第2話「待ちに待った断罪」

(いよいよだわ……断罪されるのって、ドキドキするわね)


 セラフィナは、いよいよ自らが断罪される卒業パーティーの会場へと足を踏み入れた。


 学園の大ホールで、卒業記念パーティーは、毎年大々的に行われる。ゲームのクライマックスとなる大事な場面でもあるので、観客も多い方が良いと思ってか在校生合わせて数多くの参加者が居た。


 こういう時には男女ペアで入場するのが通例なのだが、セラフィナには今回婚約者であるラドクリフのエスコートはなく、セラフィナにはこういう時の代打として相応しい年齢の近い男性の肉親もいない。なので、身分は持たないが、いつも傍に居るジェラルドが急拵えの正装姿でエスコートしてくれていた。


「こんなことになって、ごめんなさいね。ジェラルド……もし、ラドクリフ様が私の名前を呼んだら、断罪が始まる合図だから。素早く離れて頂戴ね」


「……お嬢様。俺を、卑怯者にしないでくださいよ。女の子が酷い目に遭うのをわかっていて、見捨てられるような人間ではありません」


 背の高いジェラルドはセラフィナに顔を寄せ眉間に皺を寄せ、憮然とした表情になった。セラフィナにとって彼は幼い頃から、ずっと傍に居てくれた大事な存在で、兄のような人だった。ラドクリフのような甘い恋愛感情は持ってないが、とても大事な人だ。


「いつも、ありがとう。ジェラルド」


 感謝を表すために、手を取って彼に近づこうとしたその瞬間。背を向けていた方向から、聞き覚えのある大きな声が聞こえた。


「セラフィナ・サフィナー公爵令嬢!」


(来たわ……)


 ゲーム内では、ヒロインがメインヒーローと踊ってから、断罪劇が始まる流れだったとは思うが、細かいことを気にしていても仕方ない。セラフィナは振り向き、割れる人垣をすり抜けて優雅に前に出た。


「……はい。こちらに」


 ラドクリフが、会場の奥の壇上に居てこちらを見下ろしている。貴族令嬢らしく王族に対する礼をして、彼を見上げた。


(こんな時でも……いつも通り、ラドクリフ様。素敵。どうか、メイベル様とお幸せに……)


「セラフィナ! お前……」


 会場に居るラドクリフ以外の全員が息を呑み、彼の発言の続きを待った。


「俺のことが! 大好きだろう!」


「……は?」


 婚約破棄されると覚悟を決めていたはずのセラフィナは間抜けな声を出して、固まった。



(は? なんて、言ったの? いや、そりゃそうだけど……てか、そうじゃないと、ヒロインのメイベル様に意地悪なんて……しないし……ここで、私婚約破棄されて退場する予定で……予定が……どうなってるの!?)


 そういえば、ラドクリフの隣にはメイベルはいない。通常のゲームの断罪の場面であれば他でもない彼に腰を抱かれて、こちらを怯えた表情で見下ろしているはずだ。


「……良く分からない理由ではあるが。俺の事を好きすぎるがゆえに、勝手に俺の幸せを決めつけた罪は重い。それを、償って貰いたい。返事を」


(だ……断罪って、こういう事!? なんか、通常の断罪じゃないけど……良くわからないけど……一応、王子様からのお達しだし、頷いとこう)


 強く出られたらノーと言えない前世の日本人気質が災いして、セラフィナは彼の言葉に何度も頷いた。


「……聞こえない。セラフィナ。肯定するのであれば、きちんと返事をしろ」


「え? ……あ、はいっ。私は、ラドクリフ王子が好き過ぎました。本当に、申し訳ありません。かくなる上は、婚約は……」


「良し。良くわかった。では、俺からもう無闇に逃げ回るのは、もう二度とやめろ。俺が幸せになって欲しいからとの理由で、他の女性を宛てがうのも金輪際やめてくれ。俺は婚約しているお前に何の不満もないのに、そういう事をするような不誠実な男ではない。意味のわからない、悪役令嬢ごっことやらもやめろ」


 その言葉を聞いて、セラフィナはばっと後ろを振り向きそこに居るはずのジェラルドを見た。珍しく嬉しそうに満面の笑みを浮かべているジェラルドは、飄々とした態度で「よかったですね」と声を出さずに言ったようだ。


(嘘! ジェラルドが、彼に言って……全部知られていたって事!? 全部、全部……私がラドクリフ様の幸せのためにと思ってやっていた事……全部!?)


 頭の中はぐちゃぐちゃで恥ずかし過ぎて、出来る事なら穴を掘ってその穴に一生閉じこもりたい。


 推しのことは世界で一番に愛しているし、心から幸せになって欲しいとは思っている。けれど、それを推しに、認識されたくない。幸せであって欲しいけど、それをするのは自分でありたいけど、彼には知られたくない。誰かが見れば完全に相反しているのだが、それはセラフィナの中では両立している想いだったのだ。


「セラフィナ……セラフィナ。こっちを向け」


 ジェラルドの裏切りを知り呆然としていたセラフィナは、階段を降りて近づいて来ていたラドクリフを振り返った。


 まるで光を背負っているように思えるほどの、神々しさがそこにはあった。彼のことが好きだからと、一番にその権利を持つ婚約者であるのにセラフィナは、なるべく彼には近づかないようにしていた。彼と結ばれるはずのヒロイン役のメイベル嬢を苦手なりにも、何度も虐めたりしていた。


 すべては、ここで悪役令嬢として断罪されるためだった。

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