第3話 勇者アレクの事と今後について。

言いたいこと、聞きたいことは山ほどあれど、まずは移動せねば命が危ない。


あれほどの大声を上げてアレクが走り回ったのだ。聡い化け物どもが群れを成して襲ってくるのは時間の問題であった。


ガザルと勇者アレクは無言のまま、ともかく大急ぎで数百メートルほど離れた場所まで急ぎ足で移動した。


こんな時、ガザルが仕込んだアレクの斥候としての技能は素晴らしい真価を発揮し、一見安全そうな化け物どもの狩場や、魔素が唐突に濃くなり異界化が起きているポイントを鮮やかに回避し、道中は極めて安全な移動となった。


勇者アレクの見事な先導にガザルは内心舌を巻きつつも、いやいやオレは今からアレクを叱らねばならんのだと、怖い顔を無理して作って彼女と向き合う。


「どうしてわざわざ戻ってきた!」

声のトーンを下げドスを利かせるようにして、まずは睨みつけるように怒鳴りつける。


びくっとなったアレクであったが、目に涙を貯めつつも口を開く。


「ガザル様が……、ついてゆけないと我がままを言ったと……、一人離脱されたと……、みながそういうので……、嘘だと思って……、そんなはずはないと思って……、だから僕は……。うううううっ。」


そのままボロボロと泣き出してしまうアレク。


ガザルは無理して怒り顔を作っているのがしんどくなってきた。生意気盛りの少年と思えば今まではいくらでも怒鳴りつけてやれたものだが、これが可愛らしい年頃の女の子となれば話が全然変わってくる。


だいたいガザルには、別れた女房との間の一人娘がいて、年の頃はこのアレクと同じくらいなのだ。

そんな我が娘と同じくらいの歳の少女を邪険に扱うなどとても出来ず、ガザルはへにゃっと相好を崩すと、すっかりめそめそ泣きだしたアレクの頭の上にぽんっと手を乗せてわしゃわしゃとかき回してやる。


「心配して様子を見に来てくれたのは嬉しいが、ともかくオレは大丈夫だ。オレの事は気にせずに、お前は今すぐパーティの元に戻れ。」


「嫌です!」間髪入れずに拒絶の意を表すアレク。

「ガザル様が一緒じゃなきゃ嫌です!」


これにはガザルも困り果ててしまう。


「オレは戻らねぇよ。今回はあいつらに置き去りにされたのが真相だが、前からタイミングの良いところでオレは一人抜け出す予定だったったんだ。

いい機会だからオレは抜けさせてもらうよ。お前は一人でパーティに戻れよ。

魔王退治はまだ終わってねぇぞ。」


「嫌です……。」溢れる涙を拭こうともせず、ふるふると首を横に振るアレク。

「ガザル様のいないパーティには、僕も戻りたいとは思いません……。

魔王退治をするにしても、僕はガザル様と一緒がいいんです。あの人達と一緒は嫌なんです。」


「……そうか。」ガザルとしてはなんといってよいか分からなくなってしまった。

「お前、あいつらの事、嫌いなのか?」


アレクはじっとガザルの顔を見つめながら、こくりと一つ、頷いた。


それからぽつりぽつりと語り出すアレクの事情は、ガザルにとっても納得のいく話であった。

更にはガザル自身が知っている勇者についての事情をアレクに語ってやると、お互いの情報のすり合わせの中で、どうにも色々大変な状況である事が分かってきた。


その内容をかいつまんで説明していこう。


まず第一に勇者利権というものがある。

これがとても生々しい話なのだが、強力な力を有する勇者との間に子をもうけると、これがまた強力な力を持ったものばかりが生まれるのだ。


各国の王侯貴族のほとんどすべてがその血筋をたどれば歴代の勇者の血を引いていると言われている。

それだけでもそこに巨大な利権が生まれることは想像に難くない話である。


そこで勇者は「男性」であることが望ましいとされる。

本当に身も蓋もない話なのだが、男と女では死ぬまでに作れる子供の数に圧倒的な開きがあるのだからこればかりは仕方がない。


だから、新たに生まれた勇者が女であった場合、秘密裡に殺害されることはとてもよくある。

ここ数百年のうちで女勇者が歴史に名を残したのは数回ほどしかない。聖女勇者、勇者姫、王女勇者……、肩書きを見るだけでなぜ殺せなかったかの事情がほんのり伺い知れるラインナップである。


