File:3-10_展開兵器=Transformation Technology/

 目の前にはインコードではなく、一撃を放った勢いで地から足が離れているNo.340。しかしその姿も一瞬だけで、破壊的な轟音と共にホログラムオブジェをすり抜ける。間もなくパリンと二十五メートル先のガラス建造物の内部へと吹き飛んでいった。

 髪の揺れで感じた風圧。鼓膜の振幅で読み取った駆動音。否、それよりも網膜に映し出された目の前の大柄な老兵。


「油断しているからだ。お互いにな」

 後ろにいたはずのボードネイズがNo.340のいた場所――私の目の前に立っていた。その手に持っているものは一九〇を超える初老の身長より少し大きい携帯式機動兵器。


「ジェットハンマー……?」

 転送されたばかりなのか、電脳的な電子膜がサイバー空間の中を彷徨う数値コードのように武器の表面に纏っていた。次第にそれは消えていく。


 重機のように機械的で鈍重な外見。工具で使われるトンカチというより戦鎚ウォーハンマー、いや、それに見せかけた重火器のようでもあった。頭部の片側は凸曲面に近い打撃面、その反対側はキャノンにもロケットエンジンにもみえる電気的内燃機関が唸り声を上げている。


 小型化されたジェットエンジンを搭載したとはいえ、人間の腕力で使いこなせるものではない。両腕が万力の機械でない限り肩ごと離別するはずだ。

 その戦車をも潰しそうな威力を前に、相手の吹き飛んだ距離をグラフ化、質量を推察した上でそのハンマーの速度、角度、推進力等を計算しようと考えてしまうところで、彼は通信をする。


『こちらボードネイズ、No.340との戦闘を開始する』

 通信情報端末機『TRAX』の位置情報システムと情報の共有。ボードネイズは他の隊員にそう脳波間通信CALLINGで各自の脳内へと告げる。


「さて」

 彼の持つジェットハンマーが警告音を報じ、変形を開始した。自動で細かく形を変えていく様は生き物にでもなったかのように感じる。


「っ!」

 武器の装甲が展開。変形に合わせてボードネイズはぐるりとバトンのように回し、持ち方を変える。推進器付内燃機関戦鎚ジェットハンマーだったそれは、一瞬で硬い岩山をも切り抜く削岩機のような厳つい外観に変わる。


 大型電磁機関砲デコンポーズキャノン。常人であれば両腕で抱えんばかりに構えなければならないそれは、鋭い牙を持った獣が口を開けて獲物を飲み込もうとする光景に似ている。


「まず、そのプラスチックの皮を剥がしてもらおうか」

 ズン! と重い銃声が響く。空間を歪めんばかりの放たれた光弾によって、触れた空気分子が核分裂を起こし、断続的な破裂音が小さく生じる。建物内のガラス壁をも分子ごと分解させ、その中にいるマネキンに直撃する。


 分子分解砲。ドイツの軍事機関ではラボスケール止まりだが、核兵器と同様、世界中で規制されているレベル五の危険兵器として認定されている。吐き気を催すほどの壮絶な破壊力を前に、膝が笑う。


「コード! 早く起きろ!」

 ボードネイズは声を上げ、八時の方角を見る。

「え?」

 おそらく、私の囁くように零した音は頓狂な声だっただろう。

 すると、砕け散った店の中から死んだと思っていた人間が服に付いたガラスを払いながら出てきた。


「悪いな、ちょっと気が抜けてた」

「インコード……!?」

 なんで生きている。その服の下に何か衝撃吸収材でも着込んでいるのか。それともフィクションの如く再生力や身体能力アップしたような改造手術でもしているのか。

 怪我一つなくあまりにも普通に振舞うので、先程の一瞬の出来事が嘘のようだった。


「気が抜けているのはカーボスだけにしておけ。ふたりも間抜けは要らん」と低い声で眉を潜める。

「了解、副隊長」と余裕の笑み。

『アラララ、今日の隊長クソザコデイズですね。どしました? 傍に女の子いて意識そっちに向いちゃってました?』とエイミーの声が聞こえてくる。現場にいないためか、からかっている。


『ドンマイっす先輩! ケガはないっすか?』とラディも続いて励ましの声。「全然。俺を誰だと思ってんだよ」とインコードは笑って応答する。本当にかすり傷すらもない。

 私の驚愕リアクションに突っ込むことなく、立て続けに無線機のイヤホンから別の通信があった。決して音漏れのしないそれだが、私の耳には辛うじて聞き取れた。少なくとも、こんな静かな空間では。


