File:3-3_珈琲とアイスブレイク=Fast contact
装甲バンは当然ながら運転席以外窓がない。しかし広く感じ、側面の両端にはベンチソファがある。座り心地は案外よかった。その上には何か身に着けるような道具の数々が壁に掛けられている。
中央のボックステーブルは3Dホログラムを投影する直方体型卓上マッピングであることは分かった。無機質だが、何かの箱や装置など、様々なものが置いてあり、まるでどこかの部屋の一室。この広さなら家族で車に住みながら旅などできそうだと呑気な事を考える。
私の左手――運転席側の右側には二行三列の六枚液晶モニター付きのハイパワーなパソコン類があり、対象の左側(というよりは中央寄り)は運転席への扉がある。
僅かな振動を感じ、ちゃんと移動していると思いながら、隣や正面にいる第三隊の隊員らを物怖じにみる。隣には白衣を着たエイミーと整備服を着たラディ。正面のベンチソファには左から大柄な初老、活発的なカーボスという若くもいかつそうな青年、無口で怖そうな金髪の女性が座っている。
緊張で相手の思考や心情を読み取るどころか、何をどうすればいいのか考えることができない。表面的に冷静を保つことしかできなかった。
カーボスが腕型情報端末機を見てから、サングラス越しで私の方へと顔を向けた。微笑みかけるのは別に構わないが、先程の発言ですべて下心がありそうだと錯覚してしまう。
「そいじゃ、到着まで二十分ちょいかかるそうだから、その間にかなえちゃんのこと聞かせてくれよ」
親しく接してくれるのはやさしさなのだろうと自分に言い聞かせつつ、苦手な人間とこうやって話し合うのは更に苦手だった。
好印象に受け入れられた右隣のエイミーやラディはタブレット端末で何かの操作をしている。何かの作業だろうか、集中しているようで、話しかけづらい。
「二十分ほどで到着……?」
何を話せばいいのかと悩んだ末に出てきてしまったのは疑問に思ったこと。小声だが、つい言葉にしてしまった。
それを聞いたカーボスは「ああ」と意外そうな反応する。
「"ワプトラ"はまだ教わってねぇのか」
そう言って、説明を続ける。
「"
「ちょっと待って! ……ください」
思わず声を出してしまった。信じがたいことをこの男は常識を知らないかのように軽々しく口にした。
「その、ワープって言いましたよね。あの
「そのワープだ。SFでよく宇宙空間移動するときに使われている、理論上可能だけど全宇宙のエネルギーの十倍ほどないと実現できないって結構前にいわれたこともあったやつ」
ますますわからない。そのワープがどうしてこの地球上で実現できているんだ。
「インコードと一緒にUNDER-LINE入るとき、変なエレベーターっぽいの乗っただろ。あれもワープ機能のついた転送マシンだ。空間切り取って情報媒体に変換、そのままメールのように送信されるって感じ。その際粒子レベルで一度歪が生じるからちょいと一時的に身体に不具合起きるけど」
「なんでそんなことが……?」
理論の証明は高校の時、暇つぶしで解いてみたことがあった。偉人の言う通り、実現は不可能ではなかったが、消費するエネルギーが全然足りなかった。神の所業に近い技術をどうしてこの組織は使いこなせている。世界が喉から手が出るほど欲しがっている技術をどうして手に入れている。
「まぁ~、皮肉なことにイルトリックの力を
「……っ!」
あまり自慢げに話さず、苦笑したカーボス。
「
「……そうなんですか」
所謂、ブラックボックス。
とてつもないことを知ってしまた気がする。同時に、落胆の感情を知る。そんなもので片付けられたくない。
公表されないのは何かしらの理由があると思うが、少なくとも彼らが学者や専門家だからだろう。イルトリックの影響がワープを可能にするということは、消費エネルギーが少ないとはいえ、全宇宙のエネルギーを遥かに上回る力を持っているという可能性だって見受けられる。ヘタに取り扱えないことは明確。それでも尚、その力を奪った学者は更に愚かだろう。
SFでもなんでもない、
「とりあえず解ってくれた?」
「ええ、まぁ……」
ここはもう返事をするしかない。納得がいかなくとも、私は頷いた。
その返事でニッと微笑んだカーボスは本題に戻る。