肩書きもバックボーンも持たない女勇者は見つかり次第殺される。

殺してしまえば次代の勇者がどこかで発生するので、十数年の遅れを飲んででも殺してしまう方がのちの世の政治にとって大変都合がよいのである。


翻ってみて、今代の勇者アレクを見てみよう。


アレクは女の子ではあるが、少年と偽って勇者パーティに参加した。おかげで殺されずに済んでいる。


アレクが男装をしている事情にももっともな理由があった。


アレクは昔から人攫いにあいやすい質で、過去に何度も危険な目にあってきていたそうであった。

なるほどガザルがまじまじとアレクの顔を覗き込んでみると、大きなお目目に長い睫毛、すっと通った鼻筋に小さく可愛らしい唇と、ちょっとびっくりするくらい美しいかんばせで、これがすらりと均整の取れた見事な身体の上にちょこんと乗っかっているのである。

これならば人攫いに目をつけられてもおかしくないとガザルも納得の素晴らしい容姿である。


このような美しい子供がうろうろしていれば、残念ながら治安の悪い下町ではすぐに攫われてもおかしくはない。


元高級娼婦で、女手一人でアレクを育てていた母親は度重なる我が子の危機に一時期心をおかしくしてしまったこともあるようで、そんな母子を見かねた呪い師の婆さんが、アレクが元気な男の子に見えるまじないを掛けてくれたそうであった。


このハイエルフの婆さんは下町の顔役ともいえる有名な人物で、実はガザルとも面識がある。

下町出身で荷物持ちになりたい若者がギルドの扉を叩く時、裏で真っ先にガザルが会いに行くのがこの婆さんで、新人の普段の素行などの情報を聞き出す代わりに、色々貢物などを渡してやったりする、こういった仲であった。

婆さんは呪い師としての力をひけらかすことはなかったが、恐らく化け物クラスの最高位術師であろうことは、ガザルも何とはなしに察していた。


そんな婆さんが掛けた呪いは強力で、パーティメンバーはおろか、国の勇者機関の職員どもも、それから当のガザル本人も、まさかこんなに可愛らしい女の子だとは誰一人として気付きもしなかった。


結果として勇者アレクが女であることを知らぬまま、3か月もの間パーティメンバーは彼女に接し続けた。

これがアレクには大変辛かったようなのである。


というのも、勇者利権に目がくらんだ各組織は、とにかく美しい女、可愛らしい女を大勢揃えて送り込んで来て、これらの女が列をなしてまだ12になったばかりのアレクに猛烈に色目を使ってくるのである。


しょっちゅうベタベタまとわりつく、すぐに抱きついてくる、裸になってベッドの中にもぐりこんでくるなどは日常茶飯事で、無理やり口づけをされたり、一緒に水浴びしようと裸に剥かれたり、用を足すについてきたりと、アレクはほとほと嫌気がさしていたというのだ。


だからガザルが途中から教えるようになった斥候の技術はアレクにとって本当にありがたくて、気配を殺したり姿を隠したりという技術がめきめきと上がっていったのはそういう事情があったようである。

だいたい荷物持ちになるには骨格がなどとガザルも思ったものだが、そりゃあ女の子なんだから骨格からして違うのは当たり前の話ではある。


「それにしたって今までよくもバレなかったもんだ。」ガザルがそう感想を漏らすと、「どうやらお婆様の魔法は欲深いものにほどよく効くようでして、僕を男だと思いたい女性の方々は、例え裸の僕のおっぱいが膨らんでいるところを目にしても、それでも男性だと思い違いをするようなのです。」などと苦笑いをしながらそう事情を教えてくれた。


