朔ちゃんは青がよく似合う

2

 この男の頭の中はどうなってんだ?と思う。「朔と連絡取ってるらしいじゃん」と嬉しそうな顔をしながらわたしの上で腰を振ってるのだから、いよいよ人としての感情が欠落していることが証明されたわけだ。


「朔いい子でしょ?」


 相変わらずあなたは余裕そうですけど、生憎わたしにはそれに答えられるだけの余裕なんてないのだ。必死で頷いてそれを肯定し、「ねー、ほんと可愛い弟なんだよ」と楽しそうな新堂さんにしがみつきながら果てた。




「新堂さんも森ノ宮だったんですか?」


 情事後のシャワーを終えた新堂さんに質問をすれば「朔から聞いた?」と遠回しな肯定が返ってきた。


「いえ、なんとなくそうなのかな?って」

「そだよ、中学からね」


 新堂さんがプライベートの話をすることは珍しい。必要以上に、というかこちらが必要としていることさえも話してくれることはなかったからだ。そう考えれば、やはり自宅に連れて行ってもらったのってすごいことだったんだな、と感慨深くなった。


「あ、そういえば朔ちゃんから聞きましたか?」

「……今度のデートに付いて来てほしいってやつ?」

「そうです」

「聞いたよ、ど定番のテーマパークね」


 なんだか棘のある言い方にムッとなったが、それは恐らく早く帰りたい気持ちの表れなのだろう。たしかに今日はいつもよりゆっくりしている。これ以上機嫌を損なわれたらたまったもんじゃない。「わたしもシャワー行って来ますね」と急いで立ち上がれば徐に腕を掴まれ、ベッドの縁に腰をかけていた新堂さんに抱き締められた。

 突然の抱擁に心臓がうるさく拍動を開始する。どうしたんだろ……新堂さんに無闇なスキンシップをされたことなど一度もなかったのだ。困惑の色を隠さずに「新堂さん?」と呼べば、「朔だけ名前呼びなの妬けるなぁ」と拗ねた声を耳元で囁かれた。

 ほんとにずるい。その言葉に深い意味なんてないのだ。ただの気まぐれ。本当に嫉妬するなら他の男をーーそれが実の弟であってもーー宛てがうことなんてしないはずだ。だけど浅はかなわたしは分かっていながら軽率に嬉しくなってしまう。だらしなくニヤけてしまう頬を新堂さんの肩口で隠しながら、「旭さん」と呼べば「なーに?」ととびっきり甘い声で応えてくれた。





 休み時間にスマホを確認すると、朔ちゃんから『相手は見つかったのかよ』とシンプルなメッセージがきていた。この相手とは明後日行く予定のテーマパークに連れて行くもう一人の女の子のことだ。

 本来はわたしと朔ちゃん、そして旭さんの3人で行くことになっていたのだが、昨日突然「女の子もう一人連れて来てよ」と旭さんが駄々を捏ね出したのだ。まぁ、旭さんの気持ちも分からなくはない。旭さんからすれば弟のデートのお守りだ。そんなのつまらなさ過ぎる。そりゃもう一人女の子を連れて来てダブルデートしよう、となるだろう。


「エマ、日曜日やっぱり無理だよねー?」

「無理だって言ったじゃん!彼氏と約束してるんだって」


 わたしがエマにこのことで縋り付くのは2度目だ。昨日の夜も同じ理由で断られている。しかしわたしの友達で適任なのはエマしかいないのだ。

 仲の良い友達で彼氏持ちはエマだけだった。「旭さんが好きだから!」と伝えていれば他の友達も横恋慕することはないだろう。だけどわたしは、友達のことは信用していても旭さんのことは信用していない。絶対にわたしの友達に手を出すに決まっている。そしてあんなかっこいい旭さんに迫られればグラついてもおかしくない。……あれ?これって友達のこと信用してないよね、結局。……とりあえず!旭さんの誘惑をキッパリと断れそうなのはエマぐらいだった。

 

 「そこをなんとかー」と無理を承知でお願いするが、エマは「絶対無理!」と言って聞いてくれない。それどころか「そもそも、私その人嫌いだから」と旭さんに対して嫌悪感を表した。

 エマは軟派な男が嫌いなのだ。わたしから漏れ伝わる旭さんだけでこれだけ嫌っているのだから、実際に会えばそれはそれはストレスを感じるだろうと思う。


「もう2人で行けばいいじゃん、朔ちゃんと」


 半ば呆れ気味にエマは言い放った。エマとしては尻の軽い軽薄な旭さんより、この前ちらりと挨拶をした青い髪にピアスが目立つ顔をした朔ちゃんの方がオススメらしかった。


「朔ちゃん、いい子だったじゃん」


 そう言うエマはつい先日、わたしに連絡先を聞くために校門の前で待っていた朔ちゃんのことを思い出しているようだ。

 旭さんを介して連絡先を聞けばよかったものの、朔ちゃんはどうやらそれが癪らしかった。なのでわざわざ校門の前で待ち伏せしていたのだ。あの目立つ青い髪で。ジロジロと注目を浴びながらわたしのことを待っていた朔ちゃんを思い出すと、かわいいと思ってしまう。が、しかし、生憎朔ちゃんは恋愛対象ではないのだ。まぁあちらもそうであろう。なんてったってわたしはお兄ちゃんのセフレなのだから。


「それはそうだけど、わたしは旭さんのことが好きだから」

「……まぁそれは好きにすればいいけど。とりあえず、私は行けないからね」


 元々無理目なことは承知していたのだ。渋々納得し、朔ちゃんに『見つからない』とメッセージを返せば『わかった。こっちで探す』とすぐに返信がきた。




 その日の夜、朔ちゃんからかかってきた電話を取るなり「見つかったから」と言われた。主語がなかったが、もう一人の女の子のことだろう。


「ありがとね。……で、どんな子?」

「……兄ちゃんが苦手なタイプ」


 旭さんが苦手なタイプ?朔ちゃんの言ったことを頭の中で復唱するが、全くと言っていいほどピンとこない。女の子なら誰でも良さそうだけど……と、さすがにそれは旭さんに失礼だが、それは大幅には外れていないと思う。


「まぁ、見ればわかるよ」


 弟である朔ちゃんが言うんだからそうなんだろう。きっと朔ちゃんはわたしがヤキモキしないように、旭さんの苦手なタイプの女の子を誘ってくれたんだろうな。本当に良くできた子である。


「ありがと」

「……いや。じゃあ、また明後日な。気をつけて来いよ」


 朔ちゃんは用件だけを伝えると電話を終わらせた。




 その日わたしは夢を見た。青い髪した朔ちゃんが公園の遊具で一人泣いているのだ。その遊具は地元で有名なタコを形取ったもので、滑り台とトンネルがついている。そのトンネルの中の暗がりで朔ちゃんは泣いているのだ。

 わたしは胸が切なくなって思わず抱き締める。「どうしたの?ママは?」と問いかけたが朔ちゃんは首を振るばかりだ。「大丈夫だよ、怖くないよ」と抱き締めた腕にさらに力を込めれば、朔ちゃんは安心したように泣き止む。そんな夢だった。

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