勇者様と荷物持ち。
すけさん
第1話 荷物持ちと勇者様。
勇者様一行というのは、物語では数名の選ばれたものが少数で旅をしているように描かれることが多いが、実際にはもっとたくさんの人間が関わっていることがほとんどだ。
今代の勇者様のパーティなども50名ほどの大所帯で、お抱えコックだとか移動先の野営地でテントを張るだけの担当だとか各地の商人との交渉の為にいる経理のものだとか、物語では語られないが地味に重要な役割を担う多くのものが集まってこれを盛り立てている。
荷物持ちなどという役割もその一つで、今こうして自分の体重の倍ほどもある重い荷物を括りつけた大きな背負子を担いでいる男、ガザルは、勇者様付きの荷物持ちとしてその責を負い、このように一行の列の後ろの方をついてゆく最中なのだ。
荷物持ちの役割というのはこれがまた難しいもので、そもそも一行の荷物のほとんどはこれは空間魔法に長けた魔術師が魔術で格納しているから、本来はわざわざ担いで持ち運ぶ必要はない。
ところがこの空間魔法というものがくせ者で、魔素の特別に濃い地帯では亜空間への思わぬ干渉などが働くことがままあり、収納している荷が痛んだりうまく取り出せなくなったり、あるいは中身が魔素に汚染される恐れもある。
あるいはもっと単純に魔術師が何らかの不幸により命を落とした時、収納された物資がそのまま全て失われる危険もある。
そういったときに残りのものが生き延びれるよう、最低限の荷物は別の形で分散して持ち運ぶ必要がある。
つまりはその為の保険として担ぎ歩いているのがこのガザルの重要な仕事という訳である。
他にも余裕があればロバなどを連れて行きたいところだが、悪路や悪環境でロバでは踏破出来ない地域もある。なにより勝手の分からぬ魔族領においてはロバのえさや水を何とかするのが大変な事が分かり、今回の旅ではガザル一人が荷物を担ぎついていく次第であった。
ガザルが担ぐ荷物の大半は大量の食料と水。それから医療品、ポーション、後は最低限の予備武器と野営に必要ないくつかの簡単な道具。
これら全てで出来ることと言えば、数人を数週間ほど生き永らえさせる程度の量で、ようはこれは、部隊が全滅の憂き目に会うような最悪の状況に陥った場合に、勇者様と一部の重要なもの達だけを生かすための最低限の荷物を担いでいるのである。
つまりガザルは200Kg近い量の荷物を常に担いで救世の旅にかれこれ数か月以上も同行しているが、この荷物の中身は殆ど使われたことはないのだ。
事情がありガザル自身が生きるための最低限の食料などは消費しているが、殆どが手つかずのまま、ただただ重い荷物を担いで彼らに随行しているのだ。
下手をすれば、魔王討伐の最後までこれらは使われずに終わるかもしれない。
けれどもそれでよいのだとガザルは考えている。
使われないことが安全の証であるという、少々皮肉めいた役割を与えられているのがこの荷物持ちガザルなのである。
このような立場のガザルであったから、勇者様パーティ一行の中ではあまり良い立ち位置とは言えなかった。
貴家に連なるものどもからはあからさまに悪し様に言われ、一般の参加者もどこか下に見て顎であれこれこき使いだす始末。
そもそもガザルは大迷宮の攻略組の中では一目置かれる荷物持ちギルドの若頭を務めており、次期ギルド長の呼び声も高い迷宮エリートなのである。
迷宮攻略において荷物持ちは重要職の一つであり、これを蔑ろにするなどとはまず考えられない事であった。
それがどうだ。さる剣豪のたっての願いとあり仕方なしに勇者パーティに参加したガザルを待っていたのは謂われない中傷やぞんざいな扱いであった。
