File:3-13_支配者を狩る者=Cyaegha Carnage/

 触手らから最も近い位置にいた彼女は、ただそれらを見つめる。

 あの人の無防備さは誰が見ても解る。しかし、敵意を彼女に見せているもなぜか四方を囲む六脚獣の群れが一定の距離を保って寄り付かない。

 それを見かねたのか、触手から発された悲鳴にも似る波長で、奴らの体は強制的に動かされたように見えた。

 何かがあるにしても、あのNo.120-aの群を四方八方から一斉に飛びかかれてはとても対処は――。


 途端、迫ってくるものすべてが赤い薔薇を咲かせるように爆発する。得体のしれない肉体はことごとく灰燼と化し、赤い飛沫と灰の雪が舞った。よく見ると、周囲には薄っすらと赤い靄をはじめ、糸のような赤い液状物が空を縫うように織りなしており、それは腰に手を当てているスティラスの手首から生じている。

 だが、散った血液や肉塊は瞬く間に揮発し、彼女を包み込む。


「あっちゃあ、よろしくない処理をしたなありゃ」迫るNo.1029らをその場で斬り伏せ続けながら、インコードは呆れる。

「ねぇ、あれって毒なんじゃ」

「ああ、No.120-a[ニエプスの猟犬]の揮発ガスは糜爛性と血腫を引き起こすし、精神系もがっつり侵す」

「駄目じゃん!」

「だけどスティラスは例外だ。イルトリック性の毒素はあんまし効かない」

 インコードの言う通り、ガスの中でも彼女はどこ吹く風。すっと、彼女は人差し指を前方へと向けると、その腕や手、指先に至るまでビギリと血管が太く張る。


「……あれも超能力なの?」

「"禁鬼ヘモグロリアス血界・カーネイジ"。正直、あいつが人類側みかたでよかったと心から思うよ」

 瞬間、人差し指の先端から一筋の赤い光線、否、圧縮した血液が射出される。盾を作ったように複数の触手を重ねたもむなしく、ウォーターカッターの如く、貫通しては根本へと着弾する。


「伏せろ」

 インコードの一言に従ったと同時、地と骨身を震わせるほどの爆撃が生じた。吹き飛ばされそうになる私をインコードが抑えつける。周囲はイルトリックもろとも木の葉のように吹き飛び、建造物のガラスや表面が剥がれ落ちていく。爆心地である触手らは肉片と化し、血の雨となって降り注いだ。


「血が……爆発した」

「ありゃあサンプルは期待できねぇな」

 そう暢気な声を傍で聞く。なんだあの生物化学兵器は。そこらの爆弾よりも火力があったぞ。


「スティラス! それをみだりに使うんじゃない! 地上は俺たちで対処する、上空の始末を優先しろ!」

「ん」

 怒鳴るように指示を出したボードネイズは砂埃や礫を払う。反し、彼女は彼を興味なさげに見てこくりと頷いた。途端、軽々と跳躍してはビルを蹴り、上空に浮かぶカプシド型の物体――No.8491-aへと向かっていった。


 そのとき、地面が僅かに揺れるのを感じ、視線を落とす。同時にインコードは踵を返すように方向転換し、私の鼻先数センチに刀剣の切っ先を突きつける。

「――っ!」


 すると、目の前の空間が一気に黒く染まった。視界を失ったかと思った矢先、理解した私はその黒がステルス化したNo.1029の影だと認識する。それの腹部を突き刺したインコードは横に振り、捨てるように地面に転がす。


「あ、ありがとう……」

「下から来るぞ」と小さく告げ、停止しているNo.340[無個性アブダクト転移体]を見る。真っ白な兵器のボディに血管と筋肉伸縮がみられるNo.340の空いた腹部が再生しかけているが、動き出す様子が見られない。しかし何もしていない訳ではない。その内側で何かをしていると推察できた。


 No.340の手前の結晶の地面が大きく盛り上がり、形状が変わってゆく。

 分裂するアメーバのように、施設の床だった結晶と別離し、形成されたものは体高四メートルはある結晶状の巨人。しかしその上体は人型にしては異常に筋肉が発達し、戦車を叩き潰せそうな腕は四つ生えている。頭部は別離して浮いているも顔が剥がされたようになく、表情が全く分からない。ただ筆記体の文字三つほど重なったようなひとつの記号がパーツの無い顔に刻まれていた。声帯がないはずなのに、そいつから真言がぼそぼそと、しかし小気味よく聴こえてくる。


 リアルでは見たことのない存在。しかし、近い何かなら見たことがある。ある言語で「胎児」を意味する、神話に登場した自律性魔的人形。


「これって……ゴーレム」

「No.553[変蛍光性自律型巨像エンゲルト・カステニウム]だ。ネイズ! そっちは任せた!」

「了解だ」


 ボードネイズはジェットハンマーを構える。結晶の地を砕かんばかりに踏み込み、その巨体には似合わぬほどの瞬発力を発揮する。瞬きをしたときにはジェット音と重い衝突音がこの広間に響き渡った。大事故に匹敵するほどの轟音に、思わず私は耳を塞ぐ。


 対して何でできているかわからないNo.553は、そのハンマーのような拳でジェットハンマーに対抗していた。しかしその腕にヒビなど入らず、拳――衝突部分が青透明色から赤色に変色していた。

