第5話 勇者パーティに参加したある婦女が死に至る直前までの回顧録。(前編)

どうしてこんなことになったのでしょう?

勇者様パーティの雇われ料理人として救世の旅に参加することになった私は、今自分が置かれている状況の異様さにただただ目がくらむばかりです。


そもそも私が勇者様のパーティへの参加にお声がけいただいたのは、私の父母がそれなりに名の知れた冒険者で、私自身もそんな両親の薫陶を受け、冒険者としてのそれなりの技術を修めているからです。

大迷宮でも中層程度までは何度も潜ったことがあるんです。


ただ、私は幼いころから料理の楽しさに目覚めてしまい、兄弟とは違う料理人の道を選びたいと若いころから周囲に公言しておりましたから、父がつてを使ってさる子爵様のお抱え料理人の仕事を探し出してくれたのです。

まったく父には感謝しかありません。


子爵様のお台所でのお仕事は毎日が勉強の連続で、厳しい料理長の指導の下、修行ばかりが続く日々でしたが、料理人見習いの肩書きがなかなか取れずに少々焦りを感じていたころの事でした。


ある日子爵様が直々に私を呼びつけになり、勇者様のパーティに参加するように命令くださったのです。

この大役を果たせば見習いの肩書を外して正式な料理人として召し上げてくださるとのお言葉に、私は一も二もなくこれを引き受けました。


なんでも、今度の勇者様パーティは少数精鋭での攻略を目指しており、料理人についてもある程度戦えるものでないと務まらないそうです。


そんな中で、子爵様は派閥内での発言権を強くするために、魔王討伐に対しそれなりの貢献をして名を売りたいなどというお考えがあるご様子でした。

お貴族様の政治はいろいろと難しい事がおありのようで、私のような庶民には理解の及ばぬ話ではございますが、ともかく私は重要な仕事を任されたのです。

50人からのパーティメンバーの三食の食事を用意し、高貴なる血筋に連なる方々にも満足していただかなければならないのです。

これは大変な事です。私はともかく大きな覚悟を一番にいたしました。


他にも数名、同じような事情で集められた料理人との初顔合わせの際、彼らは最初のうちはお互いの所属する派閥の面子などを気にしているようでしたが、私は今回の任務の重要性を強く語り掛け、何度も彼らと打合せをし、ともかく失敗のないよう徹底的に準備を進めて事に挑んだのです。


結果としてこれは大変な好評を呼び、料理人である私達はその成功にお互い喜びを分かち合ったものです。

やはり皆様に美味しいと言っていただけることこそが私たち料理人の本懐ですから。


騎士団付きの料理人、教会所属の料理人、冒険者組合から派遣された料理人、それから子爵家所属の料理人の私、4人はお互い立場や肩書き、生い立ちはバラバラでも今では心は一つとなり、かけがえのない友情を育むまでに至りました。



ところで我が勇者様パーティの一行には荷物持ちガザルというなんとも扱いに困る中年の男性がおります。


この男性は探索者協会が後になってからよこした追加の人員で、なんでも王太子の剣術の指南役も務めた事のある剣豪アリュート様がたっての願いという事でねじ込んできた人物です。


なんでも、「パーティに問題が発生した時にこのものがいると選択肢の幅が広がる」といったような事情のようで、パーティの中心的取りまとめ役である公爵家令息のベルナール様などは「まるで最初から失敗を予期しているみたいじゃないか!」と大変に憤慨しておられました。

ただ剣豪アリュート様は王太子様の信頼も厚い人物ですので無下には出来ず、この人物を受け入れるしかなかった事情があるようです。


私は心配になり、冒険者である父母にガザルという人物の事を調べてもらたのですが、そもそも父母の所属する「冒険者組合」はフィールド探索が主な縄張りで、大迷宮探索に特化した「探索者協会」の事情はあまりよくわからないとのことでした。

ただその上で、荷物持ちガザルにはある黒い噂があるとの話でした。


過去にさるお貴族様の令息が大迷宮の解明のために私財を投げ打って探索に乗り出した際、案内役としてつけられたガザルが令息様と諍いを起こし、迷宮の中でこれを殺害したのだというのです。

正直、私はその話を聞いた瞬間にゾッとしました。迷宮とは恐ろしいところで、どんな理由で命を落とすか分かりません。

だからこそパーティメンバーはお互いの命を守りあう為、仲良くする努力をせねばならないのに、そんなメンバーの一人に後ろから刺されるようなことがあっては、これは防ぎようがないのです。

