File:5-4_提案=He's out of one’s mind/

「……は?」

 ぽかんと口を開けた私はアホっぽい顔だっただろう。しかし周り全員も呆気にとられた顔をしていた。


「冗談なら滑ってるぞ」とアルタイムは半ば驚きながら茶化す。

「いや本気ですよ」と即答。カーボスは「頭大丈夫かお前」と一言。

「最終調整は原則、一人のみを対象に審査する規則ですが――」

「いーのいーの。そんなお堅いことなしに、一人より二人でやった方が絶対いいって。こういうときはライバルもいた方が燃えるし、協力することで向上するパフォーマンスもあるでしょ」

「却下です。そもそも、彼女はまだカルマの発動すらしていないではありませんか。その状態でユン隊員の試験レベルに合わせようものなら、結果は目に見えているはずです」

「それに関しては大丈夫だ。こいつは俺の自慢の部下だから」

 屈託のない笑顔でインコードは笑う。その発言から到底根拠があるとは思えない。


「ふざけるのも大概にしてください! 全く、オークス隊長からもなにか言ってやってください」

「……俺は構わん」

「あなたまで何を――」

「馬鹿なりの考えがあるんだろう。責任問題になればそいつに全部背負わせりゃいい」

「お、今日は気が合うねぇオークス君。仕事終えたら一杯どうだい」

 そんなインコードの剽軽ぶりにオークスは応じることなく、睨むように一瞥するだけだった。


「え、と」

 つまり練習なしでいきなり本番に入るということ。予定を狂わしすぎている。

 学力試験なら構わないが、軍事レベルの肉弾フィジカル戦となれば話は別だ。それにユンという女の子は調整期間が5日と早いとはいえ、カルマも専用武器の扱いも熟知した状態だ。経験の差が歴然と違うのにライバルもあるか。


「すみません、そちらの方って……先輩の言っていたカナさんですよね」

「おう、そうだぞ」と返答したインコードの表情は半ば嬉しそうにも見える。それはユンという女性にも読み取れたようだ。

 ユンはすっと私の前に立ち、私は半歩身を引いた。


「改めまして、特殊対策課第四隊仮配属のユンといいます。この先お世話になると思いますので、何卒、よろしくお願いします」

 丁寧だがその綺麗な瞳は力強く私を見つめている。純粋だが快くない異物が混入している。私に何か嫌なところでもないとはいいきれない。


「よ、よろしく」と動揺を隠し切れないままそっけなくで言ってしまった私はちょっと死にたい気分になる程の恥じらいを覚えた。握手を交わすも、膝どころか手も震えていた気がした。手汗がじんわり出ていた。


「とにかく俺は反対だぜ。規則どうこうもそうだし、まだ間もねぇカナちゃんに無駄なリスクかけらんねぇよ」

「必要なリスクだ」

「わけがわかんねぇな。三か月前のフィニジャンク統括から委任された緊急任務の時は反対してたってのによ」

「あー、それとこれとは話が違うんだって。というかもうカナは手術もしてるし訓練もさせたし、ポテンシャルも含めて問題ないと隊長おれが保証してるんだけど」と頭をかいて困惑顔を浮かべるインコード。

「あのさ、何を勝手に――」


 私から反論しようとしたとき、別の方から意見の声が聞こえてきた。

「私からもカナさんの参加をお願いします」

 ちょっとユンちゃん、少数派の方の便乗はやめてください。ナティアもとうとう呆れを通り越した顔を浮かべている。

「ユンちゃんまで賛成派かよ」とカーボス。


「インコード先輩が見込んだ女性がどれほどの実力か見てみたいんです。適合試験なしでも実戦で、それもハザードレベルB3のイルトリックを討った実力が気になるんです」

 ちょっと誤解してるよこの娘。実際何もしてないに等しいからね私。変な拳銃で変な敵を撃っただけだからね。


「なっちゃん頼むよ。いいだろ?」

「しかし規則は――」

「責任は全部俺が取るから」

「っ、そ、そういう問題ではありません」

 墜ちかけたな今。目を逸らしたナティアに呆れた目を私は向ける。


「ちなみに社長はオッケー出してくれたぞ」と腕時計型の端末アイヴィーからホロ画面を展開し、アルベルク総統括とのやり取りのチャットをナティアらに見せた。

「あなたって本当、周到というか勝手というか……」と頭を抱えるナティアの普段の大変さがうかがえる。総統括もなぜ許可した。

「はぁ、そういうことなら……許可します。あなたの全責任で」

「やったー! なっちゃんありがとー!」


 満面の笑みで喜ぶインコード。両手で彼女の手を握ることも忘れずにしっかりやっている。同時にハートも握っているだろうと私は遠い目で見ていた。ナティアはそれに驚きつつも「全く……」といわんばかりに溜息をついた。さりげなく彼女の血圧と心拍数がわずかに高まっていることを読み取った。


「まぁ、俺は試作品の性能を確かめるだけだし、練習だろうが本番だろうがどっちでもいいがな。ただ……相応のリスクがあること以上は、そのリカバリーは考えてあんだろうな」

 そう呟いたアルタイムに、インコードは当然と言わんばかりに頷いた。「それでも、こっちのリスクの方が低いんですよ」

「あーもう」とカーボスは頭をかく。「わけわかんねぇこと言いやがって。総統括もなんか考えでもあんのか? まぁとにかく、なんかあったら真っ先に俺が助けるからな、カナちゃん」

「え、ええ。それはマジでありがとうございます」


「んじゃ、そーいうことで早速準備に取り掛かるぞ。ふたりは俺についてきてくれ。準備室に案内するし、ちょっとした説明もそこでする」

「わかりました!」と意気揚々で返事するユン。私は返事すらしないまま、立ち尽くす。

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