File:5-8_死の淵=Ignite Shock/
※
私は悶絶した。
体内を駆けめぐる電撃。神経が溶け爛れそうななほど。まるで感覚が狂い、筋肉もぼろぼろに引きちぎられ、骨髄ごと骨を粉砕され――。
「っ! ぁああああぁああぁああああ!!!」
ただ、狂うように叫ぶことしかできなかった。
激痛。激痛。激痛。
一秒でもはやく、死にたかった。死んで楽になるのなら、今すぐにでも命を捨てたかった。
*
「っ、こりゃあ、ちとまずいんじゃないか?」
席に座っていたアルタイムは目の前の強化ガラスに映し出された人工イルトリック内部空間――リプロダクト越しの映像を見ては冷汗を流す。
荒っぽい音がその場で聞こえてくる。ドン、とディスプレイの壁までインコードは押し出され、背中を叩きつけられる。
「だから言ったんだ! いきなりカルマを発動させるなんざ無理があったんだよ!」
インコードの胸ぐらを掴んでいたのはカーボスだった。目を丸くしたナティアはすぐに制止させるよう前へ出た途端、「引っ込んでろ!」とカーボスが叫ぶ。
「マジでいい加減にしろよおまえ。緊急任務んときも、今回の最終調整も、あいつに無理させるにもほどがあんだろうが! あいつはおまえじゃねぇんだよ!」
「それはわかってる」
「だったら!」激昂は治まらない。
オークスはその様子を表情一つ変えずに一瞥しては、モニタ越しの二人の状況を見続けていた。
カーボスはこれ以上何かを言おうとするも、その開きかけた口は怒りで行き場を失い、歯を噛みしめる。反し、インコードは冷静にカーボスを見続けていた。
「……いつになっても、おまえの考えていることだけはわかんねぇ」
インコードを突き放し、カーボスはその場を去る。呆れたというよりは、疲れ切ったような目。彼の足音すら聞こえなくなり、静かになる。しかし、訪れた沈黙は長くはなかった。
「俺からも言いたいことはあるが」とアルタイムは鎮めるような、しかしやや気の抜けた声を出す。「中断する気はないんだろ?」
その問いにインコードは襟を整えながら頷く。
「カナは必ず乗り越えます。"
「ですが、だからといって」
ナティアが口を挟むも、インコードは話を切る。
「あいつにとっての最悪が、最善の道になる。もう従来通りじゃ失うだけなんだよ」
「……」
「大丈夫だ。今は信じて見守っていればいい。最悪のケースには絶対にさせねぇよ」
*
「……またあなた?」
痛みはなくなっていた。しかし、体が直立したままで一歩も動けない。いや、動く気になれなかった。
場所も違う。リプロダクト内部なので唐突なバックグラウンドのチェンジぐらいあるだろうが、ここは現実味のないイルトリックよりも現実じみた身近さと幻想じみた虚構感があった。
前に会ったのは水に浸された蓮の花畑だったか。今度は田舎にあるような廃れた駅の中。相対式プラットホームの古い駅。線路は水没しており、水草が生えている。トンボやアメンボがそこにいた。
私がいる、干ばつのようにひび割れたプラットホーム。線路越しの向かい側のプラットホームには、夢の中で出会った黒髪のきれいな女性が立っていた。どことなく明るそうな表情に小さな苛立ちと呆れを覚える。
「やっ、またあったね」と笑って迎える。
「あなたがいるってことは、また死にかけている寸前ってことですよね」
「お、ものわかりが早い! さっすが!」
うれしそうに言う。笑うと綺麗と言うよりは無垢な少女のようにかわいらしさが出てくる。だけど気にくわない笑顔だ。
いや、それよりも死ぬ間際なのか。現実の私は倒れているのか?
「ここってね、私の子供の頃に育った場所なんだよ。近くにね、森があるの。ひっそりとした、とっても大きな森」
なにが話したいのか。彼女は話を続ける。
「針葉樹のトウヒやマツ、広葉樹のオークやブナが混じり合っていてね、季節ごとに新緑から濃緑へ、赤や黄色から白銀へと色合いを変えていくのがとっても綺麗なのよ~」
おばちゃんみたいな話し方だ。先ほどまでの最終審査の真剣なムードからの死ぬほどの激痛、そしてこの別世界での世間話である。感情がついていけない。
「特に冬の間がすごくてね、夜の間降り続いた雨が森全体を濡らして、夜明け前の冷たい空気がその木や草の表面の水分を氷に変えるの。草木は気温の上がる昼間での間、氷に閉じこめられて真っ白な姿で立ち尽くしているその姿がなんとも神秘的で……ちょっと聞いてる?」
「聞いてますけど、それどころじゃないです」
「まぁそうだろうねぇ。あ、さっき死にたがってたじゃない。人生捨てて私と一緒に来る?」
冗談でもない。いや、さっきは本気でそう思っていたっけ。目の前の水に浸った線路が三途の川に思えてくる。彼女は線路を挟んで向こう側にいることだし、あちら側があの世なのか。実際にあの世があるかなんて宗教ぐらいでしか信じられてはないけど。
「いや、遠慮しておきます」
「つれないなぁ」
「ノリで簡単に死ねないでしょ」
「でも戻ったらまた死にたくなるほどの激痛が待ってるよ」
「……」
思わずためらってしまう。それを見抜いたであろう女性は、近くのベンチに腰を下ろした。
「今までの人生を変えたかったんでしょ? そのために命を捨てる覚悟で新しい道を選んだんでしょ? あなたの覚悟はその程度?」
「……それは」
「死んだら死んだでそこまでの命。そういう運命をあなたは選んだってだけ。でも、どうなるかわかんない未来を恐れて自分から負けを認めるなんてのは、ちょっとかっこわるいんじゃないかな」
「……」
「簡単に死ぬ気でだとか、命を懸けてだとか、必死にだとか、口では簡単に言えるけど、実際それを実行した人間なんてほんのちょっぴりしかいないのよ。限界を越えるだなんて言うけど、所詮限界の上限が上がっただけ。そのボーダーを跨いだら死んだってことよ」
「……私は」
「どうする? もうちょっとがんばってみる?」
「……やる。乗り越えてみせる」
「だったら」と続ける。その表情はゆるみ、微笑みかける。
「ちゃーんとやり遂げてきなさい。あきらめるにはまだまだ早いわよ」
彼女はにっこりと笑ってはウインクをする。
無音だったはずの世界に音が生じる。聞き慣れた音のようで、どこか違う。
「電車……?」
「それじゃ、またね」
彼女の言葉を最後に、一本の電車が世界の境界を裂くように遮った。うるさい音が鼓膜を響かせる。
電車が停まることなく通り過ぎた後、彼女の姿はいなくなっていた。物語などでよくみる現象に既視感を覚えつつ、私の意識はそこで途絶えた。
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