File:3-12_幻実の業=Biophysical Mutant's of God/

 瞬間、強力な電撃が空間を伝う。自ら打ち放った雷は彼らの神経を瞬く間に伝導していく。

 その突然変異は激しい電気信号と共に、私自身にも感じ取れた。


 その電撃によって全原子の電子軌道オービタルの変化――スイッチをOFFからOnに転換、ガチャンとギアをチェンジするように塩基配列が変換し、ゲノムとして刻まれた記号配列コードの変動――小さな化学反応は津波を起こすように大きな変異へと膨らんでいく。


 切り離された歯車は形を変え、別の歯車と噛み合う。解けた帯は別の帯へと結ばれる。流動するものは血液と電気と己の意志。大人しく眠っていた全細胞が一斉に目を醒まし、雄叫びを上げた。

 まさしく強制的エピジェネティクス。進化の根源は決して先天的――遺伝だけではないことを昔の偉人は教えてくれていた。


「……なにこれ」

 それにしたってこれは異常だ。最先端科学の領域と常識を逸している。

 彼らは決して人間を逸脱したような姿には変貌していない。至って普通の人間と変わりない。しかし、その内に秘める物質の循環――分子間相互作用がほどけ、新たな構造へと結びつき、組み立てる様は、描く電子回路のようにも見える。人体には決して存在しないはずの組成と高次構造がこの目に映った。人間よりも強い波長が脳を響かせる。


 細胞同士が繋がり合う様は、まるで森のよう。そして、その森という有機ネットワークは結びつき、発火、燃焼を開始する。

 限界突破。その境界すら超越している一種の刹那的進化を彼らは遂げていた。


「来るぞ」

 特殊な駆動拳銃をホルスターにしまったカーボスがインコードに告げる。先頭に立つ彼は屈めた体勢を変えることなく、目を開けた。


「ああ……かかってこい、道化師キチガイ共」


 周囲の人型を模した生物型イルトリック――No.340-aの群れは無心で私たちに跳びかかってくる。その速度は秒速三二六メートル。突風飛んで亜音速に等しい。


「――ッ」

 バチン! と電気の波動が肌を掠る。全身に静電気特有のビリッとした刺激で私は思わず身を動かした。

 その動作とほぼ同時だっただろう。一筋の電光が、風のように向かってきたNo.340-a九十五体すべてに接続されるのが一瞬だが目に見えた。


生物型βになったのが間違いだったな。"速さ"で勝てると思うなよ」

 "電光石火エレクトリシス"。雷電を纏うカーボスは瞬時にして結晶に覆われた現代アートの上に立ち、No.340を見下す。No.340-aの群れは瞬時にして砂のように崩れ散った。


「馬鹿者が……。ヘタしてあの粉を吸うんじゃないぞ」

 呆れ口調でボードネイズは私に目を向けることなく言った。No.340-aだった粉末が辺りを漂うが、ないはずの風の流れがその粉末の漂いから察知できた。自然の風ではない。よく人が通るときに生じる空気の流体挙動だ。


「けど、そのおかげで気づけた」

 未だに体勢一つ変えていないインコードがそう言い、その地面に突き刺していた杖代わりの刀剣の柄を握りしめたときだった。

 数度の金属音と鋭い風。刀剣を薙ぐように振るったインコードの姿が目の前にあった。


 突如視界に現れた複数のNo.1029。宇宙生物エイリアン機械ロボットが混ざったような黒鉄のボディに青線模様が描かれたカテゴリβ。

 銃弾さえものともしなさそうな超硬質の肉体を、黒紫の電光を纏った機械刀剣がいとも簡単に両断する。


「っ、透過機能ステルス――!?」

「こりゃあ、結構多いな」

 硝子の柱を縫い、結晶の大地を駆ける風。幸運にも、その風の動きを漂ったNo.340-aの粉末が教えてくれた。


 虚空を斬る度、猿のように飛び交っていた黒い影が突如として出現する。その剣さばきには無駄がなく、流れるように風をも斬る。硬質であるはずの刃が変形自在の鞭にみえるのは何とも不思議な光景だった。斬りつけるたび、No.1029は断末魔をあげる。


