File:3-5_イオンアークヒルズ=Complex Commercial Facilities/

 複合商業施設『イオンアークヒルズ』。ショッピングモールとして機能しているそこは、沿岸部にある人工島の上に建設された箱舟である。

 壁の無い島船には沿岸の遊歩道によって、水との関係性を強調している。色鮮やかな新緑の森林が混じる島に、それぞれ独立した建造物が統率感を出しながらも個々を主張するかのように存在感を醸し出している。積み木のように積み上げられた丸みのない塔やホログラムの映るガラス、平べったいドームが印象的だった。それらをビームブリッジが繋ぐ。


 六ヶ所ある幅の広い渡り橋。それがこの隔離された島の境界線を繋げている。歩道用のそれを含め、広間や二重広間は主にガラスと鉄とコンクリートでできているも、色鮮やかなデザインや光アート、ホログラムオブジェクトによって目を楽しませている。


 透明なガラスの屋根や壁一面には太陽光発電の透過パネルが設置されている。一面に設置された太陽光パネルはまさしくフィールドであり、文化施設とテラスの一部を覆っている。また、島の内部には水と地熱を使った熱交換システムも配置されていると聞く。


 幾つかのビル除き全六層からなる島船は夕方の人出に賑わっており、生活の不必要なものを売り買いするその場所は、人々の娯楽の一つでもあった。


 周囲の高層建築街スカイスクエアよりは低いが、その面積は樹のようなクリスタルチックのビルより断然、限られた領地の中で占領している。比較的緑地が多くも、今は十八時を越えているため、夜を迎えた暗さであまり色鮮やかさを感じない。その代わりとしてライトアップが錐体細胞と桿体細胞を刺激させる。


 ビルも同様、太陽が沈むにつれて鏡のようなガラス張りから魅せるような光を内部から発する姿へと変わっていく。色彩揺蕩たゆたう光の流動はホログラムではなく自動プロジェクションマッピングによるものだ。


 自分以外を映えさせる昼と、自分を主張する夜。人間のようだと私は思う。

 降りた場所はその施設専用の立体駐車場ではなく、その近くのパーキングエリア。それでもその目的地は全貌がはっきりと見える程近かった。流れる川が真っ黒な夜と煌びやかな街並みを映している。


「にしても、社長がわざわざ実写リアルビューで統括と話してたの何だったんだろうな。大抵はみんなチャットか現実拡張代理人アバターだろ」とインコード。

「それだけ大事な話だったんじゃないか? 秘匿性が高いほど、間接的な連絡手段は避けたいところだろう」とボードネイズ。

「悪い企みだったりしてな。フィニジャンク屋、そちも悪よのぅ、つって」といたずらに笑うインコードに対し、「いい加減なことを言うな」と諫めるボードネイズ。


「つかそういうお前こそなんで新人紹介ぐらいで直接総統括のとこに行ったんだよ」とカーボス。

「無理通すための誠意示すときに有効なんだよ」

「考え方が古くねぇか?」

「特例で入れたかったんだよ。律儀に手続きなんてやりゃ日が暮れちまうし、俺たちの隊に配属されるとも限らない」

「だからって組織間飛ばして総統括に直談判はねぇだろ」


「……はぁ」とスティラス。

「スティラス先輩、機嫌悪そうっすね。また腹減ったんすか? うっわ、ニンニク臭っ! 絶対餃子食べたっすよね出動命令出る前に」とラディ。

「あ、口臭スプレーあるよー。それかミントガム食べる?」とエイミー。


「……」

 大丈夫かな。

 インコードたちの会話はまるで世間話だ。任務のことについて一切触れていない。

 それにしても、イルトリックあんなのを相手に彼らはどう対抗するのか。武器といったものは持ってなさそうだし、いや、絶対なにかの道具は持っているはず。それか目には目をというように彼らはイルトリックを使えるのかもしれない。だが心の中で首を振る。


 さすがにそのような、それこそフィクションにありそうな話はないだろうが、これから相手にするものが得体のしれないフィクション染みた何かだ。有り得なくはないだろう。


「カナ、大丈夫か」

 声をかけてきたのはインコードだった。こっちが大丈夫かと言い返したいところだ。

 インコードに乗じてカーボスも気安く話しかけてくる。「気安く」という言葉は立場上私の方から使うべきではないけど。

「カナちゃん、わからねぇことあったらなんでも俺に訊いてねー。俺自身の事でもいいぜ」

「カーボス先輩、カナ先輩がわからないことってあんまりないと思うっすよ。心も読めるし」


 ラディの親切で言ったつもりの言葉に対し「わかってらぁ」と不機嫌そうに返すカーボス。こちらもこちらで少し皮肉を感じた言い回しだと思ってしまう。それに読める人もこのメンバーの中では一人もいない。せいぜい表面のどうでもいい思念信号だけだ。


「そんじゃ、行くとするかね」

 そう言ったボードネイズは複合施設の方へと踏み込む。スティラスもふらりとついていった。歩き方はモデルのように綺麗だが、どこか気怠さを感じさせる。何人かの通行人が彼女へと視線を向けていた。

 カーボスはパーキングエリアの外側にある自販機の傍でアイヴィーをいじっている。何かのSNSアプリを開き、暇をつぶしているように見えるが、インコードを待ってるのか。


「ねぇ、ブリーフィングとか、段取りの打ち合わせって……」

「今回は調査課フィールドエージェントのみなさんが既に調査してくれていたので、あとは仕上げとしてこの中にいるイルトリックを処理してその遺物を回収するだけっすね」とラディ。

