朔ちゃんは悲しみを隠してる
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やっぱりあの時「家に帰りたくない」と泣いてた男の子だったんだ、と確信を得たからだろうか。あの日からわたしと朔ちゃんの心の距離がグッと縮まった。……気がしている。朔ちゃんはどうか分からないが、わたしは確実にそうだ。
夜の電話の回数は減ったが、その分直接会うことが増えた。ファストフード店で話したり、ゲーセンに行ってクレーンゲームをしたり、公園で時間を潰したり、時には図書館で勉強をしたりした。
しかしわたしと朔ちゃんの距離が縮まり出した頃から、ピタリと旭さんからの連絡は途絶えていた。これでいい、と思う反面、旭さんにとってのわたしの存在の小ささを突きつけられた結果にショックを受けた。
「お前、クリスマスどうすんの?」
たまたま合った帰宅時間。一緒に帰るか、となって、わたしの電車の乗り換えホームに着いてきてくれた朔ちゃんが言った。
クリスマス……あ、そうか、あと2週間もしないうちに恋人達の一大イベントがやってくるのだ。考えたくなさすぎて頭の隅の方に追いやってたわ。
「えー、決まってない。朔ちゃんは?」
エマは彼氏と過ごすだろう。彼氏のいない子を誘ってもいいが、みんな受験生なのだ。それどころではないほどピリピリしている。
ちなみにわたしは専門学校に進学を決めているので、残りの高校生活をお気楽に送っている組だ。そんなわたしから「クリスマス遊ばない?」とは誘えるはずもなかった。
「いや、俺も。予備校あるし」
「そっかぁ……進学校だもんねぇ」
「会うか?夕方からならいける」
「え、いいの!?」
今年は一人寂しく過ごすことを覚悟した直後のお誘いに思わず声が上擦った。そんなわたしに朔ちゃんは「行きたいとこ考えとけよ。俺も考えとく」と頬を緩めたのだった。
朔ちゃんとのクリスマスかぁ……普段行かないような特別なところに行きたいなぁ。文明の利器であるスマホを駆使し、わたしはデートスポットを調べていた。
『クリスマス デート』で検索をかけるとクリスマスイベントをしているテーマパークや、イルミネーションが有名なスポットが出てくる。夕方からなのでテーマパークよりイルミネーションがいいかなぁ、と呑気に考えていると、スマホの画面が着信を知らせた。
そこにはとんと見ることもなくなった旭さんの名前が映し出される。やっとだ、やっと連絡がこないことを受け入れ始めた矢先だった。なのにこの人はどうしてこうもタイミング良く連絡をしてくるのだろう。
一瞬、本当に一瞬、無視をしようと思ったのだ。だけどそれをすれば本当に終わってしまいそうな気がして、次の瞬間には電話に出ていた。
「……旭さん?」
うかがうような声音だったと思う。だけどわたしのそれは旭さんの『あー、ひまりちゃーん?なにしてるー?』という不自然なほど陽気な声にかき消された。
「え、もしかして酔ってます?」
『酔ってなーい、酔ってないよー』
酔ってる人は必ずそう言うとどこかで聞いたことがある。それが正しいことが今実証されたわけだ。
「はい、酔ってないですね。で、どうしたんですか?」
『あはは、今面倒に思ったでしょー?ねぇ、うちにおいでよ』
「え……今からですか?わたし高校生ですけど、一応」
一応もなにも、バリバリの高校生である。そりゃ真っ只中ではないが、誰がなんと言おうと高校生だ。
その高校生のわたしにとって、20時は「行きます」と即答できる時間ではなかった。
『知ってる。会いたいんだ、一人でいたくない』
旭さんが弱っている。こんな旭さんは初めてだ。ダメ押しで『ひまりちゃんと一緒にいたい』とまで言われて、わたしは頷くしかなかった。
好きな人にこんなふうに熱烈に求められて、断れる強靭な精神力の人がいたら教えてほしい。弟子入りしたいから。
旭さんちの最寄り駅に着けば、改札の向こう側で柱にもたれた旭さんがこちらに手を振っていた。わたしもそれに振り返し、急いで駆け寄る。
