File:5-3_特殊対策課第四隊=A tinderbox/

 彼らが言っていた『デモンストレーションルーム』は、手術によって特殊性超能"カルマ"を体得した職員がその力を十分に発揮できるかどうか、イルトリックに対抗できるのかを試したり、鍛錬したりする場所でもあるという。インコードから聞いた話では、適合試験の最終調整もそこで行うことが時折あるそうだ。


「それで、具体的には何をするの?」

 私はインコードに訊く。

「やることは単純。その専用武器を使ってイルトリックを撃てばいい」

「イルトリックを?」


 収容しているオブジェクトを放つとでもいうのか。アルタイムはちらりとこちらを見てそう察したのか、話を続けた。

「ああ、カテゴリβベータγガンマを模した機動式有機兵器オーガニックボットだ。人工物だけどシナプスはテレパシによってカテゴリβの脳と間接的に繋げている」


 生物(多核)型のβと物質(単核)型のγを人工的に造っていることは試用期間の間で知ったことだが、課題が多く、実用化にはまだ遠いため、精々訓練用や研究くらいでしか活用されていない。知識としてはあっても立ち会うのは初めてだ。

 大丈夫なのかと思ったことが伝わったのか、インコードは私にいう。


「ま、今まで一度も叛逆バグはなかったし、精々半殺しだ」

 死ななければいいというわけではない。それに今まで一度も、という言葉は結構危険なフラグ発言お決まりのパターンだ。可能性として、私で史上初のバグを起こし、そこから暴走状態に入ることもあるだろう。そんな不運のクジには決して当たりたくはない。

 何か思いついたかのような声を出したアルタイムはこちらを見ることなく、


「今度カテゴリβの研究室ラボでも覗いてみろ。面白いもんが結構あるし、特に巨獣型の脳は見物だぞ。ただ思考するだけの脳みそじゃ――」

「丁重にお断りします」

「そうか。まぁ好みは分かれるからなアレは」

 そう言っては頭をバリバリと掻く。


 広く滑らかな廊下と白い柱が続いている。

 左手にはいくつか等間隔でドアがある。右側の壁には強化ガラスが張ってあり、その向こうには準備室や監視室などの部屋へと別れるホールとアリーナのような広大な空間が広がっていた。その面積はバスケットコートが丁度六つ分。


「今はだれも使ってねぇようだな」とアルタイムは一言。「予約してなかったんすね」とカーボス。

「ここでも調整は行われる。まぁ最終調整試験はな、あらかじめ検査された受験者の身体と心理のデータをもとに判断する。でも正直データだけじゃ見えないもんもある。そのデータ値よりも優れた計測値を叩きだせば必ずパスできるってことだ」

 その試合会場を映す窓を見る私に、インコードはそう言った。話し終わった辺りで彼の顔を見る。


「まあ訓練も3ヶ月して規定値は越えてるから問題ない。カナも立派な超人だ。っていう割には他の3rdよりはフィジカル面の伸びが悪くて、今はせいぜい地上のトップアスリートレベルだけどな」

 及第点だが納得はしてない理想完璧主義者を思わせる発言に嫌気がさす。それに、身体能力の頂点のひとつであるスポーツ界のトップアスリートらがそのように言われてしまうのも何かと引っかかるものがある。


「それでも転んだらアスパラガスみたいに折れそうな身体から、ボクサーの一発食らっても立っていられるマカダミアナッツな体になったって考えればいい進歩だと思うぜ? それに威力高い拳銃を片手で撃てる程度の筋力はもっているし、今後の生活次第ではさらに伸びることだってあるしよ」

「マカダミアナッツ……」

 フォローするようにカーボスは笑って言った。それは世辞ではなく、本当のことだろう。しかしそれを食材で例える必要があったのか。


 ニート歴が浅いとはいえ、出不精故に運動不足であるのは確実であった。かなりの非健康体な身体だっただろう。オリンピックどころか中学体育の球技大会でさえも足を引っ張る程の怠慢な身体(それでもスタイルの維持は頑張った方)。走っただけでぽっきり折れそうな割り箸みたいな脚は当然遅く、命の危機を感じない限り小学生のかけっこといいレベルだ。

