第2話

「ゲロ」2


 運河を渡る最終電車を眺めているときに“死んでみるか”と思った。医者から処方されている睡眠薬を全部飲んだら逝けるんじゃ無いかとアパートに着いて部屋を掃除して風呂に入ってタバコ吸って遺書は書かないで睡眠薬を全部飲んでみた。

 一時間もしないうちに眠気が来て“お!逝けるかな”と期待してベッドに入った。ヘビがたくさん出てくる夢を見た。顔も解らない友人をおとりに使ってわたしはヘビから逃げたが足元にはヘビがたくさん居る。寂れた神社の入り口にある電話ボックスへ逃げた。ヘビからは逃げられたが顔の無い人間が電話ボックスのガラスに寄り掛かってきている。わたしは夢から覚めたくなって自分の名前を叫んだ。しかし、自分の名前が思い出せないのである。そもそも自分はなんだ。わたしは人間なのかわたしも顔が無いのでは無いか、足元から不安が全身を覆い尽くす。


 そして目が覚めた。


 無機質な部屋は朝陽に照らされて小さなテーブルに冷めた珈琲がある。

 信じられないくらいに目の前が鮮明で頭の中がクリアになっている。わたしの視界はこんなにも開けていたっけと部屋の中を隅々まで見渡した。


 冷めた珈琲を飲みながら窓から外を見渡した。

 国道を走り去る大型トラックの運転手がニコニコしている。会社に帰ってタイムカード押して家で待つ奧さんの手料理を想像している。ウーバーイーツの兄さんが昨日出来た彼女を想い自転車を漕いでいる。

 わたしはゲロを吐いた。

 1階で洗濯物を干している女の人へ掛けてしまった。


 わたしは慌てて1階へ行って女の人へ謝った。土下座した。何度も謝った。そして顔を上げると中学の時にフラれた女だった。女もビックリしている。


「アタシ…ずっと後悔してた」

「ほえ?」

「あの時に貴方と付き合っていたらと後悔してた」

「え?」

「ここで貴方と会えるなんて」

「なんだ?」

「アタシもずっと好きだったの……なのに周りに冷やかされると思って断ってしまったの……」

わたしは立ち上がり立ち眩みしてまたゲロを吐いた。


 良い失敗は取り戻せる。

 取り返しの着かない失敗はトラウマとして一生付き纏う。虎と馬が後を永遠に着いてくるのである。


 ゲロを吐いたのは良い失敗でこの女がわたしをふったのは取り返しの着かない失敗である。

 二度目のゲロは自分の足に掛けてしまった。


つづく

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