「無理言ってごめんね」と言った旭さんからはお酒の香りがした。まだ21時にもなっていないし、なんなら電話がきた20時の時点でここまで酔っているということは、きっと飲まなきゃやってらんない何かがあったんだな。たぶんのぞみさん関係だな、と分かってしまうわたしが悲しい。
「大丈夫ですよ。家行ってもいいんですか?朔ちゃんは?」
「だいじょーぶ。1ヶ月ぐらい前に実家に戻ったから」
知らなかった。もしかしてあの兄弟喧嘩がきっかけだろうか?それなら朔ちゃんがわたしに言わなかったことも頷けた。
旭さんは徐にわたしの手を握り「あったかいねぇ」と目尻をふにゃりと下げた。旭さんの手はお酒を飲んでいた割に冷たい。わたしが来るまで駅でずっと待っていたんだろうか。
一人で心細く待っている旭さんを想像するだけで、なんかもうダメだった。今すぐ抱きしめたい。悲しくてつらいことなどもうないよ、と旭さんを傷つける全てから守ってあげたい。その願いは独りよがりなものなのかな。
旭さんちに入るなり、玄関で唇を重ね合わされた。なんとなく分かっていたが、あまりにも早急なキスにわたしの気持ちがついていかない。
「ま、待って。あさひさん」
「ごめん……待てない。余裕ないよ、僕」
余裕がないのは心だろう。早くセックスしたいなんて、それだけではここまでの余裕の無さは見せないと思う。
「大丈夫だから。わたしは逃げないですから。……のぞみさんと何かありました?」
「……なんで……あぁ、朔か。朔に聞いたの?」
まさかわたしの口から、しかもこのタイミングでのぞみさんの名前が出るとは夢にも思っていなかっただろう旭さんは目を見開いた。しかしすぐに納得し、落ち着いた表情を見せた。
朔ちゃんの名前にわたしが頷けば、旭さんは観念したように「のぞみ、結婚するんだって」と吐き捨てた。
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テーブルに出されたコーヒーに口をつけながら、わたしは旭さんの話を聞いていた。
のぞみさんには高校生の頃から付き合っている彼氏がいるらしい。彼氏の存在は知っていたが、そんなに長く付き合っていたとは知らなかった。
わたしがデートのドタキャンを食らった前日に、就職に伴う引越し先で揉めていたのぞみさんと彼氏。そこからなんだかんだあって、就職後に籍を入れることとなったようだ。そしてその報告をされたのが今日で、旭さんの初恋は本日めでたく?終焉を迎えた。ので、この落ち込みよう。ということだった。
「ね?僕ダサイでしょー。結局好きだってことも言えなかった」
これがあの旭さんなのかな?いつも余裕たっぷりで、人になんと思われようが気にしないような。"好きと言えなかった"と悲しげに笑う旭さんはわたしの知らない人だった。
「旭さんはかっこいいですよ。わたしには旭さんが誰よりもかっこいいです」
「……初恋が実らなくて酒に逃げて、ひまりちゃんに迷惑かけてんのに?」
「はい。泣きそうな顔してるのに泣かないとこも」
「ふっ、泣きそうなのバレてるじゃん!かっこ悪いよー」
ケラケラと笑い始めた旭さんに近寄り、そっと抱き締めた。それでも旭さんはやっぱり泣かなかった。だけどわたしを優しく抱きしめ返して、「そばにいてよ」と呟いた。幼い子供のような甘える口調に、あの日、公園で泣いていた朔ちゃんを思い出す。
「ねぇ、今日なんて言って出てきた?」
「え?エマ……友達のとこに行くって」
「……友達んちに泊まるって連絡して。今日は絶対帰さない。朝までそばにいて」
縋るように胸元に顔を寄せられ、わたしは苦しくてたまらなくなる。切なくて切なくて、愛しい。心が泣いているのだ。この人のそばにいたいと。この人の唯一になりたいと。
わたしが頷けば、まるでご褒美のような甘い笑顔とともに優しい口づけを落とされた。
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