人類が少し増えた日、野菜炒め

『速報! 速報! 本日三人のお子様が生まれました! 記念品の配布もあるため配給所へこぞってお越しください!』


 俺がリビングでスピーカーに耳を傾けていると、愉快そうな顔をしたリリーが部屋から出てきた。


「随分と景気のいい話じゃないですか!」


 そう言って楽しそうにするリリーに、三人も増えたときの配給がどれくらい奮発されるのか楽しみにしているのは黙っておいた。


「結構な人数が増えたな。配給がどうなるんだろうな?」


 人類が増えた、大変結構なことだ。ついでに配給も豪華にしてもらえると非常に助かる。出来れば食べ物だとありがたい、娯楽でもまあありがたい、日用品については配給で困っていないのでやめて欲しい。


「絶対食べ物ですよ! 三人も増えたんですから報酬も豪華なものに決まってます!」


 人類が三人増えた。前世紀であれば誤差の範囲内だっただろう事でも現代では盛大にお祝いがされる。


「俺はテレビゲームが良いかなあ……退屈すぎるんだよなあ……」


 食べ物の他に娯楽用品も是非欲しい。書籍は検閲され人生賛歌しか発行されず、流される映像は子どもの作り方、大変つまらないことこの上ない。


「お兄ちゃん……」


「なんだ?」


 リリーがなんだか真剣な目つきで言ってくる。


「そんなこと言ってるとエロゲが区民に配布とかされかねないので素直に食料にしておきましょうね?」


 人類を増やすためとは言え娯楽の収斂は酷いものがある。どうやったって子どもを作れという圧を伝える内容をディスプレイに流し、人生は素晴らしいと書籍で説いている。現実を見ろとも言いたいところだが、現実はどうしようもないクソなので夢を見させるのも悪くないのかもしれない。


「そうだな、食べ物に期待しておこうか」


 朝ご飯のブロックを食べながら、まともに味のついたものが食べられるかもしれないという期待は今食べているものを酷くみすぼらしいもののように思わせてくれた。とはいえ、平気で期待と違うものを配布することがあるのには定評のある運営なので何が配られるかは神のみぞ知るといったところだ、それでさえも、神がいるとするならば、だが。


 モソモソしたブロックを口に突っ込んでかみ砕いてからコップの水をゴクリと飲んだ。お世辞にも美味しいとは言えないものだが、生きていくためにはしょうがない物だった。


 リリーの方も同じような食べ方をしているが食べ終わってからうんざりした顔で言う。


「いい加減この固形食料以外のものが食べたいんですよ! まともな食料は子ども達にほとんどが回されるんですよ?」


「俺らだって昔はその恩恵にあずかってたじゃん」


 そう、親の虐待等を防止するために子どもはある程度経ったら育児センターで集団保育される。そこでの食事は人間的であり、人権のある食事と口さがない人は呼んでいた。


「何にせよ、行ってみないと分からないものだな」


「そうですね、行ってみますか」


 俺たちは配給所に向かうためよそ行きの服に着替える、別にいつもの服でも他の人との関わり合いがほぼ無いので問題無いのだが、こういうハレの日には験を担ぐという意味で正装をすることにしていた。


「お兄ちゃん、似合ってますよ?」


「そうかい、お前だって似合ってるぞ」


「私はいつもの服の方が楽なんですがねえ」


 そんなことを言い合いながら自宅を出てトンネルを配給所に向けて歩いていく。


「お肉、は無理ですかねえ……」


「まあキツいだろうな、牛も豚も大体大戦で全滅したからな」


「生き残りを養殖しているんでしたっけ? 早いところ食べられるようにして欲しいものです」


 俺も僅かに肉を食べた記憶があるのは育児センターにいた頃だけだ。感動的な美味しさだったような気がするが、それを思い出すと普段の固形食料が食べられなくなりそうなのでその記憶に関しては脳内に蓋をしていた。


