File:5-2_専用武器=Personal Arms/

 どこかの海外に在りそうな会社――否、キャンパスにも思える清潔感溢れる施設内を進む。

 家族のことを思い返すも、向こうは私の存在を記憶から消去されている。その際に生じる矛盾も、あのときのイルトリックが歪めて継ぎ接ぎの時空へと整合化したのだろう。私は隣に並んで歩くインコードに話を振った。ブーツに白いボトムス、レザージャケット、タートルネックのアンダーといろいろ攻めているが、憎いことに決まっている。


「ねぇ、外出申請っていつ許可下りるの?」

 社内で身分や人情上、位が高いインコードに新人の私がこんな口調で話すのはいろいろと失礼であることに自覚はあるものの、初対面と同じように話し続けている理由はいまいちわからなかった。心のどこかでこいつの下になりたくないとでも思っているのだろうか。だとすれば私はどんな自己中心的な女だと自己嫌悪する。

 しかし、変わらずインコードは友達と話すような口調で答えてくれた。


「少なくとも適合試験をパスするまではダメだ。そもそも、カナのことを忘れた家族に会ってどうする」

 俯いた私は答えなかった。


「わかっちゃいるだろうが、勝手な真似ことはすんなよ。脳チップと血中ナノボットで監視されてるから許可なく外出りゃ秒でバレる」

「勝手気ままなやつに言われたくないっての」

 顔を曇らせる。どこかの監獄でもあるまいし、やはり都市伝説になる程の秘密結社なだけあって恐ろしいことをする。人体改造して物理法則を超越した存在を取り扱う以上、もう慣れてしまっている自分がいた。よく考えれば普通の会社は社員を二十四時間監視するようなことはしない。


「さ、着いたぜ。The械工学Mechanical開発部EngineeringOffice――MEOの第三ドッグだ」

 カシュンと自動ドアが滑らかに開く。


 内部は奥に広く、階層はふたつ。各作業台には何かの装置が幾つか置いてあり、その天井には軟体類の触手のような機械が台上のマシンを弄っている。

 天井や床に無数の電線やパイプが敷き詰められているような、機械がごった返しにされているような場所スペースが左手のガラス越しにある一方、ここはデスクワークオフィスとして機能している。

 左から僅かに機械音が聴こえてくる。目をやると汚れた作業着を着ている人が何人もおり、アンドロイドだの何の機能を持つかわからない大小さまざまなロボットや武器兵器、パワードスーツなど、ゲームでしか見たことないような道具がその人たちとロボットの手によって造られていた。


 フロアの面積は千畳手前ほど――一六五六.二平方メートルか。工房にしてはとてつもなく広く、まさに工場。天井までの高さは二五〇センチメートルと住宅マンションと然程変わらない。

「ちょっと奥の方にいるからなぁ、こういうときカーボスみたいなカルマが羨ましいよ」

「本人的には制御難しいらしいけどね」

 電気と化す能力。肉体組成が人と根本的に、いやそれ以上にDNA以上の何かが異なっているのではないかと考えようとするも、すぐに結論が頭に出てくることにため息をついた。ただ、その原理は数式ばかりで説明し難い。


「あっ、カーナちゃーん! やっほー!」

 噂をすれば。小うるさい電気男が満面の笑みでこちらに大声で呼びかけながら手をぶんぶんと振ってきた。

 紺のトレーナーにジーパン。絵的にシンプルであるも、筋肉質なのと、ツーブロックの決めたショートヘア、そして逞しい顔つきで一種のファッションだと思わされてしまう。首には銀のリングネックレスが付けられている。その身体を"自身の目"で見ても、成分比率が違えども、構造としては普通の人間とあまり変わらない。カルマの発動で急変するのだろう。

