File:3-6_先手必勝=A Confident Shot/ 

「俺たちが処理する対象について3点。まずイルトリックは未登録でなければオブジェクトNo.ナンバーと名称がつけられる。今回はまだデータベースと一致できてないから確認するまでは判明しないか、新種の可能性があるけど、まぁ俺たちは番号で呼ぶこともあるから覚えておくと仕事やりやすくなるかもな」

「なるほどね」と適当に返した。


「二つ目に、"オブジェクトハザードレベル"という危険度も必ずつけられてる。危険物の等級みたいなものだ。AからEまであるけど、とりあえずCは制御可能で、Bは未知数、Aは明らかやばいって今は覚えておけばいい」

 いい加減な説明だ。先ほどラディの通信ではBと言っていたので、何が出るかはわからないということか。


「そんで、"カテゴリ"という分類がされている。それも大まかに分けられているんだけど、αアルファからθシータ、飛んでλラムダの九種、それに加えてχカイψプサイωオメガの計十二のカテゴリがある。今回の目標のカテゴリβは、生物型っていえば分かるか」

「まぁ、大体」

「カテゴリαは変異型とされているオブジェクトで、ざっくりいえば世間一般の怪異や霊障、呪物の多くはこれに該当する。そんで、その一部は元々"人間"だった被害者だ」


「え?」と小さい声で訊き返してしまう。インコードは続ける。

「言ってしまえばイルトリックに伝染、被曝された感染対象といえる。早期ならまだ助けられる見込みは辛うじてあるけど、ゲノムどころか分子レベルで変性されて、完全にイルトリックになっていれば、もう助けられない。種類については今はそれだけ知っていればいい。ただカテゴリ関係なく、中には知性や知能を持つものがいる。高度な文明を歴史的に築き上げてきた人間以上のな」


「知能……」黙っていた私は眉を潜めた。

「解読不明な信号を扱うやつもいる一方で、人類おれたちの言語も難なく使いこなせるやつもいる。が、これまでこの仕事続けてきて、話の通じる輩はほとんどいない」

「それじゃあ、武力抗争に」

「そういうことだ」


 結局は戦闘か。ゲームでは大好きな類だが、現実でやるのとでは話が違う。それに武器一つないなんてどんな鬼畜ゲームだ。

「それなら私にも武器の一つは――」

「もう渡した。あ、いま外に出すなよ」

 まさに一瞬。スリのような手つきでサッとポケットに入れられたものを手で確認してみる。この形……拳銃ハンドガンだ。


「……っ!」

 扱い方の知識から体感として肉体に刻み込める程度の解る力はあれど、実際、生の拳銃なんて触ったこともなかった。高揚感と共に少しの恐怖を感じる。というかやっと武器が持てた。いやこんな場所で拳銃使うのか。ただ私の知っている、軍で使用されているような普通の拳銃ではない。形状はそれこそデザートイーグルに近しいがどこか電子的・機械的だ。重量と組成を読むも、ただの鉛玉を撃つものではないと知る。


「お分かりの通り、ただの拳銃じゃない。弾は十八発。弾薬は"エクティモリア"、消音効果弾丸ピストン・プリンシプルだから音はほぼ響かない」

 聞き慣れない用語。しかし、インコードも分かっているのか、補足した。目の前で幸せそうな大学生カップルが通りかかるところを一瞬だけ目を向けたが、今回は特に妬みもなく、話に耳を傾ける。

「なにそれ」


「エクティモリアという特定の分子を分裂させる粒子が、質量として弾丸に詰まっている。普通の人に当たればただの銃弾だけど、イルトリックだと反応して、その粒子を放射する機能が付いている。粒子ウイルス特異分子さいぼうに侵入して、増幅、破壊するような感じで対象は死亡ラプチャーする。個体差があるけど、最期には原子ごと完全にお陀仏。アルファ崩壊起こしたり、不安定核が分裂して軽い元素がふたつ以上作るような反応はない」

「原子ごと消滅……? それって表現として――」


「悪いな、俺も専門じゃないからそこまで説得力のある説明はできない。が、実験には立ち会っていた。うちの大型ハドロン衝突型加速器LHCを使ってな。それでも、消滅というほかなかったよ。エクティモリアと結合した特異分子はエネルギーを生じることなく質量ごと消える。反物質の対消滅が考えられたんだけど、エネルギー放出が一〇〇%どころか〇%だから、なにがなんだかって話だ」

 インコードは苦笑した。まるでサイエンスを知らない者がろくに調べずに考え出した作り話のようにも聞こえた。

 質量とエネルギーは等価だ。それはこの宇宙において絶対法則。ただ変換効率が極端に悪いだけじゃないのか。


「まぁこれをサイエンス誌にでも載せたら大炎上するだろうな。特殊相対性理論だっけ? E=mcの二乗。質量が消滅すればエネルギーが生じるやつ。それに例外がある可能性があるだなんて、俺も信じたくないね。ぜひ天才さんにも立ち会ってもらって答えを導き出してもらいたいものだ」

 インコードは私を見、笑う。「どうだかね」と眉を潜めた私は睨んでいるように見えただろう。

 本当に何なんだ。いや、そんなことは今、解かなくてもいい。私はそんな物理法則の根底を無視するような存在と今から立ち会うのか? それも、話し合いではなく、殺し合いで。


「そもそも、特定された特異分子っていうのはなんなの?」

 それが何かを知らなければどうにもならない。どうにもならない分子であれば、それこそ手詰まりだが。

「世界中のどこにいっても発見されてない、新元素の化合物だ」

 思わず目を丸くした。エスカレーターを登り、三階へ。後ろで子供の駄々をこねる声が耳に響く。


「名前は"インフィリンス"。普通なら大発見って喜びたいところだけど、まだ研究段階だし、現時点でイルトリックを構成する一部としか解明されていないダークマターみたいなもん。金属でも非金属でもないし、放射性も無し。物質としても使い物にならないし、それを消滅する方法を見つけただけ」