男性陣も勇者利権に欲がくらんだのだろう、みな一様にアレクを男の子として扱った。

自分達の所属する組織の女をけしかけ、よその組織の妨害する、そんな内輪揉めに懸命となり、誰もアレクの性別を疑おうとも思わなかった。

だからこの3か月、アレクの秘密に誰一人として気付けなかったのだ。


対するガザルが先ほどアレクの性別をすぐに見破れたのは、ガザルが彼女の性になんの興味もなかったからであるようだ。


「それってちょっと悔しいです! ガザル様は僕の事をなんとも思っていなかったって事じゃないですか!」

可愛らしくもぷんぷんと怒ってみせるアレク。

ガザルとしては小さな子供としてそれなりに可愛がってやっていたつもりであったのに、アレクはどうやらそれではご不満ならしい。

小さくとも立派に女の子じゃないかと、ガザルはやれやれとため息をついた。


「ともかく僕は、あの人達のところにはもう戻りたくないんです。ガザル様がいてくれたからまだ何とか耐えられたんです。ガザル様が抜けてしまっては、僕はもう無理です。僕はあの人達の事が大っ嫌いなんです。」


そう独白するアレクの言葉を聞いてしまっては、ガザルとしては返す言葉も思いつかなかった。


ガザルは腕を組み、宙を睨みながらううんと唸り声を上げる。


さてとこれは困ったことになった。

まず何より、このままアレクをもとのパーティに戻すこと自体が危険だ。

アレクが彼らを嫌っている点については、子供の我が儘と叱りつけてやる事も出来なくはない。

また、そんなアレクがどうしてもガザルと一緒がいいのだというならば、心底嫌ではあるが、ガザルも揃ってあのパーティに戻ってやってもいいとも思う。


だが、万一何かのきっかけでアレクが女であることがばれたとき、このものはどうなってしまうのか。

ガザルにはすぐに答えが分かった。


アレクは殺される。

自分が彼らならまず間違いなくそうする。


理由は簡単だ。アレクは何の後ろ盾もない下町の勇者なのだ。仮にハイエルフの婆さんがバックについてくれたとしても、王国全てを相手に考えればその影響力は微々たるものだ。つまり殺してしまってもほとんど誰も困らない。

魔王軍の侵攻はまだ大したことがないし、今回の救世の旅でかなりの拠点をつぶすことも出来たから、今ならまだ時間に余裕がある。

ここはアレクは殺してしまって、次に生まれる勇者に賭けた方がまだ先の目がありそうである。


対してアレクを生かしておくメリットはあるか?

パーティ内の男性陣にはチャンスが生まれる。彼女のハートを射止めたものが子供をもうけることで、莫大な勇者利権を独り占めにだってできるかもしれない。


だが勇者アレクが一番心を許しているのは、あろうことかこのガザルなのだ!

ガザルを排除してアレクの心を手に入れるなど、彼らに出来るだろうか?

あるいは今さらガザルと仲良くしてアレクの関心を引くなどと、果たして彼らに出来るだろうか?