 感情の起伏があまり感じられない、落ち着いた女性の無機質な声。それがほかでもないスティラスだとすぐにわかった。

『……No.1029を逃がした。ごめん』


 同時、上からガラスの割れる音が聞こえてくる。破片と共に落ちてくるように着地したのは黒い金属質の肉体に電子的な青い蛍光が幾何学的に模様づけられた人型に似た異形生物――No.1029だった。

 しかし、損傷がひどく、右腕が右肩部ごと抉り取られたように欠損し、こぶし大ほどの凹みがみぞおちにあった。漏れる青い血は空気に触れるなりすぐに煙霧として状態変化する。錆びついた機械のようにうまく動かない身体をよろめかせながらも、何とか起き上がる。


「とどめを刺し逃したか」とボードネイズは小さく呆れる。「休日出勤とはいえ、俺たちはプロなんだがな」

「カナ、銃を構えろ」

 戸惑いながらもポケットの中に入っていた拳銃を抜く。

「もうわかっているな」

「……ッ」


 分かっているも何も、こんな唐突では一瞬ほど戸惑ってしまう。標的を狙って撃つ。ガンアクションゲームと同じ。相手も人間じゃないから容赦はしなくていい。さっきのように撃てばいいだけ。なのにどうしてこんなにも膝が笑っている。どうして躊躇っている。

 その思考速度は秒速三十メートル以上だっただろう。しかし、そのコンマ一秒にも満たない躊躇がミスへと繋がった。


「――え」

 眼前に迫ってきた黒い牙。その女性の麗しい唇の内に潜む鋭い牙が視界を覆った。

 だが、その夜のように真っ黒な視界は一気に明るくなり、インコードと手に持った拡張現実の刀剣が目に入った。私の背後辺りからガシャン、と何かが衝突する大きな音が二つ同時に聞こえてくる。


「判断が遅れたな。次はもうないぞ」

「……っ」

 刀に付着した、蒸発している青い血を地に向けてピッと振っては落とす。もう背後から物音がすることはなかった。

「まずは一体討伐。すぐに回収したいところだが……」とボードネイズはある方向へと目を向ける。


 カツカツカツ、と早歩きでこちらに向かってくるものは何かなど、誰もが分かり切っていた。しかし、それに対し半ば納得がいかない私もいた。なぜ、分子分解砲を直撃したにもかかわらず、傷一つすらないのかと。


「ちょ、ちょっとあれ……」

 一糸まとわぬ首なしの姿。しかし、その表面はマネキンの素材であるポリヒドロキシアルカン酸などではなかった。真っ白な女体にうっすらと黒色の網状葉脈が全身に行き渡って張り巡らされている。


「今回の個体はやけに硬いな」とボードネイズ。

「なるほどな、第一隊の案件だったわけがわかった」

 インコードは少しだけ歯を見せる。「対象は二つだけじゃない」

「どういうことだ」とボードネイズが問う間にも、No.340はただ私たちの方へと早歩きで進み続ける。


『I see. 貴方たちの凶暴性は大変理解できました。私もそれに応えるよう、精一杯努力します』

 No.340がそう告げた途端、ボードネイズの持っているジェットハンマーから大型分子分解砲に変形するのと同じように、機械的な組み換えを開始した。しかし、収納、展開する機械とは異なり、そのマネキン体の変形は質量を無視するかのように内に詰まっていた本体を曝け出す。

「それは後でのお楽しみだ。今はこいつの相手を優先するぞ」


 一見すると四脚兵器。しかし、その機械的な脚は電線ではなく赤と青の血管が浮き出ており、まるで透明の皮膚をもった筋骨たくましい人間が血管を膨張させているような張り具合。


 そして、上肢部位は裂け、電線や機械部分が溢れ出るように露出していく。やがて形成されるは複雑な外骨格を装う武装機兵ミリタリーアンドロイド。下肢と同様、白いボディに赤と青の血管のラインが電線に混じり張り巡らされている。


 その背中からは翼のように展開された数千の赤い血管が天の闇へと延び、脈動を繰り返している。毛髪のない白い頭部は少し面長であるも、大口をぽっかり空けたような穴が穿たれており、その奥は深淵の闇が続いている。頭頂部には棘の生えた天使の輪のようなホログラムが浮いている。


『あまり語らずに特攻に集中します。出過ぎたことを言えば、悪としてやられてしまう弱者と同じ立場になり得るというのが世の常ですので』

「どこから来たかわかんない奴がいけしゃあしゃあとこの地球ほしのフラグを語るなよ」

 そうインコードは言い返す。

 体高三メートルとなったNo.340は私たちを見下す。私の第一の感想は「勝てる気がしない」だった。

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