「じゃ、話題は戻りまして、かなえちゃんの自己紹介! よろしくオナシャーッス」
「まず、こちらから自己紹介するのが先だろう」
コートを羽織った初老が大きな腕を組んで、カーボスを見る。「それもそうだな」と納得したようで、短い髪型を指で少しいじってから、一度咳き込み、改めて話し始める。
「じゃあ改めまして、俺はカーボス。お分かりの通り本名でなくコードネームな。よくサッカーの槙野選手に似てると言われるから上斜め三十度から見てみてくれ。あとスポーツできそうっていわれるけど、これでも球技苦手なんで、よろしく!」
どこの合コンの自己紹介だよ。しかも痛いし滑ってるし。
爽やかな笑顔だが、どこか大学生のノリに似ている。高校生にも見られるこの
「カーボス先輩、そう言った方が印象上がるっすか?」
私と仲良くなりたいのか、ラディは素直に訊いてくる。「いや知らねぇけどノリでやった」とカーボスは笑い、エイミーもケタケタと笑っていた。
「さて」と次に話したのは大柄の初老だった。
「こちらの女性はスティラス。でもって、俺は副隊長のボードネイズだ。よろしく、お嬢さん」
ボードネイズと名乗った大男は大きな手を差し伸べた。私の手が包まれてしまうほどだったが、なんとか握手は交わすことができた。スティラスという女性は赤い目でこちらを一度見た後、再び目を逸らし、瞼を閉じた。
「あ、あの……」
私の聞きたいことを察したのか、右隣にいたエイミーが話す。
「あ、スティ姉は睡眠欲激しいから静かなときが多いだけだよ。ミステリアスで冷たいって評判だけど話せば全然怖くないし、食欲と性欲やばい時に近づかなければ結構いい人」
「へ、へぇ……」
とんでもないこと言った気がするがその場で適当に流すのが最適だろう。
「じゃー次はわたし! サポート役のエイミーでーっす! 仕事と趣味は研究と解剖! 合成精製培養編集分析解析理論計算論文執筆なんでもござれ! あとコスメとコスプレとアイドルとカラオケも好きだから、かなえちゃんとは話合うかもねっ、てことでよろー!」
手が見えないくらい長い袖を挙手するように天井へと伸ばしては早口で自己紹介する。紹介というより宣誓にもみえた。私が抱いていた研究者像のバイアスがこうも簡単に崩れ去るとは。
「はい、えーと、さっきコード先輩に紹介してもらったっすけど、改めて自分はラディっていうっす。エイミー先輩と同じくサポーターとして皆さんを後方支援してるっすね。専門は機械や通信、電気関係っすけど、エイミー先輩やカーボス先輩のような学位持ちじゃないので、現場経験だけでやってきてる感じっす。あ、人工知能の開発やソフトエンジニアリングもこっちきてから一通りできるようになったので、そういう関係で何か困ったらいつでも聞いてくれると嬉しいっす」
緊張しているのか、少ししどろもどろになりながらも話してくれたラディと握手を交わす。なぜかもう片方の手はエイミーに握られぶんぶんと振られたけど。
「上から何を言われたかはまだ聞いていないが、この任務が終わればまずはエイミーやラディと同じサポーターとして、しばらくは手伝ってもらうことになるはずだ。ちと度が過ぎる部分もあって驚くこともあるだろうが、面倒見がいいのは保証する。俺もふたりの明るさにはいつも元気をもらっていることだしな、きっと仲良くなれる。ふたりもお嬢さんの指導をよろしく頼む」
そうまとめたボードネイズの言葉に、ラディとエイミーは元気よく了承する。その様子に頷いた副隊長はこちらへと姿勢を向けた。
「さて、少し長引いてしまったね。俺たちのことは大体わかっただろう」
「はい、それなりには……」
「よし、次はお嬢さんの番だ」
そう言ったと同時、黒い直方体のボックステーブルの卓上が起動し、立体ホログラムではなく、テーブル面に二次元の画面が表示される。カーボスはそれを慣れた手つきで操作し、履歴書のような画像を表示させる。
「お、これか。悪いけどかなえちゃんの情報はあらかじめ調べさせてもらってるから、この
車内に用意されていたポットを手に、ラディが湯気立つ珈琲を人数分入れる。あまり好みではないが、目の前に出された手前断るほどの大層な人間性を持たない私は、さっそく口につけた。
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