フレンドリーファイアは大迷宮では忌むべき大罪なのです。


ただ、そんな大罪を犯した悪い風評がある割には、ガザルという男はその後も順調に出世を重ね、今では探索者協会の重鎮の一人という話なので、噂はあくまで噂として参考にする程度にするように、とは父母の言です。


冒険者組合と探索者協会は微妙に立ち位置が違うので、それなりに名のある父母でもこれ以上深いところまでは調べきれないようでした。

けれどもまずはそこまで分かれば充分です。私は両親に感謝しつつ、このガザルという人物の名前を頭の中の要注意人物リストの一番に書き記したのでした。



さて、そんな要注意人物のガザルでしたが、実際に行動を共にしてみて、これが大変な問題人物である事が分かったのはすぐの事でした。


パーティの中心人物としてまとめ役を買ってくださっているベルナール様がこのガザルにもの役割を与えたり仕事を割り振ろうと話をするのですが、頑としてこれをはねのけ、一向に従う様子を見せないのです。


これは大変な背任行為です。私たちは魔王を討伐するため一丸となってこれに当たらねばなりません。

私なども料理人としての参加ではありますが、万一の際の補助戦闘員として、空いた時間に剣の素振りや魔術の訓練は致しますし、決められた時間の見回りなども当然引き受けます。

初めのうちは弱い魔物も多く出ましたから、実際に討伐任務にも参加いたしました。

これらはすべて、チームが一丸となる為のイニシエーションの側面もあるのですから、参加しないという選択は本来あり得ないんです。


けれどもガザルという荷物持ちはこれらの全てを突っぱねたのです。

これだけでパーティの皆のガザルに対する心証は最悪です。


ガザルにも一応の言い分があるようなのですが、

「荷物持ちは荷物持ちの仕事しかしない」といった言葉を口にするばかりなようで、これでは誰も納得出来るはずはありません。


それでもベルナール様は粘り強く交渉し、何とか拠点の見回りや簡単な雑務をさせる事は適ったのですが、こんなことは子供でもできるお使いもいいところです。


やはりみなの不満は抑えきれず、ベルナール様はガザルに言い渡したのです。


――パーティの一員としての責務をきちんと果たせないのなら、拠点での温かい食事や安全な寝床を提供することは難しい。

あなたも立場があるだろうからこのパーティについてくることを止めはしないが、残念ながらこちらから提供できるものは最低限となる。

勝手についてくるのは自由にしたまえ。ただし私達はあなたの面倒は見ない。

これはパーティ内での決定事項であり、あなたに反論は許されない。

これが嫌ならあなたは一人パーティを離脱することだ。よいね?


ガザルはその一言に鼻で笑うだけで返したそうです。

まったくとんでもない男だと、みなも憤慨やむなしでした。


中には制裁を加えるべきだといった意見も出たようですが、ベルナール様は時期宰相ともお声が高い賢人なのです。「ここでスケープゴートを出してしまうと後にパーティが苦境に陥った際の信頼関係に影響が出る。彼がこのパーティに残る意思を示しているうちは決して手出しをしてはいけない」と逸るものを諭し、これを諫めたのです。


こうしてガザルは、みなが和気あいあいと食事を楽しみ、魔術を用いて安全が確保されたコテージで安眠を得る中で、一人拠点のはずれでもそもそと持ち込みの食料を齧り、夜露に濡れながらの野宿をしつつも一番後ろをついてくることになったのです。


簡単な雑務だけは引き受けるようでしたから、ベルナール様が毎回適当な仕事を作り、これをこなす程度の役には立ちましたが、ろくに風呂にも入らぬので臭気を漂わせており、女の子たちなどは近寄ることも憚るようになってゆきました。


そんな中、料理人仲間の一人、教会からやってきた料理人のアナは情け深いところがある女性でしたから、さすがに彼の事を可哀そうに思ったのか、ある日温かい料理を彼にもっていった事がありました。


その時彼は案の定これを突っぱねたのですが、その理由が「ストレージ魔法で格納した食材は信用ならない」といったものでした。


アナは涙ながらにその時の様子を私に語ってくれたのですが、話を聞いて私は分かってしまいました。


ストレージ魔法が信用ならなくなるのは、大迷宮深層での話です。

魔素が異様に濃くなる深層では、空間系の魔法は制御が大変難しくなり、例えば停止していたはずの時間が早回しされ中身が腐ったり、あるいは高濃度の魔素が流れ込み、これに毒され魔素中毒の元になるような食材になってしまったり、色々不都合が出てくるのです。