ガザルは年若い男性陣の顔を一人づつ思い返してみる。


無理だな。


となると彼らが勇者利権を少しでも享受するためには、アレクはむしろ邪魔な存在にしかならないのだ。

つまり殺すしかなくなる。


するとどうなるか? 勇者パーティは勇者がいて初めて成立する。これは単純に、魔族特攻の勇者でなければ、魔王という存在を殺めることが出来ないからだ。

つまり勇者は必須なのだ。


だが勇者を盛り立てるべき彼ら自身が望んで自ら勇者を殺すとなると、それはパーティそのものの存在意義の根幹にかかわる。


彼らは自らの正当性を失う。

彼らは栄えある魔王討伐の勇者パーティの一員から、ただの烏合の衆へとなり下がる。


ここまで思いついて、ガザルは思わずニヤリと笑ってしまった。


この三か月、ガザルはこれが勇者アレクと共にする救世の旅であると思えばこそ、彼らの理不尽な仕打ちにも耐えてきたのである。

それが今はどうだ。勇者アレクはガザルの側におり、彼らは逆賊一歩手前の崖っぷちに立っているのだ。


ガザルはかつて自らが谷底に落とした憐れな貴族のボンボンの顔を思い起こしていた。

ぽかんと口を開けたままのあいつが吸い込まれるようにして崖の下に落ちていく瞬間は、胸がすくほど気分が良いものであった。


まさに今、愚かな勇者パーティの残り52人の馬鹿者どもは、あの時の貴族と同じ場所に立っているのだ。


ただガザルを一人置き去りにしたというそれだけの出来事がきっかけで、ありとあらゆる事情が逆転し、彼らは気付けば追い詰められて逃げ場がない場所に立たされているのだ。


ガザルはゲラゲラと笑い出したくなる心情を懸命にこらえる。

正面に立つ幼い少女が、先ほどから不安げな様子でガザルをじっと見つめているからだ。


それでガザルはいったんその場で膝をつき、アレクと自分の目線の高さを揃えるようにしてから、真剣な表情を作ってアレクへと語り掛ける。


「ここから先は勇者アレクと荷物持ちガザルの立場に立った大事な話だ。誤魔化さず真剣に返事をすると、約束できるか?」


「うん。」こくりと頷くアレク。


「まずアレク。お前は彼ら勇者パーティに戻るのではなく、このオレと一緒にいたいと、そう考えているのでいいんだな?」


「うん。」とアレク。


「それでアレク。なんならオレは、お前と二人で揃ってパーティに戻るのでもいいかと考えているが、これについてお前の考えはどうだ?」


「それはよくない考えだと思う。」とアレクは首を横に振る。

「あの人達はみんなでガザル様を悪く言っていたよ。さっきガザル様が一人抜けるという話になったとき、誰一人反対する人はいなかった。

今さらガザル様が僕と戻ったところで、あの人達の中でガザル様の居場所はないよ。だったらそこに、僕の居場所もない。」


「そうか。分かった。」今度はガザルが頷く。

「だがそういう事情なら、あいつらは全員オレとアレクの敵となる。その点についてはちゃんとわかっているか? 理解できるか?」


無言のままアレクが頷く。


「ならアレク。お前はあいつらを殺すことが出来るか? 敵となる以上あいつらを殺す必要が出てくるが、その覚悟がお前にはあるか?」


アレクは一瞬言葉を失い、目が泳ぎ、それから覚悟を決めた顔になり、そしてこう話を始めた。「僕は……、人を殺したことがあります。誘拐犯の一人ともみあいになり、手にした刃物を彼につきたてました。当時の母は少し心をおかしくしていて、僕にいつも包丁を持たせてくれていたんです。

それを使って殺しました。

殺した相手は顔見知りのおじさんでした。

そんなことがあったから、お婆様は僕が男の子に見える魔法をかけてくださったのです。


だからガザル様が彼らを敵だというのであれば、僕は殺せると思います。殺す覚悟は出来ると思います。

でも出来れば、理由を教えてください。

彼らを殺さなければならない理由を教えてください。


人の命を奪うことは大変な事だと思います。訳も分からずそれをしてはいけないと思います。

だからどうか、理由を僕に教えてください。」


ガザルはこの勇者様のこの物言いに少なからず感動を覚えた。

このものは小さくとも道理を分かっている。覚悟の意味も分かっている。


ならばここで嘘や誤魔化しは許されない。真剣に応えねばならぬのはガゼルの方であったのだ。


「分かった。オレの考えを説明しよう。

そもそも魔王討伐は時間が勝負の短期プロジェクトだ。

パーティメンバー内の不和を抱えたまま事に当たって、うまくいくならまあそれでもいいんだが、今回の一件でこのままでは失敗することが明らかになってしまった。

その時点でこのプロジェクトはご破算だ。


それで、もし改めてこの状態から魔王討伐をしようというなら、オレは探索者協会につてがあるから、一度王都に戻って信頼できる仲間に声を掛けてパーティを組みなおした方がよっぽど早くうまくいくって算段がある。


