朔ちゃんは青がよく似合う

3

 待ち合わせ場所に着く前に朔ちゃんの髪色が目に入った。色とりどりな街中でも朔ちゃんの青は一際目を引く。

 「お待たせしました」と駆け寄れば、そこはなんだか変な空気である。「っす」と短い挨拶を返してくれた朔ちゃんはいいとして、なんで旭さんはこんなに不満げな顔をしているのだろう。……兄弟喧嘩でもしたのかな?そう思ってしまうほどの不貞腐れ顔だった。


「旭さん……?」


 と顔を覗き込めば、やっと「おはよ」と返事があった。が、まだ目は合わない。いったいなんなの?困惑を通り越して腹立ってきた。

 そんなわたしの気持ちを察してか、朔ちゃんはすかさず「兄ちゃんが勝手にキレてるだけだから、ほっといて」とフォローに入る。ほんとに良くできた子である。それに比べて……とじとりと恨めしげに旭さんを見れば、朔ちゃんの言葉が耳に入ったのであろう「機嫌直しまーす」とにこりと作り笑顔を見せた。

 

 そもそもなんでこんなに臍を曲げてるのだろうか、と答えの見えない問いを考えていると「お待たせしましたー」と大きな明るい声と共に見知らぬ女の人が現れた。

 あまりにも大きなその声に、わたしだけでなく周りに居た人も何事かと声の主であるその人に注目する。大勢の視線を注がれた女の人は恥ずかしそうに肩を縮め「ごめんなさい」と周りに謝ったあと、わたしにも同じ言葉を口にした。

 この"元気!"としか形容のしようがないこざっぱりとした人が、今回のダブルデートにあてがわれた人物だな、と理解した。なるほど、たしかに旭さんが連れて歩く人とはイメージがかけ離れている。爽やかで明るく、飾り気のなさそうな人だ。つまり彼女からは全く『性』の匂いがしないのだ。


「はじめまして!香月のぞみです」


 彼女は旭さんと朔ちゃんを後回しにし、わたしにとびっきりの笑顔で自己紹介をしてくれた。あまりの陽の雰囲気に圧倒されながら「はじめまして。月島ひまりです」と差し出された手を握れば「かわいいねぇ……お人形さんみたい」と褒め言葉を並べてくれた。


「今日はありがとね、突然のことなのに」

「ううん!ちょうど暇してたからうれしー!朔の髪色いいじゃん!」


 この会話から察するに、のぞみさんは朔ちゃんの知り合いなのだろう。わたしにはつっけんどんな言葉遣いをする朔ちゃんが、のぞみさんへは心を開いているような丸みを帯びた話し方だ。

 盛り上がる2人を尻目に旭さんは相変わらずそっぽを向いて機嫌が悪そうだ。こんな態度の旭さんは初めて見る。たしかに性格に難ありだが、彼は人当たりは良いのだ。特に初対面の女性に対して。そんな旭さんがのぞみさんにはあからさまに興味を示していない。それどころかわざと目を合わせないようにしている。

 朔ちゃんが誘った相手は旭さんとは初対面、と勝手に思い込んでいたが、もしかして旭さんとも知り合いなのかもしれない。そんな結論に至った矢先、のぞみさんは「旭も元気だった?」と屈託のない笑顔で話しかけた。


「はぁ?見てわかんないですかね、元気です」

「はいはい。元気でなによりです」


 のぞみさんのなにが旭さんをイラつかせるのだろう。しかし耳を疑うような旭さんの口調に面食らったのはわたしだけのようで、当ののぞみさんはさらりと受け流した。し、朔ちゃんに至ってはそれを咎めることもせずに「じゃあ、行こう」とどこ吹く風である。まさかこれがデフォルトなの?!

 これは直ちに調査が必要だと、朔ちゃんの横に並ぼうとしたわたしの腕が何かに引っ張られた。わっ、と体勢を少し崩してしまうほどの勢いに、力が加わった先を見れば「ごめん……」と謝る旭さんがいた。


「?どうしたんですか?」

「ほんとに申し訳ないんだけど、今日のひまりちゃんの定位置は僕の隣ね」


 それは願ってもみないお願いであった。もしかして朔ちゃんはこうなることを予想して、のぞみさんを誘ってくれたのだろうか。そうならば朔ちゃんはなかなかの策士。しごでき朔ちゃんである。

 だけどこうなってしまったら、朔ちゃんにのぞみさんとの関係を聞くことは難しそうだ。もちろん旭さんには聞けない。ちらりと横目で様子を窺えば、旭さんは王子様よろしくキラキラ眩しい笑顔をわたしに見せた。




 日曜日のテーマパークは混みに混んでいる。アトラクションの待ち時間が1時間越えなんてざらだ。

 テーマパークへ向かう道中では、いったいどうなることやら、と思っていたが、蓋を開けてみれば長い待ち時間も苦にならないほどの楽しい時間を過ごせていた。それも偏にのぞみさんのお陰だと思う。