ですから大迷宮の最深部を探索するようなものたちはストレージ魔法に決して頼りません。彼らは愚直にも重い荷物を担いで潜るのです。

ちょうど今のガザルのように。


ああ。


私はようやっと、ガザルについて感じていた奇妙な違和感の正体が分かりました。

あのガザルという男は、大迷宮深層の探索者としてこのパーティに参加しているつもりなのです。


なるほどここが大迷宮深層であれば、あれだけ大きな荷物を担ぐ必要があるのも納得です。ストレージ魔法が当てにならない環境ではそうするかないのは当たり前の事です。


それぞれの役割分担をはっきりさせ、荷物持ちが荷物持ち以外の仕事をするなども御法度です。深層では余計な事に気をまわしているとあっと言う間に命の危険に晒されるのです。


彼がみなに対しどこかよそよそしい態度を取るのも分かります。

お互い人間関係の距離を取り、一部のものが迷宮に魅入られて気をおかしくしても、残りのものが必要以上に巻き込まれないようにするのは当然の処置だからです。


私だって冒険者の娘です。フィールド中心の冒険者と迷宮中心の探索者はお互い活動の重心は違っていますが、例えば冒険者が腕試しのために大迷宮に潜るようなことは良くあります。

私も中層くらいまでなら何度も行きましたから、迷宮探索者には独自の流儀がある事を知っています。

迷宮の中にあっては彼らに従うつもりもあります。

条件さえ違えば、ガザルの言い分も分からないでもありません。


けれどもこれはフィールド探索なのです!

勇者様パーティの救世の旅は、地上を移動する冒険者の領分なのです!

彼のやっていることは全く的外れです!

ここは大迷宮の深層ではないのです!


私は全てを理解し、ガザルのことがどうでもよくなりました。

正直、みながガザルを悪く言うのを聞くにつれ、あまりいい気持がしなかったのは事実です。

いかなる理由があろうとも、悪口を言う人の顔というのは醜いものですからね。


けれども事情が分かってしまうとガザルに同情する気になれなくなってしまいました。

ガザルの勘違いは筋金入りです。


なるほどガザルは探索者協会では一目置かれる幹部の一人なのでしょう。

恐らくあの男は迷宮深層では優秀な男なのでしょう。


けれども状況が変わればやり方は変わるのです。

ガザルのやり方はここでは通用しないのです。

そんなことにも気付けずに大迷宮深層のルールに捉われ、必死になってそれにしがみつくガザルの様子は憐れを越えて滑稽ですらあります。



私はすっかり落ち込んでしまった様子の同僚アナを慰めつつ、この日はっきりとガザルという男を見限ったのでした。


それでもめげずにアナは何度か彼のもとに食事を届けようとしたり、せめて水浴びだけでもするように勧めたり、時にはパーティ幹部に掛け合って暖かな寝床を用意しようとしたようですが、そのたびにガザル自身にすげなく断られました。

「全員が同じ食材を口にするのは危険」「身ぎれいにして不自然なにおいをあたりにまき散らすのは危険」「全員が一か所で固まって寝るのは危険」「みなが必要以上に慣れ合って仲良くするのは危険」

どれも大迷宮の探索者としては正しい判断ですが、残念ながらオープンフィールドでは全く無用な考え方です。

私はアナに彼の事情を説明し、最後にはアナも納得してくれ、それから彼にはいっさい近づかなくなりました。



そんな厄介者のガザルでしたが、どうも面倒ごとはつきないようで、まるでアナと入れ替わるようにして、勇者様がガザルと親しくするようになりました。


もともと同じ下町出身の二人は、特に勇者様がガザルの事を良く知っていたようで、初顔合わせの最初から気安い雰囲気があったという話は聞き及んでいました。


ただガザルはああいった質の人間でしたから、みなが注意して勇者様は近づかせないように工夫をしていたはずなのです。


ただしこれがどうも勇者様の要らぬ反感を買ったようで、却って彼はガザルに懐く結果となってしまったようです。


もともと勇者様の世話については、公爵家令息のベルナール様をはじめ高貴な血筋の方々のお役目でしたし、更には美しい女性陣が大勢群がる事態となっておりましたから、私などはそもそも関わる機会すらなく、どういう経緯があったかは詳しくは分かりません。