 そんな私が一週間眠っただけでアスリートの肉体を手にする。何度も抱いている感情だが、まるで夢のようだ。


「ここで専用武器とカルマの訓練を行うの?」私はインコードに訊いてみる。

「いんや、ここじゃねぇな。サブの方使う。今は空いてるだろ」

 廊下を抜け、アリーナのエントランスホールのような広めの空間へと出る。地下とは思えないような明るい空間だが、それよりもまだ着かないのかとストレスが溜まってくる。


 先行していたアルタイムがなにかに気づく。私は彼の視線の先を見た。そしてカーボスの脳波からあまり快くない形が現れていたので、苦手な相手がその先にいるのだろう。「げ」とカーボスが顔を歪めていた。


 視線の先はふたりの女性と一人の男。女性のひとりは外見年齢三十代前半。黒縁眼鏡に真っ黒な艶のある髪の毛を束ねて後頭部でまとめたヘアスタイルをしており、この国の人種の証明でもある黒い瞳は冷静沈着な鋭さを帯びている。黒スーツに黒タイツ、そのきつそうな雰囲気から女鬼教官を連想する。思考は読めないので、この人も訓練がされているようだ。

「あのSっ気ありそうな眼鏡の人がナティアって人だ。直接会うのは初めてか」

「う、うん、まぁ」


 耳打ちするように話すインコードに対し、上手くリアクションが取れなかった。生活管理AIが毎日データを送った相手であり、いわば管理責任者だ。チャットやメールのやり取りでしか接点がなかったが、堅苦しい文面にぴったりの人物像ともいえる。こうして対面するまでAIとやりとりしてるのではないかと薄っすら考えていたほどだ。

 その女性についていくように同行していた女の子は、思考がある程度までは読み取れた。しかし読まないように努力する。


 目の形を見るに、可憐な女の子のイメージでちょっと強気な部分がある、と私は予想する。睫毛まつげが長く、あどけなくも綺麗な目と顔立ち、そして発育の良さも伺える。ボーイッシュな雰囲気は肌の色が少し日焼けしたようなそれだからだろう。貧血みたいな青白い肌の私よりも健康色で、どこか自信ありげともいえる。

 気になったのが、彼女のミドルヘアが白色だったことだ。瞳もヴァイオレット色と特徴的だ。ジッパー付きの黒いパーカーにデニムのショートパンツ、そして高さの無いレザーブーツであろう靴が目に入る。


 そして、その後ろを歩く男はインコードとそう変わらない年齢層だろうが、この二八歳児とは異なり、成熟した精神性が姿勢と顔つきでわかる。だがビジネスマンにあるようなきちっとした堅苦しさではなく、山奥で孤高に修行を積んできたような野生児のオーラを感じる。鋭くも死んだような瞳と圧を感じる無表情から、警戒心が高く、友好的でないのは明らか。上下黒地のスウェット越しでも相当の筋肉量であり、首元から伸びた傷や顔の傷が目につく。サンダルと首元まで伸びきったくせ毛のある黒髪で、無精な性格の持ち主なのだと分かる。


「お疲れ様です」

 ナティアの声は芯が通っていた。強気ある声に私は一歩引き下がりたい気分になる。「あっ、インコード先輩!」と白髪の娘は嬉しそうな笑みを隣のこいつに向けていた。

 それよりもあの男がずっとインコードを見ている。インコードも同様だ。何もしてないというのに、空気がひりついている。


「カナちゃん、下がった方がいいぜ」

 カーボスは私に耳打ちする。それで半ばこのあとの展開が想定できた。だが、わかったところでどうすることもできなさそうなのも確かだ。

 張りつめた空気の中、二人が小さく言葉を交わす。


「あんたも来るとは思わなかったよ」

「隊長として付き添ったまでだ」

 言葉を終え、訪れる数秒の沈黙――途端。


 パァンッ、と空気を貫く音が二つ同時に響く。庇うように私の目の前へと身を出したカーボスで全貌は見えなかったが、一瞬だけみえた空気の断熱圧縮の軌道の一部を読み取るに、それはナティアが瞬時に拳銃を構え――いや、既に二発、男がインコードへと薙ごうとした右腿と、それに対処すべく顔の前まで上げていたインコードの左手へと撃ったもの。

 ふたりの繰り出す技の始点を見極め、コンマ一秒かけることなく同時に等しい速度で弾丸を二発、彼女は正確に狙ったといえる。


 ただ、インコードが男へと繰り出す寸前の左手には短針弾が指で掴まれおり、一方で男の振り上げようとした大腿には表皮までしか刺さらず、スウェットを貫いただけに過ぎなかった。だが、二人の繰り出す早業を止められたのは大きな功績だろう。