「さて、あの様子だと食べ物だろうな」


「ですね」


 配給所はごった返していた。基本的に配給が豪華なほど人はたくさん集まるのだがあの人数が集まるならそれなりの食料であろう事が予想できた。


 俺は人が落ち着くまで隣のベンチに座って待っていた。時折持って帰っている人もいたが、配給品についてはおおっぴらに話せないので俺たちに向けてニヤリと笑うのが精一杯だった。しかしそれだけでも配給ががっかりするような品物でないことは予想がついた。

 しばらく経って我先に飛び込んでいた人たちが一通り去ったので列が作られた。俺たちもそれに並んで配給を受け取る準備をする。


 俺たちの順番が来ると健康診断の簡易スキャンを行って問題無いと表示され配給品が渡された。珍しく二つの袋があり、片方は小さいのにそれなりの重さがあった。もう片方は大きさと軽さから考えるに固形食料だろう。


 もちろんリリーが小さい方を持ちたいと言ったのでそちらを渡して帰途についた。


 帰っている間ずっとその袋を回したりひっくり返したりして重さから何が入っているのかを推察しようとしていた。


 しかしそんな予想を立てるより早く自宅に帰ってきたので生体認証のドアを開けてテーブルに二つの袋を置く。


「さて、どっちから開ける?」


「大きい方ですね」


 予想通りだった。中身の予想がつくものを先に開けてしまえばもう一方は期待が持てるというものだ。


 俺は大きい方の袋をビリビリと破くと固形食料の塊が出てきた。


「いつもより一割増しって所かな?」


「こんなもの増量されても嬉しくないんですがねえ……」


 その考えはごもっとも、しかしまだ小さい方の袋は開けていない。こちらが豪華な可能性は十分にある。


「じゃあ本命の方を開けるか」


「待ってください! ここは私に開けさせてください!」


「まあ別に構わんが……」


 慎重に、包んでいる紙が破れないように開けていくと中から緑色をしたものが出てきた。


「野菜か……」


「野菜ですね!」


 リリーは大喜びでキャベツの玉をもってためつすがめつしていた。


「何を作るかな……」


「お兄ちゃん、ここは私に任せてください! 野菜炒めを作ってあげましょう!」


「え!? 料理できるの?」


 料理が出来る人は非常に珍しい。育児センターの料理番と、一部の人間に割り当てられた料理人くらいだろう。


「私はイメトレバッチリですから!」


「じゃあ任せた」


 イメトレで料理が出来るのかという不安もあるが、俺が作っても大して変わらないであろうからやる気があるリリーに任せた。


 お湯を沸かすときくらいにしか使っていなかったコンロにフライパンが置かれている。それは普通の使い方のはずなのだが、焼くものが無い時代に於いては酷く奇妙な光景だった。


 幸いなことに植物に頼らない塩等の調味料は存在している。化学調味料も作れているのでなんとか野菜炒めに味をつけることは可能だろう。


 ザクザク切った様々な野菜をフライパンに放り込みジュウジュウと炒める。そこに調味料を振ってしんなりしたところで完成だ。


「さあお兄ちゃん! 食べましょうか!」


「そうだな、いただきます」


「いただきます」


 久しぶりに本気で頂きますと言ったような気がする。固形食料にも時々頂きますとは言うが、あくまで習慣であってそこに感謝などと言うものは存在していなかった。しかし今日は違った、みずみずしい野菜を食べることが出来ることに心から感謝した。


 キャベツを口に運ぶと塩気とさわやかな苦味、そして溢れる野菜の水分が口の中に広がった。食べながら水で流し込まなくてもいい食材というのがどれだけ恵まれているのかよく分かった。


 ピーマンや人参も食べていき、味があると言うことがこれほどまでに貴重なことであると感動したのだった。


「ごちそうさま」


「ごちそうさま」


 二人で食事を終えて食器を食洗機に入れる。固形食料の時は使わないので食洗機が稼働するのは一体いつぶりだろうかなどと考えてしまった。


「野菜って美味しいんですね……」


「味のついたものなら大抵なんだって美味しいさ」


「正直アレが毎日食べられるなら子どもを作るのもやぶさかではないですよ」


 感動からそう言ったのだろうが言ってから顔を赤くして自室に戻っていった。


 俺は名前も知らない三人の乳児に感謝しながらそれを見送ったのだった。

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