第2話 ガザルがみなから置き去りにされる。
思った以上にこいつらは馬鹿だった。
置き去りにされたガザルが最初に思いついた感想がそれであった。
次の拠点の確保が済み、補助要員が次々テレポート魔術によって運ばれていく中、なぜか順番の一番最後に回されたガザル。
残り全員が移動しきった最後、テレポーターは数名の騎士どもを引き連れて戻ってきて、移動の目印となる転移用の魔術ビーコンを回収しつつも、ガザルに向かって剥き身の剣を振りかざし警戒する騎士とともに掻き消えるようにしていなくなってしまった。
騎士どもはテレポートの直前に「荷物はパーティのものだからこちらによこせ」などと訳の分からないこともぎゃあぎゃあ喚いていたが、この荷物はすべてガザルが自腹を切って用意した商売道具なのだ。
「お前ら馬鹿か?」とすごんでやると、それについては諦めたか、ともかくテレポーターとともにいなくなってしまった。
ビーコンがなくなってしまえば彼らはもうこちらにテレポートなど出来なくなるし、ガザルはそもそも次の移動先がどこなのか全く分からないので、これで完全に相互に移動する手段を失った。
いや本当にもうね。馬鹿としか言いようがないというかね。
どうしてこのタイミングでガザルを置き去りにしようと考えたか、ガザルにははっきりと心当たりがあった。
あれは数日前の事だ。
パーティが拠点で休息をしている際、彼らの建てたコテージに入れてもらえないガザルは、適当な木に寄りかかる様にして屋外で仮眠を取っていたのだが、不用意に近づいてくるものがあり、ガザルが用意した結界石が反撃のダメージを与えたのだ。
そもそもどうして近づいてきたのか今となっては知りようもないが、どうせ良からぬ事でも考えての事だろう。
それが結果として、このものを痛めつける結果となった。
大迷宮深層で安全性が確保できないときに用いられる強力な結界石だ。音は静か、効果は強力、登録のないものが結界に触れると命に係わるほどの強力な反撃を与えるそれに、そのものは「ギャッ!」と叫び声をあげつつも逃げるようにいなくなったのだが、後でチラリとパーティの様子を見まわしてみると、騎士団から派遣された一部のものがこちらを恨めし顔で睨みつけてくるので、ああこいつらかとガザルは鼻で笑ってやったものだ。
だいたいガザルはこのパーティの他のものどもの事をいっさい信用していなかったから、かなり前から休息の際には結界石を常用するようになっていたのだが、案の定悪さをしでかそうと考えた馬鹿が現れたので、ガザルとしてはやはりこうなったかと笑うしかなかった。
結界石だってタダではない。それをよりにもよって味方であるはずの騎士団の連中に無駄に消費させられたのだから、ここは一つ結構な額の請求書でも突き出してやろうかと思ったが、その時のガザルはあまり波風を大きくしてもこちらの命を脅かされかねないと堪えたのだ。
それが結果としてこのような稚拙な報復措置に出られるとは、全くもって度し難い。
騎士団組のやつらにはせめて嫌味の一つでも言っておけばよかったと、少々後悔を覚えるガザルであった。
とはいえこれはあまりに拙い報復であると、ガザルは思わずため息を漏らす。
どうせやるなら、本来もっと徹底的にやらなければならないのだ。
ここで少しばかり関係のない話をすると、実はこの手の報復というものは良くある話で、ほかならぬガザル自身も何度か似たようなことをしてやったことがある。
大抵の場合行儀の悪いあかんたれを効率的に排除するために用いられるのだが、万が一生き延びられては困るので、本当はちゃんと殺さないといけないのだ。
ガザルが若いころにやった一番ひでぇ報復は、さる貴族のボンボンが粋がって騎士などを引き連れ迷宮攻略にやってきたとき、荷物持ちギルド全体で結託し、大迷宮の深層に続く竪穴の前で20人ばかり全員を崖下に突き落としてやった件だろう。
あいつらは本当にろくでもない奴らだったから、今後に続くものへの見せしめもかねてきちっと全員あの世へ送ってやった。
中には人の良い優しい騎士もいたが、この際人間性は関係ない。ボンボン貴族と同じ組織に属する人間であるだけで、きちっと殺さないと後々面倒が起こるだけなのだ。
ともかく一人でも生かしておいてはどこから話が漏れるか分からないから、全員きちんと死んでもらった。
後はみんなで知らぬ存ぜぬで押し通し、「お貴族様の道楽で何とかなるほど大迷宮は甘くないですぜ」などと逆に相手の貴家を訴えてやりもした。
これも全員死んでいるからできる事で、ちゃんと殺さないと後々面倒なのである。
翻ってみて勇者パーティの奴らのやり口はどうだ。ガザルはこうして五体満足で生きているではないか。
これでガザルが王国まで帰還して、関係各所に訴えに出たら彼らはどうするつもりなのだろうか?
