすらと正六角形の鱗模様が全体的に見える。


「というか……はぁ……あの娘いつのまに60も倒したの?」

 人型の個体数は30、対し多面体型は60。特に多面体型の処理に集中していたようだ。彼女を見るも息切れ一つしていない。


 反して私は、いくら身体能力が上がって、訓練も重ねたとはいえまだ三か月だ。疲れは出るし精神的にも然り。少し息切れをし、ユンを再び見る。人型の黒鉄イルトリックの一体のみに集中していた。だが、あの材質と体格にダガーとあの小柄さは不得手では――。


 するとダガーを腰にしまい、腕に浮き出たホログラムをさっと操作する。

「っ、ダウンロード?」

 既に専用武器――12機のドローンは使われている。残る手札はカルマだけのはず。

 ダウンロードされ、転送・展開・実体化を果たしたのは巨大な黒鉄の塊。否、代の男でも抱えきれないほどの巨大な黒い銃だ。大剣にも見えるブレード型のそれは、前に掲げるだけでもイルトリックの一撃を防ぐ盾にもなった。


 薙ぎ払い、次に繰り出されるイルトリックの拳を打ち返す。それこそ大剣を振り回すように。あの華奢な体躯のどこにそんな膂力があるのか。

 一瞬の無防備を見せた人型イルトリックの心臓部へ、銃口を向けた。銃全体に紅蓮の回路が閃光のように走り――。


「ぶっ飛べ!」

 銃口から灼熱の噴火が放たれる。

 極太のレーザーともいえるその超高熱線は数々のイルトリックを覆いつくし、跡形も残すことなく消し飛ばした。その温度の高さと衝撃力の単位を読むに、数メートル厚の鉄鋼の壁など簡単に撃ち貫く代物だ。現に、エリアの強固な壁をも直径10メートルほど深く穿った。


「まさか専用武器ふたつ使えるの?」

 試用期間のときに知ったことだが、特殊対策課は4thクラス含め全員、カルマを発動するための発動装置兼武器の役割を果たすものを配布される。その中でも3rd以上のクラス――現在約100名の選ばれた職員には自身のカルマとの相乗効果を果たす専用武器が一つ支給される。

 少なくとも、ふたつのケースは聞いたことがない。


「ったく、どこの主人公かってーの!」

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