「こっちこっち」という声も機械の騒音に半ば紛れ込んでいる。インコードを前に、私は後についていった。


     *


「おまえがそのままのテンションで電気移動スパーキングしないかハラハラしたよ」

「あんときはたまたまミスったんだよ」

「ミスったで済まねぇだろ。十畳分が感電火災で黒焦げになったんだぞ」

「今はすっかり笑い話だろ」とカーボスは笑う。「あればかりは勘弁してくれよな」と言わんばかりにインコードは半ばあきれていた様子。


「んで、カーボスの方は調整が済んだのか?」

「おう、今さっき終わったとこ。メンテも済んだし、調子もベリーナイスだぜ」

 意気揚々と語るカーボス。彼も自分の専用武器を取り寄せに来ていたのか。

 通り過ぎるたび、インコードに挨拶をしてくる作業着を着た人たち。全員ではないものの、明らか有名だというのは見て分かった。


「相変わらず人気なこったな、隊長サマよ」と厭味ったらしく言うカーボス。

「おかげさまでな。てかおまえもそこそこだろ。評判の良し悪しはともかくとして」と笑う。


「親方、おつかれさまです」とインコードが急に立ち止まり、あるデスクに座っている人物に挨拶する。

 親方と呼ばれた男性は四五歳の中年男性。痩せ形でありつつも、力を使う技術が多いのか、よく見るサラリーマンよりはがたいが良い方だ。無精髭で死んでいるような気怠な目が眼鏡越しでじとりとこちらに向く。


「おーう、ちょーどいいとこで来たな。完成したぞ、新人の専用武器。あのデータが間違ってなけりゃ完璧だ」

 低い声で眠たそうに話す男性はぼさぼさとした黒い頭をばりばりと掻く。


「ああ、初対面だったな。この人はアルタイムさん。カナの専用武器の製作を担当した責任者だし、なんか不具合あったらまず――」

「不具合なんてあるわけねーだろうが。舐めんじゃねーよ」

 眉を僅かに動かしたアルタイムは体の向きをこちらに変える。「ですよね」と軽く笑いながらインコードは言う。


「ま、ええわ。そいつが例の新人か」

「はい。カナです、はじめまして」

「ふーん……」と目を凝らして私をじろじろとみる。なんだか気分のいいものではない。


「やっぱ見ただけじゃわからんな。実際に試さねぇと」

「おらよ」と言ってデスクの上にゴトリと置かれたものへと目をやる。

 それは最初の任務で使っていた機動拳銃よりは一回り大きい機械的な特殊拳銃。それが四丁。カラーはグラファイトブラックをメインとし、シルバーとサファイアのラインが走っている。デザインが未来的かつゲーミングチックでかっこいいというのが第一の感想だった。


「これはな、今の嬢ちゃんにお誂え向きの"専用武器"だ。こういうのはイルトリックと交戦するときに使われるが、特策課エキスパート3rdサードクラス以上のやつらにしか配布されねぇ特注品と言ってもいい」

 3rdクラス――イルトリックに対する十分な理解はもちろん、それらの管理や調査、分析・解析、望ましくは適切に処理する能力を兼ね備え、イルトリックの接触・立合いのみならず確保および処理が許可されたスペシャリスト。ちなみに、それに加えB5およびA1ランク以上の適切な処理や破壊を可能とする十分な実力者に付けられる階級が2ndクラスだというが、明確な定義は公表されていない。要は成果で評価される。


「まぁそれはいいとして、これは嬢ちゃんの能力カルマに合わせた機能を備えてる。ただのゴツい拳銃だと思ったら大間違いだ」

 アルタイムは電子タバコで煙を吐きながら説明を続ける。

「これ、四丁あるんですけど」

「ふたつは足に装着けるんだ。靴の踵にな」

「踵にですか?」と聞きつつ、それを見る。よく見れば、二挺は拳銃らしい形状をしていない。

「腕二本じゃ足りなくなることがあるかもしれんからな」と意味深な返答にいい予感はしない。

「それでカナちゃんの専用武器これはどういった機能があるんすか?」とカーボスは興味津々で大型拳銃を見る。


「これはおまえらが使っている覚醒駆動銃ラズウェーカーと同等の機能を兼ね備えている、ハンドガン型の"重兵器"だ。シフト診断やイルトリックを破壊するエクティモリアも搭載しているが、あとは本人が使ってみてのお楽しみだ」

 要は説明が途中でめんどくさくなったのだろう。アルタイムはまたも電子煙草を吸い、真上に煙をふかす。天井の換気扇に吸い込まれていった。


「にしてもそいつ、五感で感じ取れる情報を精密検査機以上に分析して事細かく数値化したり、演算能力や知能指数高かったり、まぁ何かと疲れそうな能力を持ってんだな。不具合はねぇが、正直嬢ちゃんのカルマに見合ったものを造れたかどうかは保証できねぇ」