「探して狩る。ハンティングゲームと一緒だ」

「それなら、それなりの装備が要るんじゃ……」


 私が体感したあのイルトリック。すべてのケースで言えるとは限らないにしろ、あの破壊力を前にもう一度体感するのは精神的に辛いものがある以上に、軍用全身武装フルアーマーでもない限り対抗できない。いや、加えて戦車や戦闘機をもってしてもこちら側の被害は大きいだろう。それなのに、彼らは本当にショッピングに出かけるような服装と感覚で向かっていく。


「大丈夫だ。刑事だってスーツとコートだけで銃撃戦やってた場面シーンあっただろ。あれよりはまだ俺たちの方が装備が整っている」

 いつの時代の刑事ドラマのことを話しているんだ。今どきの交番の警察だって防弾・防刃・耐衝撃機能のアンダースーツぐらい着ているぞ。


「ラディ、エイミー。頼んだぞ」

「了解っす!」

「りょーかい! 頑張ってねみんな」

 意気揚々と応えるふたりは装甲バン――否、どこにでもある普通の白いバンに乗る。ホログラムでカモフラージュしてるのか。都会では十分に定着している現代の擬態方法。しかし、特異的な脳をもつ私の目から見ればどうも違和感があってならない。普通の人には見分けがつかないあたり、脳のいい加減さにはつくづく呆れを覚える。


「カナ、これ渡しておく。TRAXトラクスといって、まぁリプロダクトの中でも使える無線機みたいなものだ」

 インナーイヤー型のそれを受け取り、片耳につける。それよりも防弾チョッキでもいいから身を守るものが欲しかった。

「とりあえず、第三隊おれら処理方法やりかたについては歩きながら話す。大丈夫か」

「あの、大丈夫も何も、こんなの無理が――って先に行くんかい」

 もう不安しかない。


     *


『――確認された対象数は二。カテゴリはαアルファβベータっすね。ハザードレベルは推定B3っすのでまあまあ気を付けた方がいいっす。あと"シフト"が結構弱まっているんで、位置特定はできないっす。一般市民に紛れてるか、商品ものに化けてるかのどっちかっすね』


 コンクリの橋を渡り、島船施設イオンアークヒルズの二階内部へ私とインコード、カーボスはエスカレーターで登る。ボードネイズとスティラスは別々で行動しているようだ。目に映る透明感であり、それに矛盾してカラフルな景観がこの大きな庭園に魅力的な神秘性を強調している。しかし、馬鹿な人の脳は、それすらも慣れて、何も感じなくなってしまう。


 あの装甲バンの中にいるラディの声がから無線イヤホンへと通じる。インコードらはそれを付けている様子は見られないが、メンバー同士の情報は共有されているらしい。まさか脳内に送受信機とか埋め込まれてないよね、と妙なことを考えてしまう。


「αとβか。それ以上のことは何かわかったか」とインコードは訊く。ラディではなくエイミーが代わりに答えた。

『あー、とですね、調査時点での記録データでは、規模スケールは約一三六。表面フェイスの組成は水分五一.七、タンパク質二九.三、脂質一七.一、灰分一.一。もう一つの個体の表面フェイスはミクロフィブリル五四%、キシラン・グルコマンナン二四%、リグニン三〇%でーす。まぁタンパク質でできた人間とセルロースでできた樹木の皮を被っているってわけですね』


繁殖率プロパゲイト感染率インフェクションはどうだ」

『未知数ですね。早めに狩っちゃってください』

「了解、ありがとな」とインコードは言い、通信を切る。

「なんだよ、ハザードレベルAでもないのに緊急で駆り出すんじゃねーっての。カナちゃんもそう思わね?」

 愚痴をこぼすカーボスにインコードは溜息をつく。


「おい、そろそろ分担しろよ。指導役は俺だけで十分だ」

「別にいいじゃんかインコードせんぱーい。俺だって新人さんとオハナシ、したいのよ」

「カーボス」

 強く名を言う。面倒なことになりそうだと察したカーボスは大胆に振舞い、

「ちぇー、わかったよ。じゃ、カナちゃん。またあとでねー」

 私に笑顔で手を振る。その素振りもやはりよく見る文系大学生のノリだ。ただ、文系でも理系でも体育会系でも、やはり好きになれる気はなかった。


 二人だけになる。しかし周囲は賑やかで、洋服店が多い故に女性の人数が多い。若い女性が特に多く、次いで親子連れが多かった。


 この人々の流れはやはり慣れない。というよりは好まない。克服しようとし、外出しては人集りの多い道を選んだこともあったが、常に緊張状態だった。全員の感情と思考と脳波、身体の交感神経・副交感神経、中枢神経の信号が目に入り、気流、血流、体温、気温、視線軌道、地面の負荷圧力、気圧……あらゆる存在物の数値が自動的に変換・計測・計算される。


 焦燥感や精神異常――気の乱れを起こさない限り、私の脳は反射的にフル回転している。意識せずに無視し続けても、大脳の思考を止めてぼやかしても気休め程度で、煩わしさは完全には消えない。私はヘッドホンを装着した。


「……」

 ちらりと横を見る。そして視線を前へ戻す。

 周りから見れば、カップルに見えるんだろうなと思いつつ、ドキドキするどころか、逆にもどかしい気分になったところでインコードが話し出す。

「じゃ、思いついた順に軽く説明する」

「思いついた順にって……いい加減すぎない?」

 呆れた私の一言をスルーした青年は話す。

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