たったひとりのひと、さぁ手を出して。

茶子

振り向いて、泣かないで





成緒なお〜」

「んー?」

「お前んとこのお姫様、まぁた振られてたぞー」

「んー。」




二限目が終わって、5分。急に俺の席の前に座ってきたのは、長年友だちの由樹よしき…だっけ。あってるわ。


楽しそうな顔して、椅子に跨り背もたれに両腕と顎を乗っける。俺をじーっと見てくる色素の薄い目は、相変わらず読めない。



「んー、じゃなくて。いいの?そのうち持ってかれるかもよ」

「持っていかれるもなにも、元々俺んじゃねーし」

「くぅ〜、切ないねぇ」

「んー。」



だるく返事を返すと、ニマニマ顔が更に崩れる。だる。心臓がドクンと嫌な音をたてるがが、俺自身はそんなことにも気づかない。気づいたからって何も変わらない。



「あ、きた」




大きい足音、ガンッと打った音。悲鳴を噛み殺す喉の音、鼻をすする音。どれだけ音がしても聞き分ける自信のある、クリアな…


「もーーーー!なぁおおおお!」



少しハスキーな、声。



「おーおー唯一ゆいさん、またですかな?」

「友人A!」

「…Aなの、俺。名前覚えてよ」

「ねぇ成緒!またふられたぁぁ」

「んー。」

「クールだねえ」

「いつものことだろ」

「そーだけも。」

「だけもって新し」

「…二人の世界?ちょっと、もー!」

「まぁ落ち着けよ唯一。とりあえず昼飯奢るから、学食」

「え、まじ?やったぁ!」






日常的なことだ。

これが続いていくのかもしれない。

一生見せることはないのかもしれない。




でもいいのだ、これで。




















「で?今日なんでいつもと違うの」


唯一が徒歩だから、それに合わせて自転車を押す。ふたりで帰るのなんていつものことで、唯一も当たり前のように隣を歩いている。



「なんでかなぁ…わかる?」

「まぁ、雰囲気」

「っはは!成緒しかわかんないよー…」

「そんなことないと思うけど」

「…先輩、好きな人出来たんだって。だから本当に無理になっちゃった…」

「…まぁ、3年も好きだったんだし、もういいんじゃない?」

「うん、まぁ、そうなんだけど…」




チリチリチリ。自転車からする音は、妙に悲しく響く。無言の空気はいつにもなく冷たく、頬をちくちくと刺した。



唯一は前を歩く。俺は、












「…泣かないでいいよ」






つけ込むことも、当たって砕けることも、優しくすることも…できない。




振り向いて








「泣いてないもん、…」










振り向いて

















「っ、泣いてない!」













背中が夕日に溶けて、今にも消えてしまいそうな声が、震えが、影を揺らしていた。









「振り向いて、唯一」

「いやだ」

「唯一、ねぇ、泣かないで」









振り向いて、泣かないで











俺はとても意気地無しだ。

…だって、抱きしめることもできない。






「…ほんと、なんもないから」


笑った顔が振り向いた。

とても大きく、強く感じた。

…かなわないなぁ、と、胸を締め付けた。




「うん」




ふたりで帰路を進む。

いつか、いつか


…いつか俺に意気地ができたら、君に手を差し伸べたい。








たったひとりのひと。

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たったひとりのひと、さぁ手を出して。 茶子 @hgsjn

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