第3話
しまった、と思った。
「なんであんな顔するんだよ……」
柊はぽつりと呟いた。口に出してから、自分が今言ったことの意味に気づいた。ただ、聖にあんな顔をさせてしまった自分が許せなくて、悔しくて、ダサかった。
柊は、12月の木枯らしの中をマフラーもしないで走って帰った。耳が冷たかったけど、風の音が自分の情けない気持ちにノイズをかけているみたいで都合がいいと思った。
「……柊……おい、柊!」
勢いよく肩を叩かれた。陽人だった。四時間目の世界史が終わって、ぼーっとしていたらしい。昨日はろくに眠れなかった。目を閉じてもやはり聖の顔が浮かんできて、自分の胸の一番深いところを確実に刺してくるようだった。
「うわっ、すげークマ。お前ここんとこなんか変だぞ?やっぱり……」
陽人の顔が急に近くなる。
「笹木さんのことか?」
陽人が耳許で囁いた。柊は驚いて勢いよく陽人を見上げた。
「はあ!?違っ……いや、まあ、そうだよ」
「ははーん、やっぱりな。おい、放課後ちょっと付き合え」
「……?お、おう」
「とりあえず、今はメシだ!」
そう言って陽人は一階の購買に向かって階段を駆け下りて行った。
放課後、柊と陽人は学校の最寄り駅前にあるマックに入った。二人ともいつものようにポテトのLとスプライトのMを頼む。
「で、何があったわけ?お前と笹木さんに」
陽人は普段はおどけたやつだが、こういう時の勘は妙に鋭い。柊は隠しても無駄だと思い、全部正直に打ち明けることにした。
「……ふーん、なるほどなあ。お前の今の気持ちはどうなの」
「……悔しい。聖にあんな顔、させたくなかった」
柊は強く拳を握っていた。
陽人は手に持っていたスプライトを置いて、柊をまっすぐ見て言った。
「お前、本当に自分の気持ちに気づいてないのか」
「な、なんだよ急に」
「笹木さんのことだよ。これ以上は言わなくてもわかるよな」
陽人の強いまなざしに1mmも動けない。柊は言葉に詰まった。柊だってうすうす気づいていた。自分の持つ聖への気持ちが、ただの幼馴染への友情ではなくなっていることに。でも、この気持ちに確信を持たないよう、わざと考えないようにしていた。この気持ちを自覚したその瞬間、聖と『幼馴染』ではいられなくなると思ったからだ。そしたらもう二度と前のような二人には戻れない。それは柊にとって最も恐るべきことだった。
「……わかってるよ、そんなの。でも、だからって認めるわけにはいかないんだよ」
「それって自分に噓をつくってことだろ?逃げるのか」
「違うっ……!」
「何が違うんだよ!お前は怖いだけだろ?自分の気持ちを認めるってことはつまり、前の関係には戻れなくなるってことだから。でも、それがなんだよ。そんなの逃げる理由にはなんねえぞ。覚悟決めろよ。ただの幼馴染なんかやめちまえ」
陽人はいつの間にか立ち上がっていた。すべて言い終わってからそのことに気づいて、周りの冷ややかな視線とともに着席した。
「ま、まあ、俺が言いたいのは、自分の気持ちから目をそらすなってことだ」
二人の間にしばらく沈黙が続いた。柊は残りのスプライトを一気に飲み干した。そして、陽人の目をまっすぐ見て、一つ、力強く頷いた。
店を出た二人は駅までの5分間、一言もしゃべらなかった。駅に着いて、階段の前まで来たところで柊が口を開いた。
「陽人、さっきは、ありがとな」
「ん、おう。いいってことよ。ありきたりな言葉だけど、後悔だけはしないようにな」
陽人がいつもようにニヤッと笑う。
「今の柊、いつも1.5倍かっこいいぞ」
「おい、1.5倍って微妙だな!そこは10倍とか言うところだろっ」
柊が勢いよくツッコむと二人はお互いに大声で笑った。柊は陽人が親友でいてくれてよかったと、ひっそり心の中で感謝した。
「あ、陽人。俺寄ってくとこあるから今日はここで。じゃあな」
「おう、じゃあなー」
柊は駅地下の雑貨店に入った。入口のすぐ横には、クリスマスプレゼント用だと思われるマグカップや置物などが並べられている。
柊はそれらにはわき目も降らず、店のレジ横に位置しているカード売り場へと向かった。そう、柊は聖に渡すクリスマスカードを買いに来たのだった。
カードはさまざまな種類があり、開いたら立体的になるものや音楽が流れるものなど、どれもクリスマスにふさわしい華やかなものばかりだった。ふと、棚の左下の方にある一枚のカードが目に入った。カードの真ん中には雪の積もった大きなクリスマスツリーがあり、その周りを動物たちが囲みながらみんなで歌っている絵が描かれている。幼稚園の頃、聖と一緒にこんな絵本を読んだっけなとおぼろげに思い出した。
(よし、これにしよう)
柊はそのカードを購入し、家に帰った。翌朝、柊は前よりすっきりとした気持ちで目覚めることができた。
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