File:3-4_初陣=I progress on a new path/

   *


「にしても鳴園奏宴めいえんかなえって、変わった名前だな。なかなか見ないぜこういうの」

 私は自己紹介とここまでに至った経緯を話した。

 カーボスはテーブル画面に表示されている私の情報を改めて見、珍しがっていた。

「そうなんだよねー。鳴園って苗字どっかで聞いたことあるんだけど、なんだったっけ」とエイミーは首をかしげる。


「鳴園謡一よういちか? ウィーンにいるクラシック奏者の」とボードネイズ。

「そうそうそれ! 知る人ぞ知るやつ! え、もしかして関係あったりする?」

「あー……一応おじいちゃんです」と気まずそうに返した。

「マジかよ!」「すっご!」とカーボスとエイミーの黄色い驚愕。「てことは音楽一家のお嬢様じゃん!」

「いや、私の家系はそこともう縁を切ってるそうなので。父は高校までいたみたいですけど」


「父親もアーティストだそうじゃないか。もう解散したがYOUseユーズというユニットの作曲や演奏を担当してた、確かソウシローだったか」

「おっ、検索したら普通に出てきた。へぇ、ボーカルのゆかりん可愛くね? もしかしてお母さんだったりする?」

「ねぇ曲聞いてみようよー」

「というか副隊長詳しすぎないっすか?」

「あの、すいません、親の話はこれ以上やめてください。というか曲も流さないでください。……なんか複雑です」


 なんだか親の若い頃の黒歴史を聞いているようで恥ずかしくなってくる。それに両親はもう私のことなんか……。

 応じてくれたようで、四人は履歴書を見返しては気になったところを次々と口出しする。面接というよりは、ただの世間話だ。


「ねぇねぇ、高校が遊美大附属ってさ、めっちゃ頭いいとこじゃなかったっけ? そこの大学も難関大のひとつで有名だし」とエイミー。

「学校トップに留まらず、全国模試でも全科目別と総合で一位を獲得していたようだな」と報告書を見つつ話すボードネイズ。「大したもんだ」

「マジか! かなえちゃんってすっげー天才じゃん!」

 そう絶賛するカーボスも二十代前半で既に博士号の学位持ちだと耳にしたから、そんな素の天才に言われたくはない。


「でもなんで東大とか京大にしなかったの? MITも夢じゃなかったと思うけど」

「その、家から近いとこにしたかったので」

「にしても読み解くカルマ故の才能っすか……そのようなタイプってウチにはあんましいないっすからね、インコード先輩がアプローチするのも頷けるっす」

 ラディは納得の表情。インコードも言っていたが、彼らの口にする"カルマ"とは能力と等号を示していいのだろうか。本来は"業"と同義で意味もそれなりに違ってくるけど。


「てことはさ、心も読み取れるってことか」

「え、まぁ……一応は」

 カーボスは興味津々だった。どうせ「今考えていること当ててみて」と言うのだろう。もう解ってるけど「どうやって肉眼で素粒子を見ることができるでしょうか」という問題を浮かべているのは別の意味で意外性おどろきを感じた。もっとチャラチャラしたことを考えているかと思っていた。


「じゃあさ、俺が今考えていること解いてみて」

 的中。しかし、ボードネイズは「カーボス」と一声かける。

「はいはい、子供じみてますかすいませんね」とため息を吐く。

 ちょっと答えてみるか、と私は少しだけ自己アピールを試みた。自分の才能を純粋に見てくれるのはこの人たちだけだと勝手に信じている。


「まず度数二〇〇プルーフのエタノールが過飽和蒸気の層を作っている状態で、それが密閉された霧箱を用意します。それをドライアイスの上に乗せ、上は常温、下は低温にしておいて、光源を使えば、アルファ粒子ヘリウム原子核やガンマ線が刺激を与えて、結果として微小な撹乱が肉眼で容易に見える軌跡へと増幅されます。動きを活発に見せたいなら、Thトリウムを入れるのが適しているかと」


 その場で誰もが唖然とする。一人眠っている女性がいるが、彼女の寝息が聞こえる程静かになった。

 解答には自信があったが、ちょっと調子に乗ってしまった自分に時間差で湧き出てくる恥ずかしさを覚えていた。


「す、すいません……出過ぎたこと言っちゃいました」

 ちょっと委縮したが、エイミーはにやにやとした笑顔でカーボスに訊いた。


「で、実際なに考えてたの?」

 少しびっくりしていたカーボスは「ああ」と返事し、

「ちょっと流れ変えて"どうやって肉眼で素粒子を見ることができるか"って問題クイズだそうか考えてたんだよな。それを読み取ってから答えてもらおうとしたんだよ。そうすれば読み取れることと頭いいことのダブル判定できるからな……実際に正解されるとすげぇな正直。それで生成AI搭載してないんだろ?」

 すると、エイミーはぱぁっと明るい顔になっては私を見る。


「かなえちゃんすごーい!」

「すごいっすね先輩!」

 ラディからも賞賛を称えられる。ボードネイズも顎鬚をさすっては「ほう」と感心している様子だった。

 意外だった。気味悪がられず、こんな素直に褒められたことはいつ以来か。久し振りの感情にもどかしさを感じ、素直に喜ぶことができなかった。

 しかし、それを外部からの一言で打ち砕かれる。


「でも、人を刺し殺した前科持ちだ」

 声は左側から聞こえた。


 運転席側の扉が開いており、何の表情も示さなかったインコードが出てきていた。それに少し驚いたが、そういえば都市機能とリンクした高性能AIによる自動化が進んでいるこの時代、大抵のことはAIに音声で指示するだけで片付くことを思い出した。

