ひまりちゃんは旭くんを愛してた
2
わたしが何かを口にしようとして、だけど何を言えばいいのか分からなくて、突っ立ったまま戸惑っていると、朔ちゃんが「スマホ、鳴ってんじゃね?」と顎でわたしの鞄を指した。
全然気づかなかったが、指摘されれば確かに振動を感じる。おずおずとスマホを取り出せば、思った通り、それは旭さんからの着信だった。
ちらりと朔ちゃんをうかがう視線を投げかけたからだろうか。瞬時に電話の相手を察した朔ちゃんは「出ろよ」と促すように眉を上げる。それに「ごめん」と断りを入れ電話に出れば、『何時ぐらいになりそう?』と旭さんの声がした。
そうだ、わたしは旭さんに『少し用事が出来たので、それが終わってから行ってもいいですか?』と連絡をしていたのだ。さすがにこの状態では会いに行けるわけもなく、今日はこのまま会えないことを伝えようとしたら、朔ちゃんがベンチから立ち上がり歩き出した。
まさか、このまま帰るつもり!?まじでなに考えてんのよ、勝手過ぎる!!
そんな朔ちゃんの姿を確認し、「ごめんなさい、今日行けなくなりました。また連絡します」と一方的に告げるだけ告げ、旭さんとの電話を強制的に終わらせる。
そしてすぐさま、身勝手すぎて我慢できない気持ちを込めて「待ってよ!」と朔ちゃんを大声で呼び止めた。が、朔ちゃんは少しも反応をせず今にも公園から出て行きそうだ。ほんとありえない。まじで自分勝手。
「ねぇ、朔ちゃん!朔ちゃん、朔ちゃんてばー!さーくーちゃーん」
「あー、うっせー。朔ちゃん朔ちゃんしつこいんだよ」
朔ちゃんを追いかけながら割と大きめな声で名前を呼び続けた。そしたらずんずんと歩いていた足を止めて、こちらに鬼の形相で向かってきた朔ちゃん。うるさいと怒られたが、それこそこちらの思う壺。わたしの作戦勝ちである。
得意げに鼻を鳴らし「ベンチにもっかい座って」と半ば脅し気味にお願いをすれば、朔ちゃんはしぶじぶと言った様子でもう一度腰をかけた。
「さっきの電話、兄ちゃんからだったろ?いーんかよ」
「よくないよ?絶対なんなの?って思われてる。そもそも会う約束してたし」
「……ならもう行けよ」
「なんなの?朔ちゃんってかまってちゃんなの?」
思ったことをオブラートに包むことなどせずにそのまま告げれば、朔ちゃんは心外だとでも言うように顔を歪ませて「あ?ちげーわ」と不機嫌な声を出した。
「じゃあ、なんでそんな態度とるの?わたし、ほっとけって言われても放っておけないよ」
そんなこと朔ちゃんなら分かっているはずだ。それなのに好きだと言うだけ言って、旭さんのところに行けだなんて。遠回しに「俺のそばにいてよ」と言われてるように感じるのは、わたしの恥ずかしい思い込みだろうか。
「ただ好きって言いたかっただけだわ。何も望んじゃいねーよ」
「うっそ、そんなことある?」
そんな見返りを求めない好意などこの世に存在するのだろうか。わたしは俄には信じられず、その懐疑心に満ちた心は声音にも現れていた。
わたしなら好きだけで満足なんてできない。相手にも同じぐらい好きになってほしいし、特別な存在になりたい。寂しいときに寂しいと言えて、会いたいときに会いたいと言える。好きだと言えば、好きだよと返してくれる。そんな関係。
「お前にはわかんねーよ、ばか」
「バカって言う方がバカなんですー」
「あっそ、んじゃそれでいーわ」
まるで小学生、それも低学年の喧嘩のような言い合いは朔ちゃんによって早々に切り上げられた。投げやりな言い方にまた腹が立ってくる。朔ちゃんは結局のところ告白してそれで満足してる。されたわたしの、驚きや困惑の複雑な気持ちを整理したいという思いは汲んでくれない。
「なんなの?もう、ほんときらい!」
「へーへー。嫌いでいいよ。なんならそれで良かったわ」
しまった。朔ちゃんを傷つけたいわけではないのに。
言ってはいけない言葉を投げつけたわたしに、朔ちゃんは怒るどころか嫌ってくれていた方がいいと、それをあっさり受け入れた。
「うそ、ごめん。酷いこと言った。嫌いじゃないよ、朔ちゃん。嫌いなんかじゃない」
それに焦ったのはわたしだ。必死に謝って先ほどの言葉を訂正する。
なんでわたしがこんなに傷ついてるんだろ。意味分かんない。朔ちゃんが引き下がったことにどうして胸が痛くなるの。
「じゃあ、好きになってくれんの?」
朔ちゃんは笑っていた。辺りは暗くてはっきりと顔は見えないので、細かな表情など分かるはずはない。
だけど確かに朔ちゃんは笑ったのだ。そして、今にも泣きそうなほどのか細い声は朔ちゃんの祈りのようだと思った。
残念ながら、わたしはその問いに答える術を持ち合わせていない。だって声がでないのだ。それなのに、思わず抱きしめそうになった自分自身をすんでのところで引き留めた。
答えないわたしに朔ちゃんは、「ほら、早く兄ちゃんのとこ行けよ」とこの場から逃げるためのきっかけを与えてくれる。
だけどわたしは「いつから好きだったの?わたしのこと」だなんて、朔ちゃんの柔い部分に触れたくて仕方がないみたいだ。
「……あの日、『好きな子と兄ちゃんがしてるとこ見る以上に最低なことってあるか?』って思ったより、ずーっと前から」
そんなわたしに、朔ちゃんは意を決したように息を吐き、答えをくれた。
ずっと前からって……「え、なにそれ……」と浮かんだ言葉が考える暇もない速さで口から飛び出した。
あの日とは、旭さんの家で朔ちゃんにセックス現場を目撃された日のことだ。それより前って……。え、全然答えになってないじゃん?!朔ちゃんは混乱し始めたわたしを尻目に言葉を続ける。
「ずっと好きなんだよ、諦めらんねぇよなぁ」
声はこんなに切なくて、こんなに苦しいと訴えてくるのに。朔ちゃんはそう言ってまた笑った。
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