「とうとう言語野と咽頭部が発達したか」愉快そうにボードネイズは言う。

「人間の真似をしたにすぎねぇだろ」とカーボスは倒れている人兵のような姿の影を見下した。

 そのとき、途切れたはずの通信が入る。生憎、私は無線機イヤホンを所持していないので、僅かに聞こえるラディとエイミーの声より何を話したかを推測した。


『よしっ、繋がったっす!』とラディの声。

『隊長たちに報告! 施設中からNo.1029が発生したよ! やつらあらかじめ種をまいてたみたい』


「ここは既に巣窟と化していたわけか」

 ジェットハンマーを振るい、金属をひしゃげさせる音を響かせる。潰れた金属質の影を一瞥し、ボードネイズは顎鬚をさすった。

「ま、実害が出る前で良かったよ。カーボス、施設内のNo.1029を殲滅させてこい!」

「りょーかーい」

 軽い返事をし、一瞬の発光がほどばしり、その姿は忽然と消えた。


「さて、どんどん湧いてくるな」とボードネイズは一望する。「あの空も油断ならない」

 仰いだ先、黒く波打つ空からぼたぼたと何かが生まれてきている。直径二、三m程度の正二十面体や球状などの形を成す物体が顔を出しては空に浮く。その様はウイルスを彷彿とさせる。


「なに、あれ……」

 よく見れば、広がる空の中で何かが蠢いている。形容しきれないぐらい、無数の巨大な亀甲模様のチューブが蛇の如くうねり、犇めき合っているような。呼吸をするようにパクパクと開閉する無数の孔が見えるあたり、あれがウイルス型の何かを産み出しているのだろうか。

『やばいっすね、地面から巨大な反応が一つ接近中っす。皆さん足元の衝撃に備えるっすよ!』


 そうラディが通信越しで報告したと同時、地盤が大きく揺れる。

「っ、何!?」と振動の波の軌道を足の裏で逆探知し、三時の方角――崩れ去るマーケットへと視線を移す。


 少し距離がある先、盛り上がる固い地面から咲いて、否、地面を割いて出てくる無数の泡立ちと、爛れた巨大な肉塊ともいえる触手の数々。加え、非現実的な――それこそコラージュともいえるツギハギの鋭い牙や幾多の口、無数の目、白濁の角、針状の爪が触手の一部として忙しなく出現と消滅を繰り返す。目がおかしくなりそうだ。


 触手の一部が卵型に膨張し、羊水をぶちまけては膜をまとった六足獣がそれぞれ産まれてくる。その数十五で、全長四メートルほど。ぬらりとした真白の肌に真っ赤な欠陥が張り巡らせている。不気味なほどに細い体躯と毛並みのように全身から流れ続ける白い揮発ガス。無数の血管束で支えられた頭部は白い球状に複数の黒い穴が疎らに空いた、機械的なもの。そのアンバランスさが不気味さを醸し出す。


「次々と……っ」

 任務内容と全然違う。だが、その想定外も、常識のように彼らは受け入れていた。それも余裕の表情でだ。


「旧支配者御一行様もお邪魔しに来たみたいだ」とボードネイズは笑う。

「ちと長居しすぎたか? 各員、上空向こうのNo.8491[ハンジェルの誘い]は放置。ちょっかいかけなきゃ何もしない。それより目の前のNo.120[ガラージュ細胞]の処理が優先だ。カナ、あの触手に接触したり見続けたりすると精神もってかれるから無関心のまま気を付けろよ」

「んな無茶苦茶な」


『各員、ミーム汚染阻害信号シグナルと遺伝子保護信号シグナル、タンパク質変性阻害信号シグナルを血中ナノボットに送信したから応戦可能だよ。せっかくの機会だし、できればその神性型βのサンプルも回収してねー』


 エイミーが言い終えた途端。豪速で叩き潰さんと振り下ろされた巨大な触腕を、インコードの一閃で両断される。血は出ず、代わり無数の枝葉が伸びるように細かな触手が生えだす。


「お互い冒涜のし合いといこうじゃねぇか」とインコード。「スティラス! No.8491-aの多面体殻ポリヘドロンとNo.120の処理を頼む。ここんとこ溜まってた鬱憤晴らしてこい!」

「……了解」


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