第3話「卒業の意味」
ぽろぽろと頬を流れ出した涙を見て、ラドクリフは一瞬眉を寄せたが、黙って胸のポケットから出したハンカチで拭いてくれた。
「……俺のことが、ずっと好きだったんだろう。ジェラルドから聞いた話では、この卒業パーティーで俺に婚約破棄をされなければと思ったのかもしれないが。身体を震わせながら涙目でメイベル嬢を悪く言っても、彼女はセラフィナの事を大丈夫かと、心配しているだけだった。幼い頃から事あるごとに避けられていたから、俺はずっとセラフィナに嫌われていたんだと思っていた。だが、いつも物陰に隠れて熱っぽく見つめてくるし、流石にこれはおかしいとは思い出した。お前の側仕えのジェラルドから無理に聞き出したのは、俺だ……俺は初対面からセラフィナの事が可愛いと思っていたし、避けられて傷ついていた。だから、その責任は取って貰いたい」
「……ふぇ?」
泣きながら彼の言葉を聞き間抜けな声を出してしまったセラフィナの両肩に手を載せて、ラドクリフは良い笑顔で微笑んだ。
「……わからないか? セラフィナは俺が好きなんだろう? そして、俺もお前が好きだ。両思い同士と言うことだ。最初は訳の分からない態度に戸惑ったものだが、好きな相手を幸せにするためにと頑張った理由を知れば、いじらしくとても可愛いと思った。そして、俺とセラフィナは、学園を本日卒業する」
この無闇に広い大ホールで行われているのは、卒業生を送る卒業パーティーに他ならない。だから、二人は卒業するのは、セラフィナにもよく分かっていた。
「えっと……ラドクリフ様?」
戸惑いながら彼を見上げたセラフィナに、畳み掛けるようにラドクリフは言った。
「そう。俺たちは、これで晴れて成人だ。王である父上と王太子の兄上からも、別に結婚式が早まっても別に良いとは言われた。もし俺の大きな勘違いであれば、きちんと正して欲しいんだが、婚約者とは、将来結婚を約束している二人の事だ。俺とお前は、八歳の頃からそういう約束をしている」
「まっ……待ってください! でも! ラドクリフ様には、メイベル様が……」
「メイベル嬢か? 彼女は、セラフィナも知っての通り学業も優秀で今は数少ない女医として、将来産婦人科の医者を希望していると言うので、王家として医学の発達している国への留学なども支援することにしたんだ。そして、俺も将来セラフィナがそういう時には、診て欲しいという話はしていた。絶対に、女医が良いからな」
(うっそ! それ! どのヒーローも選ばなかったルートの、ノーマルエンド!! こんなに美男子のヒーローが居るのに、誰も選ばなかったの!? ラドクリフ様は別格として、ヒーロー五人と隠しキャラの一人……全員、物凄く魅力的なのに……信じられない……)
もちろんそれは、ヒロイン役であるメイベル嬢本人が好きにすれば良い話ではあるのだが、どうしてもセラフィナは「もし私だったら、絶対ラドクリフ様ルートを絶対に選ぶのに」という気持ちになってしまった。
「なあ、セラフィナ……君の不可解な行動の理由も、だいぶ前から全部知っていた俺が、何故、この卒業パーティーまで、何もしなかったと思う?」
「え? ラドクリフ……様?」
前世からの長い間、憧れだった顔が今までにない程にどんどんと近づき、息がかかる程まで傍に来た。
「両思いなのがわかってしまえば、俺が色々と我慢出来なくなるだろうから。一応、成人は待つことにした」
さっと長身の彼は重いドレスを纏っているはずのセラフィナをこともなげに抱き上げて、事の次第をずっと見守っていた全員を見渡し告げた。
「ラドクリフ・スタンレーは、婚約者であるセラフィナ・サフィナーと近日中に結婚する! ここに居る、全員が証人だ! もし、結婚に文句がある奴は叩き潰すから、今から俺に言って来い!」
彼の覇気ある声に呆気に取られて数秒沈黙に包まれたが、会場は若く身分の高い二人の熱いカップルの誕生に微笑ましいという笑顔と祝福の拍手の音に包まれた。
「よし。これで、まさかセラフィナに手を出そうとする奴も居まい。こうやってきちんと主張することも出来ずに、俺がどれだけしんどかったか……わかるか? セラフィナ?」
真っ赤になってしまったセラフィナを抱き上げたまま、ラドクリフは会場の出入り口に向かいこの場所を出ようとする。
「らっ……ラドクリフ様。何処に行くんですか?」
「ん? 勿論、俺の私邸だ。兄上が王として即位されれば、俺も臣下として公爵位を賜るからな。それに先駆けて、王都近くに邸を貰った。セラフィナの好みに改装しているはずなんだが、もし気に入らなければ、また改装しよう」
(誰が、私の好み教えたのって……一人しかいないけど! ジェラルドー! 今まで、何も言わないで! 覚えてなさいよ!)
「ままま、待ってください。私、まだその……心の準備が……色々と……出来てなくて……」
どうにかして、彼の逞しい腕から逃れようとするが、鍛えられている彼は特に力を入れた様子もなく軽くセラフィナの動きを止めた。そして、にっこりと美々しい笑顔で言った。
「大丈夫だ。セラフィナの父上であるサフィナー公爵からも、きちんと滞在する許可は頂いているし、さっき言った通り父も兄もセラフィナであれば別に問題ないから、結婚を進めろと仰せだった……子どもは流石に、式が終わってからが良いよな? セラフィナ?」
大好きで大好きだからこそ、自分は犠牲になっても良いとまで思っていた人からとんでもない提案をされて、セラフィナは心の許容範囲を一気に超えてしまった。
ふらっと目眩がして、意識は真っ暗になる。
◇◆◇
「……ジェラルド、お前。あの時、セラフィナに、近寄り過ぎだったぞ」
「ラドクリフ殿下。どうか、ご勘弁ください。セラフィナお嬢様は、私の事を何とも思っていないからこその、あの距離感です。逆に殿下が近くにいたら頭の中が真っ白になって、恐らく何も話せなくなってしまうので、徐々に距離を縮めるようにお願いします」
「それで、今まで話しかけても素っ気なかったのか……俺は限界まで、我慢した。大好きだと言う俺の幸せのためなら、何もかもを投げ出すと言う、可愛い女の子を今日までずっと見ていることしか出来なかった。もう、別に我慢しなくて良いだろう。いっぱい触りたいし、誰よりも可愛いと言ってあげたいんだ。セラフィナ、早く起きないかな……ジェラルド。お前、さっさと出て行かないのか?」
「無理です。一応、お嬢様の側仕えですので。文句があるなら、サフィナー公爵までどうぞ。セラフィナお嬢様ご本人が退出しろと言われれば、そりゃ下がりますけど」
「成る程。義父上も、一応は考えられたんだな。なんて事はない。ジェラルドに見られたら、恥ずかしいから下がれって……言わせたら、良いんだな。どうしようか」
「そのとても楽しそうな顔で近付かれたら、また卒倒しますよ」
「婚約者だと言うのに、今まで手を握ることもエスコートする短時間のみで、妄想することしか出来なかったんだぞ。色々と、試してみたいな……セラフィナ、早く起きないかな」
(……いや、起きられませんよね!)
Fin
婚約破棄、したいです!〜大好きな王子様の幸せのために、見事フラれてみせましょう〜 待鳥園子 @machidori
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