「保証できないなんて言い方、親方らしくないですね。今朝悪いもんでも食べました?」

「うるせー、二日酔いなだけだ」

 二日酔いが造ったのか私の武器は。

 そんな私の顔を見、アルタイムは髭の生えた顎をじょりじょりと指でさする。一度咳き込み、


「何も俺だけが手掛けたもんじゃねぇ。この部門セクターに感謝しておけよ」

「は、はい」

「じゃ、行くぞテメェら。実際に使ってみた方が早い」

 そう言っては重たそうな腰を持ち上げる。欠伸をしながらアルタイムは左の方へと歩いていく。そこではじめてスーツ姿だと知る。


「行先はデモンストレーションルーム?」と私はインコードに尋ねる。

「そう。テストプレイも兼ねた製造品専用の訓練室のようなもん。って言わなくても解るか」とインコードは説明してくれた。「カナの適合試験の仕上げもそこで行う予定だからいい試験対策になるな」

「最終調整試験の審査って誰か依頼してんのか」とカーボス。

「もちろん、三人お願いしてるぜ。ナティアも審査に加えるように先週お願いしといた」

 アルタイムについていきながらインコードは言った。

 すると、カーボスは「うわー」とでも言いたげな苦い顔で、


「俺あのネーちゃん苦手。いいカラダのくせして性格が糞だし」

 インコードは軽く笑う。

「なにバカなこと言ってんだよ。真面目で裏表ないし、いい嫁さんになると思うけどな」

「真面目のステータスがクソ高いんだよ。あんなのと毎日過ごしてたら二四時間体制の厳重な管理監視生活に追われて二日で死んじまうよ」

「ていうかお前はなんも関わることないからいいだろ。つーかカナも微妙な顔すんな」


 そう言われても。肩が重くなることに変わりはない。

 "特別支援開発部門(The Special Projects Support Office)"、通称SPSOの一人であり、特策課専門の支援課にしてその副課長的ポジションに立つ、一部でAI女と揶揄されることもある厳格な仕事人。この試用期間の間、私の生活管理の指導職員インストラクターとその責任をインコードに押し付けられたからか、顔を合わせることはなくとも連絡メールのやり取りは冷たいことこの上なかった。

 そろそろ工房から出られそうだ。


「最終調整試験ってさ、受からなかったらどうなるの?」

 オフィスから出て、近くの空間移動室ワプトラに入り、目的地へと向かう。その最中に私はインコードに訊いた。


「そうだな。落ちたら別の課に飛ばされる」

 胸をなでおろす。ただ、とインコードは続けた。

「権限が俺から外れることになるから、何されるかはUNDER-LINE次第だ。カナみたいな特殊な事例で入ったケースだと、他の部門や部署に配属されるとは限らない」

 心臓から嫌な音が鳴る。一瞬だけ歩く動作が固まった。


「まさか実験台とか、それともイルトリックをおびき出す囮とか?」

 だが、彼は何も答えなかった。否定とも、肯定とも受け取れるも、ただ前を見て歩く様は私の言葉以上の想定があるのかもしれない。

 いずれもそれは憶測にすぎない可能性。だけど、それだけは避けたい。なんとしてでも。


「ま、落ちないために調整期間が設けられてるってわけよ。よっぽどのへまをしなきゃ落ちる方が珍しいってもんだぜ。カナちゃんなら大丈夫だろ」

 カーボスがフォローするように笑って答える。

「……」

「カーボスの言う通りだ。ただひとつ釘を刺すなら、俺と第三隊の願いとして、必ずパスしてほしい。けど、最後はカナと上の判断次第だ。なんであれ、覚悟はした方がいい」

 その言葉を頭の中で繰り返す。

 シビアなのはわかっていた。それを含め、私も腹を括っていたはずだ。呼吸が僅かに震えている。ここからが本番なのだと歯を噛み締める。

 しばらくの沈黙は胸を痛め、変わらないはずの重力が一気に重たくなった気がした。

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