 同時に胸の痛み。自覚はしているが、人から言われるとその数倍は傷つく。


「今のは感心しねぇな、インコード隊長」とニヒルな笑みを浮かべた割に機嫌を損ねたような低い声を出すカーボス。


「そっちの方がお前ら関心あるだろ。特にエイミーは」とインコード。こいつの言う通り、俯いていた私に構わず、

「そうなのカナちゃん!? え、感想どうだった? あ、ごめんね、嫌なら話さなくていいけど任務後に脳スキャンさせてくれるかな?」


 エイミーは好奇心をむき出しにして矢継ぎ早に話してきた。悪気が一切ないのはわかってるが、可愛い顔してこの人もマッドでサイコパスの片鱗を見せてくる。

「エイミー先輩、メイエン先輩困ってるっすよ」とラディが制止しようとしてくれているのが救いか。


「もうすぐ着きそうか」

 話題を逸らしてくれたボードネイズはインコードの方を見る。

「まぁな」

「……」

 私は何も言わなかった。ただ、眉を寄せるだけ。それにインコードは気づいたのか否か、私に触れることなく、全員に話しかける。


「そんじゃ、全員スタンバイ。スティラスも起きろ。出動だ」

 普通に声をかけただけだったが、スティラスはぱちりと目を覚ます。目を擦ることも欠伸をすることもなく、こくりと頷いた。寝起きの細い瞳が妖艶だと、女性の私でさえ惚れ惚れするほど。


「全員、そしてID未登録ノーネームの鳴園奏宴の先陣同行を条件に、イルトリックをぶっ叩きに行く。尚、鳴園奏宴こいつは統括の命によってまだ"適合試験"を行っていない。だから気を抜くなよ」

「りょーかぁい。かなえちゃんは俺が全力で守るぜぃ」

 座ったまま敬礼ポーズを取り、ニッと笑うカーボス。黙っていればまだ受け入れられるんだけどな。


「汚染の問題は良いのか?」とボードネイズ。

「あえて汚染させるんだと。そこの現場にしかない特異成分を吸入することで"遺伝児"の手術に対する副作用を緩和させるんだそうだ」

「聞いたこともない話だな」

 疑いの目を向けるボードネイズに、インコードは半ばあきらめたようなため息をついてはうなじをかく。


「……UNDER-LINEここ常識転換パラダイムシフトは日常茶飯事だ。毎日ジャーナルに学術論文ペーパー掲載パブリッシュされるようにな」

「あ、隊長、コードサインIDなくても、今ネーム考えちゃおうよ。任務中で本名で呼ばれるのもここじゃアレなんだし。ね、かなえちゃん」

 そう笑顔を向けるエイミーに私は相槌を打ったが、アレとは何なのかを尋ねようとしたとき。


「確かにそうっすね」とラディは頷く。「じゃないとイルトリックに名前を奪われて自分が自分でなくなるんすよ」

「乗っ取られちゃうこともあったりとかね」

 加えてエイミーもそう教えてくれるも、当然のようにえげつないことを言ってくる。個人情報を奪われることの恐ろしさを違う意味で再確認された気分だ。

 顔を青くした私に構わず、エイミーは「にひひ」と笑い、


「てことで! "カナ"って名前で決定! いいよね隊長」

 そのまんまじゃねーか、と思わず彼女を見てしまった。


「隊長? 聞いてます? たーいーちょっ」

 何か考え事をしていたインコード。審査中か? 名前決めるくらいでそんな顔つき硬くならないでしょ。

 しかし本当に考え事していたようで、すぐに我に返ったようになんでもないような振る舞いをする。


「ああ悪い。それでいいぞ。呼びやすいしな」

 しかもあっさり採用。

 何? こうやって決められるものなの? 軽すぎない? もうちょっと複雑な名前にした方が安全な気がするんですけど。

 そう思い周りを見るが、全員は何かの準備をしながら、「俺もいいと思うぞ」と異論の色が見えない。


「やった! じゃ、改めてよろしくね、カナちゃん!」

「よ、よろしくおねがいします……」

 そのとき、振動が静止する。到着したようだ。

 後部の分厚いドアがカバの口のように開く。内部よりも眩しい光が射しこんでくる。日光ではない。都市まちの明かりだった。


「それじゃあ、行こうか」

 全員が立ち上がり、それぞれのペースで外へと出ていく。統率感が見られないのが不安でしょうがなかった。


「カナ」

 振り向き、呼んできたインコードと目が合う。

「さっきは悪かったな。なかなか本題に入らないもんだから急かしてしまった」

「いいよ今さら。罪歴が重要なこととは思えないけど」

「親密になる前に触れさせたほうが今後壁が生じにくい。まぁあいつらというより、あんた自身の感性の問題だと俺が勝手に思ったにすぎないけどな」

「お気遣いどうも。もう少し言い方あったと思うけど」


「ま、それはそうと」と彼は続ける。「俺たちは全力でサポートするし、わからないことがあったら構わず訊け。なんでも読み解ける力があっても、自己解釈ほど危険なものはないからな。あんたのやるべきことは2つ。ひとつは俺の指示を守ること。そして……生きて、自分を殺してくること。それだけだ」


 それがどういう意味で言ってくれたのかは、私には理解できた。

 唐突の初陣。ここで私は生まれ変わるのか。あの夜灯りが導きとなるのか。

「わかった」

 私は頷き、その足を前へ踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る