お肉の配給とその噂
『皆様、今年一年を過ごせた事への感謝として特別配給がありますので是非とも配給所へお越しください』
そんな無機質なアナウンスが朝からスピーカーに流れる。その音で起こされた俺はたまったものではないのだが、とにかく朝食用の固形食料をかじりながらその放送を聞いた。
しばらく聞いていたところでリリーも部屋から出てきた。
「お兄ちゃん、結構景気のいい話ですね」
「そうだな、特別配給ってなんだろうな?」
リリーは少し考えてから俺の手を取った。
「考えるよりさっさともらいにいきましょうよ!」
俺は引かれるままにトンネルを歩いて行く。普段はこんなに多くの人を見ることはないのだが、毎年行われる年度記念品はそれなりに豪華なので楽しそうに歩いている人が多い。
会う人に会釈をしながら俺たちは配給所への道を進む。なんだか帰ってくる人が嬉しそうに袋を持っているが、その持ち方からそれなりの重量があるものだと分かった。
「案外、期待できそうだな」
「ですね」
そんな会話をしていると配給所が見えてきた。遠くからでも分かるほどに行列が出来ている。
皆無言で行列に並び、先頭が袋をもらってくる度に嬉しそうな顔をした夫婦が出て行く。久しぶりにまともな食事が出来るかと僅かな希望が生まれてきた。
「次の方、どうぞ」
俺たちの順番になったので部屋に入る。通り一遍の身体スキャンのあと、問題が無いのを確認して配給が俺たちに渡された。
「どうぞ、昴さん、リリーさん」
「ありがとうございます」
「ありがと」
ずっしりとした袋が俺たちに渡される。少しの間どちらが持つか考えた結果、持ち手を二人で一緒に掴んで運ぶという方法で落ち着いた。
「重いな」
「いいことです」
重いというのは決して悪いことではない。食料や日用品がたくさん入っているならそれは嬉しいことだ。
「運営も随分と奮発したものだな」
「そりゃそうでしょう、私たちは明日をも知れぬ身ですよ? 一年というのが重いことくらい分かるでしょう」
「明日をも知れぬ……か……」
実際、人間は緩やかに微減している。増えることもあるので大体横ばいではあるが人類の未来が明るいとは言いがたい。コバルト爆弾などで汚染された地上は僅かな生き物が適応して生きているだけだった。
「お兄ちゃん、おいしい食事が出来そうですね!」
「そうだな」
何が入っているかは不明だが食料がゼロと言うことはないだろう。味のあるものが酷く懐かしかった。
帰宅後生体認証でドアを開けてドサリと袋を置く。楽しそうに袋をビリビリとリリーが破いていった。
「おお! お肉ですね! パン粉やスパイスまで入ってます!」
「すごいな!」
「ええ! これはいいものですね……なになに……ハンバーグの作り方?」
一冊の冊子が一緒に出てきた。昔は家庭で簡単に作ることが出来た料理だ。
「ほぅ……ふぅん……へぇ……」
何やらリリーは内容物を調べながら奇妙な顔をした。
「お兄ちゃん! 今晩はハンバーグを作ってあげますね!」
「お、手料理か?」
「はい! 期待していてくださいね!」
そう言って食材を持ってキッチンに立った。俺が手伝おうかというと『結構です』と一蹴された。なんだかその時の反応は奇妙なもので、俺が料理が下手とかそう言った理由ではなく、何か気まずいものを感じて俺を拒否したようだ。
じゅうじゅうと野菜が焼かれていく。久しく使うことのなかったボウルに肉とパン粉、調味料と炒めた野菜を入れて一つの大きな肉塊を作っていく。その手際は見事なものだった。
マニュアル通りに、大きなハンバーグを一つ作った。
それを俺の前に置いて言った。
「ではお兄ちゃん、どうぞ」
「え!? だってこれ二人分じゃ……?」
「私は構いませんので全部食べてあげてください」
「ええ? いや……だって、肉だぞ? 次いつ食べられるか分からないだろ?」
「お兄ちゃんのために全部あげたくなったので気にすることなく食べちゃってください!」
そう強く言われて俺はハンバーグを食べながら、目の前でリリーが固形食料をかじっている。
「リリー、我慢してないか?」
「いいえ全く」
きっぱり否定して自分の食事を進めていった。俺は美味しい肉を満足いくまで平らげることが出来た。
「なあ……本当に一人で食べて良かったのか?」
「多分お肉もお兄ちゃんに食べられて満足していますよ」
なんだか釈然としないものを感じながら俺は食器を洗うことにした。結局、なぜリリーが肉を食べなかったのかは分からなかった。
そうしていつも通りに俺は眠ることにしたのだった。その日は満腹感があり、美味しそうに眠ることが出来たのだった。
――
「うぅーん……」
私は美味しそうな香りを漂わせていたお肉をまとめてフイにしてしまったことを少し後悔していました。正直に言うとお肉はとっても食べたかったですし、断るのは辛かったです。しかし……
「大豆とレンズ豆ですか……」
私はお肉の原材料表を見たときによぎった嫌な予感をどうしても拭うことが出来ませんでした。
もちろん動物性のお肉ではなかったことが不満なのではありません。原材料が不穏すぎるのです。
「気にしすぎでしょうか……」
私はモヤモヤしたまま眠ることにしました。昔々の書籍に書いてあった冒涜的なその食料を私はどうしても食べる気がしませんでした。
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