File:4-4_二十歳の誕生日_Happy Birthday/

   *


「少しは懲りたか?」

「……ものすごく」

 病室に戻るなり、担当医のイズナという女性に頭を掴まれてはベッド、否、実験台に抑え込まれた記憶までは残っている。そのあとは脳を電磁波でめちゃくちゃにされたような……そう思い返すなりまたも吐き気が生じてきた。ボードネイズの介入がなければ、これが何時間も続いていたことだろう。

 マゼンタに染まったツーブロックアシンメトリーの髪型はパンクな風貌を思わせる。男勝りな美人だが、医師というより狂った科学者のそれだ。


「ペナルティとして貴様の肉体をパズル状に分割してもいいんだぞ」

「本当にすいませんでした」

 言動もマッチしている。椅子に腰かけているイズナは一つ息をつくと、ホロパネルの試験データを宙で展開しながら話し始めた。ベッドに入っている私の体は緊張したままだ。

「謝罪の意があるならボードネイズに感謝することだな。まったく、なんであいつに借りを作ったんだか」と独り言をつぶやき始める。

「ああそうだ。私の気分が変わらなければ明日退院だ。9時には出ていけ」

「わかりました」


 思わずどもってしまった声。明日から本来やるべき業務内容をこなさなければならないと思うと、急に緊張してきた。上手くやっていけるだろうか。ミスばっかりしないだろうか。

 そんな表情をイズナに読み取られてしまい、


「急に不安そうな顔したところで慰めは出ないぞ。……それより」

 視線を右へと落とす。

「なんで貴様は病室でサンマを焼いてるんだ」

 いつ触れようか戸惑うしかなかったが、今ここにはインコードもいる。いるのだが、七輪で焼かれているサンマの香ばしい匂いが病室に充満していた。


「旬だからな。いい匂いだろ」

 と言い終える前にイズナの蹴りがインコードの顔面に入る。振動がこちらの皮膚にまで伝わった。だが、インコードは痛そうに鼻をさするだけで怪我は見られなかった。


「隊長と言えど容赦はしないぞ」

「いってぇ~、なんかそういう法律でもあるんですかせんせー」

「ガキかおまえは」

 そう言うなりポケットからボールを出しては七輪に向けて投げつけた――が、インコードにキャッチされる。


「うっわあぶねぇ! 焼きたてのサンマに自動初期消火救命ボールEFB投げつけるやつがいるかよ! この非常識め!」

「病室でサンマを焼くやつに言われたくはない」


「それより、UNDER-LINEの散策はどうだった?」と唐突に私に話を振ってくる。こっちの気も知らずに散歩だと思ってやがる。

「別に」とそっぽを向く。

「じゃあサンマ食べるか?」

「勝手に食ってろ」

 私の悪態に、インコードは肩を落とすわけではなかった。当然だなとでもいいたげな顔が何だか腹立つ。

「すぐに信頼してくれとは言わない。一部の情報だけで合意して、騙されたような形で入職したと言われても仕方ないからな。だけど、おまえの覚悟は確かに本物だ。あのときも、今も確かにある。だから俺たちもそれに全力で応える」

「……」


「ボードネイズとは何かしら話したんだろ?」

 そのときの会話を思い出す。まだここの組織のことは信用しきれないが、あの言葉に嘘偽りはないと信じている私がいた。


「まぁ、うん。少なくとも……いい人だとは思う」

 ここまで私の声に耳を傾けて、理解してくれる人は、今までいなかったかもしれない。あのとき心から信じた人でさえも、私を見放していった。


「だろ? 上手くやっていけるさ」

 そう言っては子供みたいに無邪気に笑う。


 やっぱり私はその笑顔が大嫌いだ。

 見放された暗闇の中で生きてきた私にとってそれは、眩しすぎる。ただ何も返さず、頷くだけしかできなかった。


「それじゃ、また明日な。イズナ先生に解体されないよう、ゆっくり寝て回復に専念しろよ」

「なんだったら隊長が代わりになれば問題はないぞ」とイズナ。

「そこまで好きならイルトリック解剖してくれよ。ちょうどいい人型サンプルがあるんだけどどうも扱いが厄介でな」

「それを先に言え。案内しろ」

「はいよ。じゃあな、カナ。明日からよろしく」

 七輪を片付け、焼いたサンマを皿に乗せてはサイドテーブルに置いたインコードはイズナと共にその場を後にしようとする。

「……ねぇ」

「どうした?」

 振り返ったインコードを前に、言葉がすぐに出なかった。

「その……よろしく」

「おう!」

 笑顔で見送ったインコードは手を振り、病室を出ていく。


「……」

 自動ドアが閉まる音を最後に、沈黙、いや、閑静というべきか。急に寂しく感じる白い空間の中、私は秋刀魚の焼けた臭いが染み付いた布団を被り、深く潜る。

 天気予報装置であるガラス箱の中は濡れている。あと一時間後、雨が降るのか。

 表示された時刻は21時あたり。いつもなら、まだまだ夜はこれからだが、怪我人の為、就寝時間として眠らなければならない。


「明日、か……」

 彼らは快く私を迎え入れてくれるのだろうか。


「大丈夫」

 なんとかなる。そう言い聞かせる。

 私の人生は、ここから始まるんだ。

 必要とされなかった私を必要としてくれた彼ら。

 私の人生をどん底に突き落とした不可解で理不尽な事件。それを暴く日も近いかもしれない。そう思えば、神様の存在を認めてやってもいい。

 だけど、神様が運命の賽を振るったとは思わない。

 これは、私が選んだ道だ。


「――頑張ろう」


   *


 翌朝9時、イズナに身体を分解されることもなく、無事に復帰することができた。


「身体ぶっ壊すぐらい、仕事に粉骨砕身すると良い」と担当医師イズナに脅しともいえないお告げを授かり、苦笑しつつベッドから降りたときだった。


「――誕生日おめでとーう!!!」

 突如病室のドアからうるさく出ててきたのは第三隊一同。カーボスやラディ、エイミーがクラッカーやタンバリンを鳴らしながら部屋にずかずかと入ってくる。当然、そんな騒ぐキャラではなさそうなボードネイズとスティラスは後ろからついてきただけだったが。