ただ、勇者様は年若い少年ではありますが、建前上はこのパーティのリーダーという位置づけですから、彼がガザルと仲良くしたいと強く言えば誰も咎めようがないという事実がありました。


また、勇者様はどういう訳だか隠れたり気配を殺したり逃げたりといった斥候職のような技をいつの間にか身に付けており、目を離すとすぐに消えて気が付くとガザルの脇で楽しそうにおしゃべりに興じているといった様子でしたし、これに注意をしようと近づくと、気配を察してすぐにいなくなってしまわれますから、ベルナール様を始めとするパーティ幹部の皆さまはこれを止めようもなく、頭を抱える事態となっていたようです。


正直、勇者様については個人的には同情する部分もあります。

というのも、ともかく勇者様には女性がベタベタしすぎるのです。


勇者利権というのですか? 私も少しだけ事情を聞きましたけれど、なんでも勇者様の子供を身ごもれるようなことがあれば、その女は一生遊んで暮らせるだけの金を受け取ることが出来るのだとか。


実は私も、雇い主の子爵様よりお話があったのです。万に一つでも勇者様が私に気があるような素振りを見せるのなら、そこは迷わず関係を持つようにと。それで子供でも出来ようものなら、私を王宮料理人へと推薦してやると。

その時は私も少しだけぐらりと心が揺れるものがありましたが、まあパーティに参加して早々に諦めました。

勇者様の周りには、美しい姫騎士カナミ様や聖女と名高いミリア様、妖艶な魔導士のカリン様やら美しい獣人のマニャやルカ、可愛らしい少女エリザベス、他にもまだまだ沢山おりまして、皆様あの手この手で勇者様を虜にされようとするので、とても私などが出る幕はありません。


教会料理人のアンも同じ密命を受けていたようで、彼女はしばらくの間は頑張っておりました。どうにもうまくいかないアンに対し、「あの年ごろなら色気より食い気なんじゃないかしら?」などと的外れなアドバイスを贈ってみましたところ、残念ながらこれも駄目だったようです。

それでアンも諦めて私と同じ傍観組となりました。


だいたい今代の勇者様はまだ12歳です。聞けば精通もまだではないかという話です。

そんな勇者様にあんな風に女性が群がっては、嫌気がさして逃げ出すのも致し方がない事に思えます。


逃げた先がガザルのそばというのはどうにもいただけませんが、まあ、嫌われ者のガザルの近くにいれば女性陣が嫌がって近寄りませんので、逃げ先としては妥当なものであったかもしれません。

なるほどガザルは嫌な奴かもしれませんが、あの獰猛な女性陣の魔の手からアレク様を守るナイトとしてはなかなか良い役どころと言えなくもなく、「でくの坊のガザルにも使い道があったじゃない」と私とアンは歯噛みする女性たちを陰で指さし、二人してケラケラと笑い合ったものでした。


そういえば、一度木立の陰で勇者様がガザルと二人でいるところを見かけた際、私の目にはとても奇妙なものが映し出されたことがありました。


勇者様が年若い娘のように見え、ガザルを見上げ頬を染めるその様子は、まるで恋する小さな乙女のようであったのです。


私は思わず何か見間違いをしているのではないかと何度も目をごしごしと擦ったのですが、何度見直してもそこにいるのはショートカットの美しい女の子でした。


それで私はびっくりとなってしまって、後でアンにその話をしたところ笑われてしまいました。

というのも、私には普段から勇者様はまるで少女と見まごうばかりの美しくも華奢な少年に見えるのですが、アンの目にはやんちゃで元気な聞かん坊のように映っているようなのでした。


私は気になり他のみんなにも勇者様の容姿について聞いてみたところ、あるものは雄々しい若武者などといい、あるものは大人しい理知的な少年などといい、まるで印象がばらばらでした。


後になって思い返せば、私はその理由についてもう少し真剣に考えるべきだったのかもしれません。

そうすれば私は、勇者アレク様の秘密に気付くことが出来、あんな悲惨な結末を回避する手段をも見いだせたかもしれません。

けれども私には無理だったのです。

だって私はしがない一料理人です。難しい事や特別な事を考えるのは公爵令息ベルナール様などの頭の良い人たちの仕事なのです。

それこそあの荷物持ちガザルの言ではありませんが、私のような料理人に出来ることは料理を作る事だけなのです。



そんなこんなで奇妙な違和感に首を傾げつつも勇者様パーティの一員としての日々を楽しく過ごしているうちに、ついに私達はあの日を迎えるのです。


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