元来勇者には指名権ってのがあるからな。魔王討伐の為にお前がこのオレや信頼できるものを指名するのならそれは絶対だし、同じ理由であいつらを罷免するなら、本来それも絶対のはずなんだ。


こんな時に人間関係の整理や仲直りなんでまどろっこしい事やっている時間はねぇからな。

そんな事するくらいなら、お前が権利を行使してメンバーを解散して、新規にプロジェクトを立ち上げなおした方がよっぽど早いんだ。


だがそれをするならあいつらがどうしようもなく邪魔なんだ。

だからあいつらは敵となる。


ところで敵になったあいつらを生かしておいて、それでこっちで勝手に新パーティを立ち上げたらどうなると思う?」


アレクは大きな瞳をぱちくりとさせた。

「とてもよくない気がします。色々と面倒が起こるような気がします。」


ガザルは大きく頷いてみせる。

「まあその通りだ。あいつらは高位貴族のひも付きだったり、それぞれが所属する団体の後ろ盾があったりとあちこちに大きな影響力があるから、下手に騒がられると面倒ごとが一挙に増えて、こちらの思い通りに話が通せなくなる。


それでこれから先が酷いんだが、ただ罷免をするよりはあいつらに死んでもらうといろいろ都合がいいんだ。


だからオレとしてはあいつら全員に死んでもらいたいと考えている。

これは汚い大人の世界の事情というやつだ。


本来子供であるお前が知るべきことじゃないんだが、勇者アレクを一人の人間と見込んで全て明かすんだぜ。

お前がオレとパーティ組んで魔王討伐したいなら、オレに提案できることはそれしかないんだ。


これが例えば、お前はパーティの元に戻ってオレが一人だけ王都に戻るんであればそこまでする必要はねぇ。

お前はあのパーティに一人で戻って、まあ色々苦労はあるだろうが頑張って魔王を討伐してくれればいい。

なに、奴らが意気揚々と戻ってきたところで、このオレが全員を地獄の底に叩き落してやる。そういったことをする力が俺にはあるから、それを信じて一人パーティに戻るって方法もある。

この場合、あいつらの命までは取る必要はなくなる。せいぜい探索者協会と各団体との政治的な駆け引きで何人かが割を食う程度だ。


お前一人があいつらとのパーティを我慢すればそういう風に話を持っていける。

でもお前はそれは嫌なんだよな?」


「嫌です。僕は彼らと一緒にいたくはありません。」強い意志を持った表情ではっきりとそう宣言するアレク。


「オーケイ。もちろんその意志は尊重する。

重ねて言うがパーティの指名権は本来お前のものだからな。お前があいつらを嫌だというなら、あいつらに反対する権利はねえんだ。


それであるいは、二人で王都に戻るにしてもお前は勇者であることをやめにして、魔王討伐などなかったことにするというんであれば、オレはお前に適当な戸籍を用意して斥候職の女としてでも暮らせるようにしてやれるから、勇者はどこかに消えてなくなったってふうにすることもできる。