 のぞみさんは第一印象そのままのとても気持ちの良い人だった。話題も豊富だし言葉選びが丁寧で、人を不快にさせる要素がなかった。知れば知るほど素敵な人だと思う。だからこそ、顔を合わせたときから不機嫌な態度を貫いている旭さんが不思議でたまらなかった。


 お昼にしようか、と少し遅めの14時前にやっとレストランに入った。ほとんどの人はすでに昼食は済ませたみたいで、パーク内の人口と対照的にそこはがらりと空いている。

 入り口に立てかけてあったメニュー表で注文する料理は決めていたので、朔ちゃんが「まとめて注文してくるよ」とカウンターに向かう。「僕も行ってくるね」と旭さんが後を追ったので、テーブルにはわたしとのぞみさんの2人だけだ。

 もしかしてこれってチャンスでは……!?と閃き、旭さんがこちらに背中を向けた隙に「のぞみさんって、2人の幼馴染とか?ですか?」と問いかけた。待ち時間の話題の中で、恐らく幼い時からの知り合いだろうと見当はつけていたのだ。


「そうそう!あれ?聞いてなかったの?」


 やっぱり。思った通りの返事に「今初めて聞きました」と返せば「説明してなくてごめんねー」と全く悪くないのぞみさんが謝ってくれた。


「いえ、全然!幼馴染っていいですね。わたしいないので」

「そうなんだ!……まぁ、今日こうやって一緒に遊べたのは嬉しいね。私、来年には就職で引っ越すからさ」


 そうか。のぞみさんは旭さんの2歳年上の大学4年生である。就職まであと半年ほど。そんなのあっという間だろう。旭さんはどうか知らないが、のぞみさんに懐いている朔ちゃんは寂しいだろうな、とここからでも目立つ青い髪を見つめながら思った。


「ね、ひまりちゃんは旭の彼女なの?……それとも朔?」


 普通の声量でも2人に聞こえる距離ではないと思うが、のぞみさんは声を潜めながらわたしに問いかけた。わたしが彼らとのぞみさんの関係がずっと気になっていたように、のぞみさんもそうだったのだろう。


「……いえ、どちらの彼女でもないですよ。わたしの片思いです」


 誰に、とは言わなかった。きっとのぞみさんにはバレているような気がしたからだ。案の定のぞみさんは「旭は難しいよね……」と苦笑いをこぼした。幼馴染でもそう思うのだから、やはり余程なのだろう。


「旭さんって今まで彼女いたことあるんですか?」

「うーん、私も全部知ってるわけじゃないからなぁ……」


 そりゃそうか。幼馴染といっても旭さんのあの態度を見ていれば、のぞみさんに恋愛ごとを逐一報告していないことは明白である。わたしが「そうですよね」と小さく微笑めば、「でも、ひまりちゃんは旭の好きなタイプだと思うよ」とのぞみさんはまたこっそりと教えてくれた。


「ほんとですか……?」

「うん、ほんと!清楚で可愛らしい子、好きだもん」


 清楚系というだけで実際はそうではないのだ。旭さんと体の関係を続け、それに頭のてっぺんまでズブズブに浸かっている。そんなわたしを旭さんは好きになってくれるかな。のぞみさんの裏表のない純粋な笑顔がわたしの心に深く残った。




 のぞみさんは別れ際までのぞみさんだった。「楽しかったー!ほんとありがとね」と強く握ったわたしの手をブンブンと勢いよく上下に揺らし、「じゃあ、またね」と颯爽と人混みの中へと紛れて行った。彼氏の家へ行く、と言っていたので少しでも早く会いたいのだろう。それはのぞみさんの早足が物語っていた。


 3人になったわたしたちの間には微妙な空気が漂っている。このまま帰るにも、夜ご飯を食べるにも僅かに早い時間だ。友達とならカフェにでも行って時間を潰すところだが、このなんとも言えない微妙な3人ではこのまま解散かな。となんとなく考えていると、旭さんが「約束あるからもう行くね」と唐突にわたしたちの元を離れた。

 約束って、それ絶対女の子とじゃん!え、やだよ。それならわたしとしようよ、という考えの元、旭さんを呼び止めようとしたとき。それを阻止したのは朔ちゃんの白い手だった。

 腕を掴まれ思わず振り返ったわたしに、朔ちゃんが「やめとけよ」と明確な言葉で押し止める。それでも「でも……」と未練を表したわたしに、「まじで酷いことされるぞ」と脅しの言葉を繋げた。

 朔ちゃんは優しい。強めの声音とは裏腹にわたしが傷つくことを心配している。朔ちゃんは優しい。未だに掴む手も、わたしが力を込めれば抵抗なくするりと抜けてしまいそうなほどの強さだ。

 わたしはその優しさに応えようと「わかった、追いかけない」と諦めの言葉を口にした。それを聞いた朔ちゃんは、あからさまに安心した表情をする。優しい朔ちゃん。


 だけどね、朔ちゃん。わたしは酷いことをされたいのだ。爆発してしまいそうな感情を性行為に隠して誰かにぶつけるなら、それはわたしがいい。他の誰でもないわたしを選んでほしいのだ。

 そう言えば、朔ちゃんは理解できないとでもいう風に顔を歪めるだろうか。




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