まるで下男か奴隷でも相手にするようなその扱いに憤懣やるかたなしといったガザルではあったが、さすがに32の歳になり殆どが自分より年下の若いチームにあまりガミガミというのも憚られ、まあ貧乏くじを引いたのだと半ばあきらめつつ、最低限の仕事だけして適度にお茶を濁そうとパーティの後ろを無言でついていくような立場に甘んじることとした。
何せ魔王討伐などはちょっとした一大国家プロジェクトである。
大迷宮探索の荷物持ちギルドの幹部職員であるガザルとしても、関係各所に顔を売るのにこういった誘いにはなるべく関わらねば色々不都合がある。
つまり組織の政治的な理由からこの空気の悪い短期決戦の寄せ集めパーティに嫌々ながら参加しているのがガザルであった。
お前ら大迷宮に来たら覚えていろよな、今までされたことそっくりそのまま全部返してやるからな、そう心の中で悪態をつきつつ、本来荷物持ちがやる必要もないはずのキャンプ地の周囲の見回りなどを今日も黙って引き受ける次第であった。
そんなガザルにちょこちょこついてくる少年がいた。
粗末な貫頭衣に不釣り合いな豪奢な剣を腰につるした齢12歳程度のこの少年こそ、誰あろう今代の勇者、アレク様であった。
「ガザル様っ! おしごとお疲れ様ですっ!」などと嬉しそうに声を弾ませながら金魚の糞よろしくガザルの後ろをついてくる。
このアレクは今代の勇者様ではあるが、生まれが卑しい事と勇者であることが分かったのがつい最近という事もあり、これまたパーティ内ではどこか下に見られる存在で、パーティの運営は公爵令息様が、戦闘指揮などは騎士様などがお取りになられ、勇者は指示の通りに動いてただ目の前の魔物などを倒すだけという、操り人形のような扱いを受けていた。
本来勇者パーティなどというくらいなのだから勇者を中心に組織をまとめるべきであろうが、これまた国内の派閥やら利権やらプライドなどが絡み合い、関係のない者同士で主導権争いばかりをして、勇者はただのお飾りのような様相を呈していた。
そんな勇者アレクがガザルに懐いたのは、二人が同郷の下町出身で通じるところが多かったせいもあるが、何よりガザルが荷物持ちであったからであろう。
そもそも大迷宮の攻略パーティの荷物持ちとは貧民街などの住民にとっての憧れの職業である。
荷物持ちは特殊なスキルや専門教育などなくても誰でもなれるし、迷宮内で結果を残せれば、出自に関係なく取り立ててもらえる。
そんな荷物持ちとして名を上げることは、学もコネも力もない下町少年達が人生の成功を掴むためのサクセスストーリーの一つなのだ。
だから勇者アレクは荷物持ちに盲目的な憧れを持っており、その中でも荷物持ちギルドの幹部であるガザルなどは神にも等しい存在として崇め祀らんがばかりの様子で接してくるのだ。
なんでもアレクは自他ともに認める荷物持ちフリークで、荷物持ちギルドの構成員の事はその殆どを網羅しているらしい。
ギルドに入ったばかりの若手の名を上げて「豹人のメドラさんは見込みがあると思います。獣人らしい力強さと五感の冴えが中層までの探索活動で大いに力を発揮できると思います。惜しむらくは少々おのれの力を過信しすぎていることです。
迷宮は優れた力さえあれば誰でも攻略できるような易しいものではありません。用心深さと丁寧さを身に付けなければなりません。」などと知ったような口を利くものだから、ガザルは思わず笑ってしまった。
何せ実際アレクの言う通りなのである。
見込みのある新人の世話もガザルの大切な仕事の一つであったから、育成途中のメドラをほっぽらかしてこんな馬鹿げた救世の旅に同行することになり、あの豹人が増長をして問題を起こしていないかと不安を覚えるガザルであった。
ガザルがアレクの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でてやると、気恥ずかしくなったのか、アレクは頬を赤らめ俯くばかりであった。
そんなアレクにとってガザルは特別な存在らしい。
