File:5-5_少女宣言=Rival in Love/

     *


 会場というべきか、コートというべか、そこは鉄のように固く冷たい箱の中のようだった。その床や壁の組成は工業関連でも軍事関連でも見たことない、新素材に近い何か。少なくとも頑丈なことだけは伺える。


 54×30×17メートルの空間を照らすのは所々から発する複数の光源。ミクロサイズだが、監視カメラも数十は点在している。そして正面上部のホログラムウィンドウに映るインコードたちが私たちを見ている。まるで動物園の見世物にでもなった気分だ。


 腰のホルスターにはアルタイムが製作した二挺特殊機動拳銃。両足には似たタイプの駆動拳銃が装着されている。歩く度金属のぶつかり、擦れ合う音が立ち、ヒールで歩くぐらい目立つ。ヒール履いたことないけど。


 私の隣にはユンがいた。黒いパーカーのジッパーを下まで降ろし、下に着ている白に近いレディースのタンクトップを見せている。小さい銀の十字架のネックレスが照明で反射して輝いているが、その薄着によってより胸の大きさが鮮明に分かる。未成年のくせに、いや、遺伝子と生活習慣の差異の結果が今の格差なのだろう。なおさらしんどくなってきた。


『只今より、治安維持部門特殊対策課適合試験最終調整を行います。審査員は特殊対策課第三隊隊長インコードと第四隊隊長オークス、そして私、特別支援開発部門のナティアです』

 響いてくるアナウンスを聞き、緊張してくる。どうやら、特殊な超硬合金で囲まれた壁の向こうには、隊長以外にもカーボスとアルタイムがいるようだ。


『最終調整の試験内容は、その室内に出現する人工イルトリックをすべて処理してもらいます。あくまで破壊のみでなく、処理ということに注意してください。すべての個体を処理した時点で終了とします。尚、希望で途中退室は可能ですが、その時点で最終調整試験は不合格と見なします。また、受験者の肉体的・精神的のダウンも同様です。その判断は審査員が行います』

 報道アナウンサーのように説明するナティア。


 ここまで絶望的な状況になると思考停止したくもなる。そもそもインコードがあんなこと言い出すからダメなんだ。

 準備室入る前も『まぁアンタの読み取るカルマで敵の弱点とかに専用武器で一発かますだけだから。たくさん倒せばオッケーオッケーオールオッケー』と両手ピースで言っていたけどいい加減すぎるだろ。他にもユンをよく見ておけだのなんだの言っていたが、自分のことで精いっぱいになるに違いない。


 準備室といえば、ユンと二人っきりになったときは互いが無言だった。やっぱり心の準備が必要なのだろう。複雑な部分は読み取らないようにして、それでも多少思考が入ってきたが、一言で表せば、一点集中。相当の手練れだとちょっと畏怖したぐらいだ。

 精神の統一。今の彼女は驚くほど落ち着いている。その余裕が欲しかった。


『――以上で説明を終えます。何か質問があれば挙手を』

 あえて私は訊かないことにした。というよりは質疑の発言をしたくないだけ。

 ユンも当然のように挙手することはなかった。彼女の場合は、本当に特に必要ないのだろう。

『それでは、審査を開始します。そちらのルームに人工イルトリックを転送します』

 それを最後に通信が途切れる。しん、と静まり返った空間に取り残された私とユン。気まずいほどの静けさと不安を煽るような空気の流れの無さ。そんな中で、ユンは私に話しかけてきた。


「カナさん」

「……はい?」

「先に言っておきたいことがあります」

 真剣な顔をこちらに向けてはその綺麗な灰と薄赤の瞳で私を照らすように見つめる。


「インコード先輩があなたのこととっても気に入っているようですけど、ご存知ですか」

 知ったことじゃない、と返すと地雷を踏む未来が見えたので濁した。


「どうだろ。気に入られているっていうのかなアレは」

「気に入られているんです、とっても。それもあって特例で入っているじゃないですか。それに生まれつきのカルマを発揮できていたり、初日であの第三隊と共に実戦したり、試用期間のスコアだって……」

「あなたほどじゃないけど」


 と言ったとき、周囲に何かが浮かび上がる。ホログラムのように、素粒子から構築されていくかのように、何もないところから電脳質として出現してくる。これが転送中の人工製イルトリックだろう。

 私がそれに内心怖気づいているが、ユンは変わらず、私に話を続けてくる。


「でも、私にとってはそんなの、どうでもいいんです」

 それにしても、私の情報は誰が話したのか。おおよそ目星はついている。私は監視カメラの先で私等を観ているであろうインコードを見た。おまえ人に話しすぎだろ。


「そんな溢れかえった才能であっても、私はカナさんを越える。越えてみせます」

 もう越えてるよ。真剣に宣言しなくても、十分上にいるよあなたは。


 電脳質の何かが形作られ、そこまで間を置くことなくイルトリックが湧き出てくる。生命型カテゴリβ単核型カテゴリγ、しかし人工製の機動式自律兵器なので、組成的に有機体、無機体、金属体の三種に分かれていることがわかる。


 合成された複合材料とはいえ、あのとき見たような未知物質ではない。しかし約三〇パーセントは現場で回収し、復元されたそれが含まれているようだ。数は視認可能なものと不可視のもの合わせて――

「「90か」」

 思わず一瞥する。考えていることはユンと同じだったようだ。私は読み取っただけにすぎないが、彼女は気配の察知にも長けているのだろうか。


 幾何学的な構造体から人型まで形状とサイズは様々だ。人型に関しては各々に翼を生やしているタイプや尾、触手のようなものが付属しているタイプ、外骨格を纏うタイプなど、人型といえどもただの人間の形ではない。白黒のみならず、鮮やかな蛍光色の組み合わせは光学的着色法を用い、蛍光光学顕微鏡で人体のあらゆる細胞を見たときと同じような色合いだ。

 美しいともグロテスクともいえる絶妙なバランス。その造られた模擬イルトリックの肉肉しさと滑らかな結晶状の形質は、人工製とは言い難いものであった。

 しかし所詮はロボット。変数が桁違いの生物とは違う。


「この際なので言っておきます。私はインコード先輩のことが好きなんです」

「へぇ」

 この状況でまだ言うかこの女。

 完璧な嫉妬心を私に抱いている。もうあの変態自己中インコードの毒牙に、いや虜になったというわけか。顔は良いのは否定しないが、あいつのどこがいいんだか。


 それにしても、こんなバケモノみたいな何かの群れを前に動じないのは、それだけの経験をした背景にありそうだ。UNDER-LINEに入る前に何をやっていたのか。私に至ってはもう途中退室したい。言ってしまえばこちらは強制だ。

 転送が完了する。目の前で蠢くイルトリックは、吼えることなく、ただ重々しいノーフェイスの頭部をこちらに向けているだけ。そして浮遊している多面体らは変形を繰り返している。


「……悪いですけど、私はインコード先輩に気に入られているあなたが気に食わない」

 彼女は長袖パーカーから出ている手に電子回路模様のフォトルミネセンスを浮かべる。腕の周囲に既視的な電脳模様のホログラムを浮かべた。幾層ものギアホログラムや回路模様の立体映像を空気空間にプラズマとして刻みつける。

 専用武器の瞬時転送。彼女の目には、もう私など映ってはいなかった。

「ですので。――本気で行きますよ」

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