「……え?」

「カナ先輩! 今日は十一月二十二日っす! カナ先輩の誕生日っすよ!」

 ラディが満面の笑みでそう教えてくれる。自分のことみたいに嬉しそうだ。


「とうとうカナちゃんも二十歳だよ二十歳! いっしょにいろんなお酒が飲めるね!」

 エイミーもどうして私より嬉しそうな顔をしてくれているんだろう。


「誕生日ケーキは特策課のパティシエとも呼ばれたこの俺特製のシャルロットフリュイだ! ルームに既に準備してあるぜ」

 自慢げに言うカーボス。少し目の下が黒っぽいことに気がつく。


「退院日と正式入職初日で誕生日だとは、縁がいいな」

 そう言いながら、ボードネイズさんは笑う。「なにはともあれ、おめでとう」と手に持っていた花束を渡される。「ほら、スティラスも一言言ったらどうだ」


「……おめでとう」

 目を合わせ、そうぽそりと言った後すぐに目を逸らす無表情のスティラス。興味がないのか嫌っているのか、照れ隠しなのかすらわからない様にこれ以上の判断はしなかった。それよりも。


「……」

 どの感情よりも先に驚きが出てきていた。唖然としていた。


「ま、つまりはそういうことだ」

 彼らの前にインコードが出てくる。「そんだけ、みんな嬉しいんだよ、カナがこの隊に入ってくれるのは」

 そう言いながら脳内に受信された何か。「今送ったファイルをインストールしてくれ」というインコードの一言に従う。インストールと同時、神経に微かな電流が走ると同時、角膜に表示されたのは会員証だった。


「登録はすべて済ませた。これで今日からアンタは、UNDER-LINEの一人にして、正式な第三隊の一員だ。おめでとう」

 二重の意味で、インコードは告げた。私の嫌いな彼の笑顔。だけど、その笑顔がなんだか温かくて。

 そのあとから「おめでとう」と複数の声。


 涙が出てきそうだった。

 この懐かしい気持ち。こんなに祝ってもらえたのはいつ以来だろうか。

 こんなに笑顔に囲まれたのは、いつ以来だろうか。

 熱い何かが、身体の底から湧き上がってくる。

 なんでだろう、目がとても熱い。


「うわっ、ちょ、バカ! 泣くほどかよ!」

「あー! 隊長が新人泣かせたー!」

「いじめっすよ先輩!」

「カナちゃん泣かせんなよおい」

「新人いじめだな」

「……女泣かせた」

「いや違うだろ! みんなして俺をいじんな!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ彼らを見て、つい私も笑ってしまう。目から出た熱さは拭わず、いっしょに笑った。

 数年の時を経て失った笑い方。苦手だった笑顔が、今ここで出せたかもしれない


「全く、いい歳した女にここまでして誕生日祝うとこなんて、あんたらぐらいだよ」

 イズナは腕を組んでは苦笑する。「ま、そういうところも含めて嫌いじゃないけどね」と微笑んで。


「ああもうとにかく、全員早くルームへ行くぞ! 何の為に今日までの仕事を昨日終わらせたと思ってやがる! 急げ急げ!」

「久し振りのお祝いだぜ!」とカーボスは意気揚々と叫ぶ。

 病棟エリアであるはずだが、ワイワイとしながら、彼らは部屋から出ていく。


「ほら、カナ。早く来いよ」

 唖然と立ち尽くしていた私に手を差し伸べたインコード。「え、ああ……」としか言えなかった私は、彼の言葉に応え、前へ進むことしかできなかった。

 いや、前に進めたんだ。

「手術も無事に終わった。今日は歓迎会と誕生会も兼ねてめいいっぱい楽しもう。そのためにみんな今日まで必死こいてやってきたんだ」

「……」


 私はなんて馬鹿なんだろう。

 単純にもほどがある。だけど、求めていた答えは案外そういうものなのだろう。

 ここに来てよかったかもしれないと思える自分がいる。

 裏切られたような気持ちになったのに。孤独になったのに。まだ何も信用できるわけじゃないのに。

 彼らなら、なんだか大丈夫かもしれないと思ったんだ。

 涙がまた溢れてくる。

 潤んだ視界の先には、そんな彼らが待っている。


「……あの」

 それはとても小さい声だったかもしれない。だけど、全員の耳に届いていた。

「どうした?」

 みんなが私を見ている。

 人と目を合わせるのは苦手だ。だけど、これだけぼやけていたら、ちゃんとみんなの目を見て話しても恥ずかしくはなかった。いや、やっぱり恥ずかしいかも。


 私は真っ直ぐと、彼らと、インコードの目を見て、小さく息を吸った。

 これから共に過ごしていく仲間たちに贈る、大したことのない、だけど、伝えるべき大切な言葉を。


「――ありがとう……!」

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