勇者パーティの初顔合わせで初めてガザルが勇者様に挨拶をしたとき、対するアレクが「ガザル様……!」などと声を上げてから何も言えなくなり、一時場内が騒然としたのは今となってはいい思い出だが、結果としてパーティ一同のガザルに対する風当たりがきつくなった遠因の一つとも考えられるため、ガザルとしては素直に喜ぶことも出来ず奇妙な感情を覚えるのであった。
もちろんこんな年端もいかぬ子供に当たり散らすわけにもいかないので、ガザルはこの子供に対しては優しい態度を取るようにしている。
ただし、みなの見ている前では近寄らぬようにきつく言い含めてやったため、こうして見回りなどで一人きりになるタイミングを見計らって、するりと猫のごとき素早さですり寄ってくるのがこのアレクなのであった。
「僕みたいな半端ものでも立派な荷物持ちになれるでしょうか?」不安そうにそんな事を聞いてくるアレク。
いやいやお前はそもそも勇者だろうが。
ガザルとしては頭を抱えたくなる思いであったが、どうやらこのアレクという少年は、もともと教会の洗礼で勇者であることが分かるまでは、12の成人を迎えた暁には荷物持ちになるつもりだったようだから、今でもその夢を諦めていないようなのである。
そんなアレクに対し、ガザルもついつい本気で相手をしてしまう。
まずは幼い彼に現実を突きつけるところから始める。
「お前に荷物持ちは無理だ。」
「なっ!」びっくりとした顔になるアレク。
「荷物持ちになるにはガタイの良さと重心の安定性、特に下半身の作りこみが大事だ。これには骨格などの造りなども大いに関係してくる。
お前の身体は華奢すぎるし骨の形がどう見ても荷物持ち向きではない。下手に向いていない仕事についても身体を壊して良くない事になりかねん。
お前は荷物持ちはやめておけ。」
途端に泣きそうになるアレク。ガザルはそんなアレクの頭に手を当てて、くしゃくしゃとその青い髪をかき回してやる。
「お前に向いているのは斥候職だ。あれも荷物持ちに劣らず大事な仕事だし、学がなくても経験を積めば下町の人間でも充分に上を狙える。
そっちなら充分に芽はあるから、目指すなら斥候になるといい。
簡単な事なら俺も知っているから、初歩的な部分ならいくらでも教えてやるぞ。どうだ?」
ガザルのその言葉を聞いて目を輝かせるアレク。その日からアレクはガザルの教えのもと、忍び足を覚えたり地形の見分け方などを勉強したり、あっという間にいっぱしの斥候見習いとしての実力をめきめきとつけていった。
勇者を相手に何を教えているのだと自嘲する気持ちがないでもなかったが、純真な瞳のアレクを見ているとついつい構いたくなるし、ましてやこれが素直で覚えがよいともなると、思わず教えるガザルとしても力が入ってしまう。
そんなこんなで数か月も経った今では、野営準備中にみなの目を盗みしれっと抜け出し、周辺の見周り中のガザルも気づかぬうちに背後からぬっと現れるちょっとした実力の持ち主となっていた。
ここまで来るとガザルにはもう教えることが殆ど残っていない。
やれやれとため息をつきつつ、パーティでの斥候頭を務める猫人のマニャの方をチラリと見やる。
ここから先はマニャのような本職が教えてやるのがいいのだが、あいにくとマニャはそんな面倒を引き受けてはくれないだろう。
ガザルはマニャとあまり仲良くない。
本来であれば迷宮における斥候と荷物持ちは探索の要と拠点の要というそれぞれ重責を担っており、互いに連携して活動する必要があるため仲良くしなければならないのだが、狩人ギルドから派遣されたマニャはあいにくとフィールド探索専門で、おまけに貴族相手の狩りの斥候ばかりを務めてきたらしく、こうなると荷物持ちとの連携などしたこともないであろう事情が伺い知れる。
マニャは荷物持ちのガザルに協調する様子はまるで見せず、最初から見下して接してきたのだ。