それとも彼らは、ガザルにはそんなコネも権力も行動力もない弱者であるとでも思っているのだろうか?
恐らくそうなのだろうな。
ガザルはもう一つため息をつく。
どうも彼らがガザルを見る目というのは明らかに侮蔑や嘲笑の混じったもので、つまりは彼らは自分の事をしがないうらぶれた中年の荷物持ちなどと下に見ているきらいがあった。
ガザルは栄えある荷物持ちギルドの大幹部の一人なのだが。
迷宮探索の第一人者の一人で、Aクラス、Sクラスの冒険者ともツーカーの仲で、大迷宮攻略組の顔役の一人なのだが。
荷物持ちという一見ぱっとしない職業とガザル自身のぱっとしない見かけに騙され、よくよく知りもせずに軽んじたのであれば、あまりにもお粗末すぎる対応なのだが。
そもそもガザルが冒険者パーティのお誘いを受けて真っ先にしたことは、参加する他の53人のメンバーたち全員の所属や地位や評判、普段の素行といったバックグラウンド情報の収集であった。
どんなメンバーでどんな能力があり、どんな考え方を持っているか、チームを組んで攻略に乗り出す以上、この手の情報はいくらあっても足りないという事はない。
おかげでガザルは彼らの情報を沢山持っている。
ガザルが彼らを調べた印象としては、平均年齢25歳の大変若いチーム構成で、各派遣元の組織が次世代を担う若手を送り込んで来ているといった感触であったが、結果として夢見がちで大言壮語ばかり吐きたがる若輩者ばかりの素人集団といった様相を呈しており、ガザルは正直なところ大変げんなりとさせられていたのだが、この際ガザルの彼らに対する印象はどうでもよい。
彼らは同じようにガザルの事を色々調べなかったのだろうか?
調べなかったのだろうな。
調べていれば、置き去りにするなら殺しに来るだろうし、それ以前にガザルを冷遇しようとも思わないはずなのだ。
若い彼らはガザルをそこらのしがない中年荷物持ちと見誤り、勝手に見下し、勝手に冷遇し、勝手に置き去りにしたのだ。
馬鹿な奴らだ。
さすがにガザルも歳を取ったから怒りと復讐心で心の中が煮えたぎるようなことはなかったが、この商売舐められたら終わりなのである。
無事に王国まで戻れた暁には、53人全員にきちっと地獄を見てもらおうと決意した。
直接手を下した騎士団組と、力を貸したテレポーターはA級戦犯であるが、残りの全員も止めようともしなかったのだから全員同罪だ。
やつら全員と奴らを送り込んできた組織のやつらには、大迷宮には二度と近づけないように徹底的にやらせていただく。
誰を置き去りにしようとし、何を敵に回したのか、奴らの空っぽの脳みそにしっかりと刻ませてやろうと決意した。
我知らずくつくつと笑い声が漏れていた。どうやら少しは腹に据えかねる部分があったらしい。
正直今の装備と現在の位置関係から、無事に帰還できるかは五分五分であったが、元よりガザルはヤバくなったら一人で逃げ出すつもりまんまんだったのだ。
その為の準備もある程度していたのだ。
ぜってー生きて帰って奴らに復讐してやる。
そう決意を新たにし、ともかく場所を移動しようと荷物を担ぎなおすガザルであったが、ここで思わぬ事態が起こる。
「ガザルさまぁーっ! ガザルさまぁーっ!」
遠くの方から大声を張り上げつつ近づいてくるのは、誰あろう少年勇者のアレクであった。
あの馬鹿!
ガザルは慌てて声のする方へと駆け寄ると、必死な形相の勇者アレクに飛び掛かるようにして押さえつけ、ともかく一番にその口を手で塞いでやる。
「馬鹿野郎! こんな深界で大声を出す奴があるか! どんな化け物に感づかれるかもわからんぞ! 教えてやった斥候心得を忘れたのか!」
ガザルが小声ながらもすごんでやると、当のアレクはびっくりしたような、嬉しいような、泣きたいような、でもやっぱり嬉しいような、そんな顔でボロボロと涙をこぼしながらガザルを見返してい来た。
ともかく落ち着いた様子なのでいったん身体を離そうとガザルが身じろぎして、その瞬間に奇妙な感触を覚え、ガザルは固まって動けなくなってしまった。
押さえつけた際の左側の手、勇者アレクの胸のあたりを掴んだガザルの指に、柔らかい感触が伝わってきていた。
どう考えてみても女性の乳房の触り心地であった。
「きゃっ!」アレクが女の悲鳴のような声を小さく上げ、身をよじるようにしてガザルの腕から抜け出した。
なんてことだ! ガザルは心の中で叫び声を上げた。
勇者アレクは女の子であったのだ。
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