第2話
12月17日。クリスマス一週間前。柊が聖へどうやってカードを渡すか考えていた時、その衝撃的なニュースは彼のもとに飛び込んできた。
「聖ちゃん、告られたらしいよ。ほら、三組の松井君だっけ。昨日渡り廊下のとこで、ユリカが見たって」
「え、まじ??松井君ってあのめっちゃイケメンの人だよね?えー、意外。てか、う
らやましーい」
柊の斜め後ろに座っている女子たちが小さく、でも確かに黄色い声で囁いた。机に突っ伏して寝たふりをしていた柊には、その声は聴くに容易かった。
「え……!?」
思わず声が出る。勢いよく振り返った柊を、女子たちが不思議そうに、怪訝そうに見た。笑ってごまかし再び前を向く。柊は急いで教室中を見渡す。素早くスライドしていく視界に、彼女の姿はない。トイレから戻った陽人が焦りと動揺が溢れ出ている柊の顔を見て、驚いて駆け寄ってきた。
「おい、なんだよその顔。今日で世界が終わるって顔してるぞ。大丈夫か?笑」
「いや、大丈夫じゃないかも……」
柊はその日、授業が終わるとすぐに家へ帰った。
彼は焦っていた。聖はもうすでに返事をしたのだろうか。もしOKしていたとしたら、クリスマスに仲直りするという計画は水の泡だ。自分は付き合いたてほやほやのカップルの邪魔をするほど、心に余裕はない。
柊は自分がカップルという言葉にとてもぞっとしていることに気づいた。聖と松井が二人並んでいるところを想像する。しかし柊はとても嫌な感じがして、すぐに考えるのをやめた。柊は今思い浮かべたイメージをかき消すように、数学のワークを開いたが、しばらくするとそのまま机で寝てしまった。
次の日、聖はいつもと変わらない様子だった。何人かの女子は聖にちらちら目線を向けながら話していたが、さすがに本人に直接聞くようなことはしなかったようだ。
一日は何事もなく過ぎていった。放課後、下駄箱で靴を履き替える聖の姿が目に入った。柊は考えるよりも先に、彼女に話しかけていた。
「ちょっと今、いいか」
「え?う、うん……」
聖は目を丸くさせて、履きかけのローファーにかかとを突っ込んだ。
二人は校舎横の花壇のベンチまで移動することにした。校長が趣味で植えているまだ花の咲いていないクリスマスローズが二人の横に広がる。
「なあに、急に。なんか、久しぶりだね。話すの」
「お、おう。あのさ、」
聖の顔をまっすぐ見れない。告白されたって本当か、たったこれだけが聞きたいのにうまく声に出せない。
(そもそも、聞いてどうするんだ?松井なんかと付き会うなよ、とでも言うつもりか?俺のどこにそんな権利がある?ああ、なんかいらいらしてきた。俺って、情けないな。本当に。)
「告白、されたんだろ?」
ついに言ってしまった。聖が、えっ、と小さな声で言うのが聞こえた。
「……うん。てか、なんで柊がそのこと知ってるのよ。冷やかしでも言いに来たわけ?」
「ち、違うよ。まあ、風の噂ってやつ。俺より先にリア充になりやがってよー」
「あー……、実はまだ、返事してないの」
(えっ。)
柊はこの時、心のどこかで安心していた。自分では気づいていなかったこの安心感が、柊の慎重な思考を鈍らせたことは明らかだった。
「そっか……。もう返事は決まってるのか」
聖は右斜め下を見ながら、少し困った顔をしている。
(今のはちょっとまずかったか。)
柊は慌てて今言ったことを取り消すように、少し早口で付け加えた。
「まあ、よかったじゃん。俺は祝福するぜ?俺もさっさと彼女作らないとなー、なんてな」
柊はなるべくライトな雰囲気になるようにしたつもりだった。
でも、結果は柊の予想とは正反対のものだった。柊は聖がとても悲しそうな顔を一瞬見せたのを見逃さなかった。すぐに元の顔に戻ったけど、彼女の瞳はうっすら潤んでいた。
「……帰る」
そう言うと、聖はベンチに置いたかばんを乱暴に拾ってそのまま走り去ってしまった。ローファーが地面を叩く音が妙に大きく聞こえて、しばらく柊はその音に縛られて動くことができなかった。柊の頭にはさっきの聖の顔が否応なしに浮かんできて、映画の一番衝撃的なシーンが何度も繰り返されるような感覚に陥った。それは家に帰ってからもなかなか消えなかった。
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