そんな事とはつゆ知らず、ついいつもの調子で斥候頭のマニャや共の斥候達に話しかけて悪し様に追い返されたところから、ガザルと斥候組との仲はこじれてしまっていた。
これが迷宮なら斥候組と荷物持ち組の対立は致命的な問題であるからして、恐らくそんな状態で1週間と潜らぬうちに全滅の憂き目にあってもおかしくはない危機的状況なのだが、フィールド探索は迷宮とは勝手が違うのか、数か月たった今でも大きな問題になっていない。
フィールド活動における斥候とダンジョン内での斥候の立ち位置は異なっているからガザルには判断がつかない事とはいえ、しかして本当にこれでよいのか? ガザルはどうしても一抹の不安が拭えない。
今回の救世の旅は色々と嫌な予感しかしない。
それというのも、魔王領の奥地まで踏み入ってつくづくガザルが感じるのが、その尋常ならざる魔素の濃さである。
魔力の源たる魔素は、魔族や魔物にとっての重要なエネルギー源であるが、対する人間にとって、魔法などの力の源ではあるものの、これは本質的には毒なのだ。
長く浴びていると身体に悪い影響を及ぼし、時には精神にまで異常をきたす。
そして、このような高濃度の魔素帯で最低限の安全を確保しつつなんとか活動する事こそが、大迷宮の深層を探索するガゼルのような探索者の得意とするところなのだ。
そのガザルから見て、今の勇者パーティの振る舞いはおおよそ問題だらけで頭を抱えたくなる事ばかりであった。
例えば魔素対策の各種装飾品などがまるで準備できていなかったり、例えば高魔素の中でお互いの身体や精神に異常をきたしていないか互いにチェックしあう呼びかけであったり、例えば一部のものがおかしくなった際に全体に影響が出ないように、お互いある程度距離を取って行動したり……。
ともかく何もかもがおかしくて、こんな高濃度の魔素帯で無事でいられることが奇跡であるような印象を受けるのだ。
もちろん、この勇者パーティの魔王攻略手順もそれなりに見るべきところはある。
ともかく強力な勇者と一部戦闘職の人間が先行して何十キロも先の拠点の敵性生物を掃討し、安全が確保したところでテレポートの魔法に長けた空間魔術師が残りの補助要員をすべてテレポートで運ぶ。
こうして飛び石のように拠点を移動しながら、じわじわと魔王城の近くまでにじり寄る。
なるほどこんなやり口は、空間がねじ曲がった大迷宮では使えない。
何より魔王軍の追跡を攪乱し、短期間で的確に拠点を攻略していく手口は見事というしかない。
頭の良い参謀がよく練った作戦を的確に実行する実戦部隊との組み合わせはガザルとしても大いに勉強させてもらっている。
しかしだ。魔王城が近づくにつれ、魔素はどんどん濃くなり、化け物どもは恐ろしいほどの力を持ち、まるで大迷宮深層のような様相を呈してきているのだ。
このような環境でやれテレポートだの、やれストレージ魔法だのといった空間魔法頼みの戦略は自殺行為に思えてならない!
とはいえガザルはベテランの探索者として、物事がうまくいっている時に反対意見を聞き入れ軌道修正をするのはとても難しい事を知っている。
ガザルが彼らに忠告したところでいっさい聞き入れてもらえないであろうことが経験上分かっている。
(もしこの状況で聞き入れてもらえたら超一流のパーティだ。)
だからガザルはただ黙って彼らの後ろをついていく。
ヤバくなったら一人逃げ出す気満々で、彼らの少し後ろをついてゆく。
そんなガザルが一人きりの時間を狙って、ちょこちょこと可愛らしい少年勇者アレクが懐いてついてくるのが、ガザルにとっての唯一の楽しみであった。
ヤバくなったら勇者を連れて二人で逃げだそう、そう考えを改めるガザルであった。
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