 途端、ボードネイズは衝撃を相殺されたジェットハンマーをパッと離し、その懐にアッパーを与えた。素手の一撃……にもかかわらず、先程の衝撃とさほど変わらない轟音。No.553のみぞおちが赤く染まっては砕け、赤を帯びた蛍光塗料のような液体を流す。


「素手で……!?」

 その四メートルの巨体がよろめき、バランスを崩す。地面に落ちようとした武器を手に取り、追撃を打ち込む。その巨体は赤透明色に染まっては宙に浮き、液体を流しながら結晶の柱に激突する。


「もう一発」

 しかしすぐに起き上がり、赤に染まった結晶の拳に白色の紋様を浮かべる。蝶の翅のような模様を纏う拳を地に打ち付けた瞬間、赤い血管を内部に張り巡らせた針状結晶の数々が四方八方の地面から一直線でボードネイズに襲い掛かる。銃弾のような速さであり、鮮血が舞った。


「っ!」

 私は思わず声を出すとともに、ボードネイズの元へ向かおうとしたのだろう。無意識に動いた私をインコードは止めた。


「大丈夫だ。今は見てろ」

 No.553は結晶を拳に集結させ、正面からボードネイズを殴りつける。ゴゥン! と金属同士がぶつかり合った音に私は疑問を感じた。


「……おいおい、痛いじゃないか」

 しかし、その身体には傷一つついていない。先ほどの鮮血は砕け散った結晶内部の血管が破けたものだった。私は目に映った彼の肌――体表面の成分が変化していることに気がつく。


「硬質化……!」

「"超硬質化オリハルコン・ミューテーション"。分子の動きを抑えるカルマだ」


 しかし完全硬質化ではないのか、その状態のままでも動作を可能とした。No.553の腕を掴み、バギャリ、と握り潰した。青色から赤色に染まり、赤い蛍光色の液体を流す。


 カーキ色のコートの上からでもわかる程、膨張した筋肉が冷気に包まれている。ボードネイズは声を上げながらNo.553を右腕のみで振り回し、ぶん投げた。

 そして、ジェットハンマーを手に取り、警告音を唸らす。瞬く間に重撃砲へと形状変化させては、分子分解の強エネルギービームを炸裂させる。結晶状の巨人の身体に風穴が空き、あっという間に昇華していった。


「……っ」

 息を呑み、言葉にすらできない。超常の能力と異常の現象を目の当たりにし、私は手に持った駆動拳銃を持つだけで、構えることすらできなかった。


 "幻想"を再現する力。

 これが、彼らの持つ"カルマ"なのか。


「次はお前さんだ」

 ボードネイズは続いて停止したNo.340に撃ち放つ。


『アドレス278edcで例外0007821が発生。インポートエラー。通常処理を作動します』

 No.340の前にシールドらしきものが電脳的に展開される。分子分解砲の光線はそれすらも消滅させるが、相殺されたため肝心の本体には被弾していない。


「行け、コード!」

 ボードネイズの大きな声と同時か否か、その場のすべてのNo.1029を斬り倒したインコードは私の側にはおらず、No.340のところへと駆けていた。

 No.340は腕をかざし、言葉の通りインコードとの距離を、空間を何十メートルも引き延ばした。


「おっと」

 腕から展開された砲門から弾丸を機関銃のように撃ち始める。向かってきた弾丸すべてを斬り捨てるインコードの走る速度は変わらない。

 No.340の両腕から展開されたガス惑星のような光球体。その中心点から眩く太い光線が迫る。それに掠った結晶柱より分子分解作用があることを、私の真横を過ぎ去ったあとに理解した。背後の建造物に穴が空く。


「技術の再現マネはうまいが、精度の高さはいまいちみたいだな」

 避けたのか、目の前にまでたどり着いていたインコードはその電光放つ機械刀剣を薙ぐように斬り、四脚ある足の内二本を一瞬で斬り捨てた。バランスを崩したそれの胸部を突き刺し、そのまま脳天へと斬り伏せる。


 だが、仕留めたわけじゃない。折り紙のように構造を機械的に組み換え、しかし部分部分が砂嵐とポリゴンに侵され、徐々に形状を変えていく。やがて細長い尾を生やした人体を形成していった。


 それは骨と機械が混じったようなボディ。歯をむき出した口以外パーツの無いフェイス。その体格はどことなくインコードに似ている。


「今度は俺の真似するつもりか。遺伝子のコピーすらできずにどこまで再現できるんだ?」

 隊長はボードネイズの名前を呼ぶ。「回収は任せた!」

「了解した」と副隊長は返事する。


 語らぬ機械駆動型と化したNo.340はインコードに襲い掛かる。殴り合いで仕掛けたが、インコードは刀剣で対抗する。しかし何度斬りつけても再生し、ついには反撃を喰らう。No.340の掌底突きは、刀で受け止めたインコードを軽く飛ばし、建物の壁に激突しては崩壊する。

 だが、何事もなかったように穴の開いた壁から出てきては、肩に着いた砂埃を払う。


「オーケイ、大体のスペックは解った」とつぶやく。「戦い方はそれでいいか?」

 そう訊くなり、No.340はファイティングポーズをとる。まさに人そのものの格闘体勢を前に、インコードは現実拡張の刀剣を消去させ、素手で対抗することを選んだ。


「俺に殴り合いベアナックルを申し込むたぁ、いい度胸してんな」と軽やかに笑う。

 そして、拳を握った。

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