 

「隊長ともあろうおふたりがこんな場所でやめてください。周囲の人が怪我をします」

 拳銃を下ろし、諫めるようにナティアは言う。ふと気が緩んだようにインコードの目に笑みが戻る。


「大丈夫だよなっちゃん。喧嘩するつもりはないからさ」

「その呼び方はやめてくださいと以前もお伝えしましたが」

 怪訝な目を向けていたのはナティアにとどまらず、カーボスも同様だった。

「暴れるのはいいけどおまえ、俺たちが傍にいること忘れんなよ」

「わかってるよ、守るつもりがなきゃ何もしなかったさ」


 というか、と続けた途端。

 ピシ、とひび割れた音が2つ、背後の柱と前方奥の壁から小さく聴こえた。

「おまえ容赦なさすぎ」

 インコードの苦笑に対し、その男は何も返さない。

「見えなかった……」と白髪の少女が呟く。


「ナティアが撃つ直前で既にお互い繰り出してたの、カナちゃん見えた?」

「……予測だけ、ですね」

 耳打ちしたカーボスに小声で返す。

 つまりほぼ同時に二発殴るなり蹴るなりして、ぶつかり合い、逸れた衝撃が壁と柱にぶつかったのだろう。隊長クラスともなるとカルマなしでも十分バケモノなのだろうとよくわかった。

 まぁいいかと気にしない様子のインコードはこちらへと顔を向けた。


「カナに紹介するよ。この無愛想な武力主義者ミリタリズムが第四隊隊長のオークス。んで、そこのわんぱく娘が第四隊に所属予定のユン。まぁカナの後に入った後輩と言えばそうかもな」

「私べつにわんぱくとかじゃないです~!」

「なはは、元気いっぱいで明るいことに変わりないだろ」


「でも、あのときは本当にありがとうございました。リハビリの時サポートしてくれましたよね。覚えてます?」


 ばっさりと話題を切り替えたインコードは灰白髪の少女を見る。それにユンは満面の笑みを返した。凛とした声に可愛らしさが上乗せしている感じ。こういう媚は苦手だ。

「もちろんだ。優秀だったのが特に印象に残ってる。進歩が早くてびっくりしたよ」

 インコードはやさしい笑みを向けて答えた。にへらと笑うユンの嬉しそうな表情に私はなるほどと察する。


「最終調整試験を受けさせにここにつれてきました」とナティア。

「調整期間は何日行った?」

「五日です。ここ十年の中では最も早いかと」

「そりゃ早い。すげぇなやっぱ」

 インコードは感心した様子。


「これも皆さんのおかげです」としっかりした顔つきで答える。

 ああ、この明るい笑顔が直視できない。ひねくれた私にはとてもじゃないがノリが合わなさそうだ。私は二週間と聞いたが、そのルールを打ち破るほどの成果を叩き出したということになる。


「へぇ、ユンちゃんねぇ」とカーボスは口を開く。「俺のこと知ってる? まぁ初対面だし知らなそうだけどな」

「あ、知ってます! インコード先輩からカーボスさんのことは聞いていますので」

「お、そうだったか。うれしいねぇ。今度一緒にお茶でもしようぜ、うまいスイーツ店いろいろ知ってっからさ」

「カーボス隊員、プライベートな会話は控えてもらえますか」

 ナティアがキッと睨むようにカーボスを見る。


「へいへい、ナティア先生は相変わらずお怖いこと」と肩を竦める。

「第四隊の隊員には会えたか?」

「いえ、皆さん出張でオークス隊長以外誰とも」とユンは肩を落とす。

「なんだ、ジェルゥもまだ香港から帰ってきてないのか」とオークスを見る。「前からかわいい新人が欲しいってごねてたろ。顔すら合わせてないの?」

「任務が想定以上に難航している。ろくに連絡は取れない」と淡々と返した。


「へぇ、あいつに限って珍しいこともあるもんだ。まぁいいや。なっちゃん、審査会場はどこ使うんだ?」とインコード。

「E-1区画です。そこを使うつもりでしたか?」


「いや……」と何か考えているような顔つき。

 そして、さらりと言った。

「カナもいっしょに審査させるか」

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