なに、顔や姿を変えるような魔法はハイエルフの婆さんが色々知っているだろうから、そんなに大した面倒もなくやれるはずだ。

この場合もあいつらを殺す必要はなくなる。

そういうのはどうだ?」


ここでアレクは一生懸命考えこむそぶりを始める。首を傾げ、手を顎に当て、整った眉を真ん中に寄せて。

どこからどう見ても可愛らしい女の子だ。いったいどうして自分はこの少女の事を男の子だと勘違いしていたのか。


げに恐るべきはハイエルフの婆さんのまじないであるなどと、ガザルがそんな事を考え始めた矢先に、アレクが言葉を選ぶようにして口を開く。


「仮に僕が勇者を止めてしまったら、下町のみんなはどうなりますか?」


実に鋭い質問だ。

ガザルは目の前の少女が学はなくとも愚か者ではない事を改めて思い知った。


「勇者がいなくなれば王都は魔族に蹂躙される。真っ先に犠牲になるのは下町や貧民街の連中だろうな。

あいつらは王都を守る盾に使われるだろう。


魔族というのはな、別に人類を滅ぼそうなどと大それたことは考えていないから、ある程度の侵略が済めば人類は生かさず殺さずでそれなりに折り合いをつけてやっていけるはずだ。

特に大迷宮なんてものは、あれはもともと魔族がこの地球を自分たちに住みよい環境にテラフォーミングするための装置のなれの果てだという話だから、探索者であるオレ達は迷宮管理人という肩書きをもらってそれなりに優遇してもらえるだろう。

お前も探索者になれば自身の命は保証される。


けれども王都は駄目だ。魔族は自分達の存在を脅かすものに対して容赦はしない。王侯貴族は真っ先に排除の対象にされるだろうから、王都は第一級の攻撃対象になる。その際下町の住人は他に行く場所がないから、王侯貴族どもと魔族どもの間に挟まれて、すりつぶされるように皆が殺されることになる。

これは防ぎようがねぇ。」


「ならそれは駄目です。僕は魔王を討伐しなければなりません。」


「オーケイ。分かった。じゃあ王都に戻って探索者協会に掛け合って討伐パーティの編成しなおしだな。


だったらあいつらは皆殺しにしなきゃなんねぇな。

勇者利権ってのは複雑に絡み合って下手につつくとろくなことにならねぇ。


あいつらのうち一人でも王都に戻られて真実を語られると一挙に話がおかしくなる。死人に口なしだ。全員殺す必要がある。


どうだ? 理由については理解できたか?」


ここでアレクはケタケタと笑い出した。「大人の世界って酷いですねぇ!」などと嬉しそうに小さく声を上げる。


ガザルとしてはもう少し不安な様子を見せるものかと覚悟していたのだが、存外このアレクという少女は肝の座った娘であるようだ。


「僕はガザル様がおバカな貴族を崖に突き落とす話が大好きなんです。僕が初めての殺人で心を痛めていた時、お婆様が僕にこっそり教えてくれたんです。


自分達の大切なものを守るためには、時に人を殺す覚悟も必要だって。


僕はその話を聞いて、初めて立ち直るきっかけを得たんです。

その時から荷物持ちのガザル様は僕にとっての憧れなんです。」


なんてこった!


例の貴族殺しの件が、こんな形で幼い少女の心に影響を及ぼしていたのだ。

めったなことで羞恥を覚えることがないはずのガザルは、恥ずかしさで耳がかあっと赤くなり、逃げ出したい気分であった。


そんなガザルの内心などはつゆ知らず、アレクは嬉々として言葉を続ける。

「今がまさにその時なんだなって実感しました。

あの人達は勇者パーティにふさわしくないです。


勇者である僕はあの人達を追放します。

邪魔立てするなら排除します。


僕はあんな人達と救世の旅など続けたくない。みんないなくなってほしいです。」


楽しそうに笑いながらそう宣言する少女に、これはずいぶんと恐ろしい女を目覚めさせてしまったかもしれないなと、ガザルは背筋に冷たいものを感じつつ、ともかく「おうっ。」とだけ返事をした。


こうしてガザルとアレクの今後が決まった。


大変心苦しくはあるのだが、別に恨むほどでもないのだが、他に手立てがないでもないのだが、色々面倒が多いというそれだけの理由で、彼らには全員ここで死んでもらうこととなった。


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