 いわゆる弱点ウィークポイントか。不可解でもある程度は解明されているのか、と言いたいが、物質インフィリンス反物質エクティモリアの対消滅を対イルトリックとして利用したに過ぎない。しかしそこにエネルギーなるものが放出されない以上、怪人が戦隊ヒーローに倒されて大爆発する方がまだ理に適っている。


「そう」とつぶやき落とす。

 少し会話が途切れる。だが、コミュニケーションに難ありの私とは違い、インコードは会話を繋げてくれる。


「こうやって二人で歩くと、なんか兄妹みたいだよな」

 そこは恋人って言わないあたりまだ配慮が……いや、ないか。それよりも突然の話題転換に少し驚いた。

「やめてくれる? 普通にキモいから」という声は無視される。

「はいはい。そうだ、せっかく来たんだし、なんか欲しいもんある?」

「欲しいもの? 何よ突然」

「『おにーちゃん、これ買ってよぉ』って言われてみたいだけ」

「黙れシスコン」


 この二次元サブカルチャーに無縁そうなイケメンは一体どこのライトノベルに影響された。それに世間一般の妹はそんな愛着の沸くものではない。現実リアルはドス黒いぞ。

「ん~、口の悪いクールな妹も悪くねぇかもな。兄妹いる奴らが羨ましいね」

「セクハラとして訴えますよ」

「普通にやめて。左遷される」

 この流れはまずいと思った私は、すぐに話題を元に戻す。


「それで、どうやってその"患者"を見つけるの。特殊なスコープでも使うとか?」

「あれ、マジでなんも欲しいものないの? 別にちょっとくらいなら買うつもりだったのに」

 無反応の私に「なんだー」とつまらなさそうに口を尖らせる。しかし、すぐに色を正した。

「ま、それができればそう苦労しねーよ。あいつらの擬態性かくれんぼは本気になれば肉眼どころか機械の目で見つけることもできない」

「普通ならな」と呟くようにあとからつけたした。インコードは立ち止まる。

 この視界エリアにいるといわんばかりに見眺める彼の視線の先は、毎秒10人ほど流動する通り。各ショップにいる人数を合わせても数十人の老若男女が確認できる。


「立ち止まったってことは、この中にイルトリックがいるってこと?」

「ああ」

「そう」とだけ返す。賑やかともいえる人ごみの中に、人ならざる存在がいるとはにわかには信じがたい。


「……ねぇ、この拳銃で撃ったら一発で仕留められる?」

「そうだな。核があるタイプなら、そこを撃たないと意味なかったりするけど」

「そのあとは?」

「大抵は崩壊性を示すか破裂するかのどちらかだな。まぁ大規模な爆発や小型ブラックホール生み出すようなケースはβでは確認されてないな」

「破裂って、それ周りパニックになるじゃん」

「その際は認識阻害措置とホロでのカモフラージュ立体合成を施すから避けられる。まぁ弾丸とセットでマイクロボット式のやつが搭載されてるし、直撃と同時に展開されるからあんま気にしなくていい」

「これって私が撃ってもいいってこと?」

「別にいいぞ。あ、周りにバレたら困るから暗殺みたいに早撃ちするかさりげなくな」

「……解った」

「急に質問攻めしてきたけどどうした。あんた意外と仕事熱心になるタイプだったか――」


 パシュン。

 彼が言い切る前に小さく聴こえた射出音。

 本物の銃を使うのは初めてだが、一般人のように躊躇って撃てないとは限らない。

 ゲームでは無数の――累計9万以上のオブジェクトを殺している。

 私は"人を殺していない"。今回もそうだ。対象が、ただの"オブジェクト"であるならば。


 だが、その対象は――まごうことなき、れっきとした人間だった。

 仕事帰りであろうスーツ姿に地味なマフラーを首に巻いた冴えない中年男性。本名木原雅史きはらまさし、年齢四六、身長一六八、体重六八、BMIボディマス指数二四.三八、標準範囲内だが、やや肥満体系。糖尿病Ⅱ型。LCUsライフストレススコア四一、コルチゾール多め。ややストレス負荷がかかっており、白髪も混じっている。


 その男性がいるのは時計専門店。新しい腕時計を購入するか悩んでいる思考が脳内に流れ込んでくる。予算は三十万。仕事は非上場のSEか。

 この目から見ても、普通の一般人だ。脳波も正常で、カーボスが言っていたような精神病患者のようなものでもない。

 だが、私は5.5メートル先の彼の心臓部を撃った。


「は……ぇ……?」

 驚愕した間の抜けた声。唖然と激痛で歪んた顔。腹部の白いワイシャツから血がにじんできている。だが、その様子は周囲には認識されない。傷口から漏れ出すように散布されるマイクロボットが認識阻害の帳を展開しているからだ。人間レベルの視覚と聴覚、嗅覚では知覚も難しい。

 脳波の乱れ。圧覚・痛覚・温覚等のあらゆる感覚の刺激。精神状態は不安・興奮・困惑、患部への意識。それらが複雑に混じり合ったことで発生する"痛み"。


 ハズレ。どうみても正常の反応だ。正常の人間だ。

 隣のインコードも驚愕を意味する瞳孔を開いて、撃たれた男を見つめてはこちらを一瞥していた。

 だが、私は疑わなかった。確かな根拠はある。

 私の方が正しいからだ。


「あー……やっちまったな、おまえ」

 喧噪せいじゃくの中、笑みを浮かべたインコードの言葉を最後に。

 異変は起きた。

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