雨が降った日

 朝起きると外が騒々しいことになっていた。どうやらデモ行進をしているようだ。俺には全く関係ないので放置を決め込んで窓にフィルタをかけて外の光景を遮断した。


「お兄ちゃん、なんだかうるさくないですか?」


「ああ、物好き達が行進してるんだ」


「ああ、定期的に沸きますよねアレ」


「まあ飯がこんなだから文句の一つも言いたくなるのは分かるんだけどな」


 連中の掲げている看板には『まともな食事を!』と書かれていた。不味いのは否定できない事実だが、それについて文句を言ったところで改善できるほど地上のリソースは無かった。


「朝ご飯にしましょうか、あの人達がこの食事をまともなものにしてくれるように祈っておきましょう」


「そうだな、確率はゼロじゃ無いからな」


 無駄だと言うことはみんな薄々分かっているというのに、文句を言わずにはいられない、そんな人の性分があの行進をさせていた。


「しっかし、何年あの手の行進をやれば理解するんですかねえ……私が育児センターを出てから毎年やっているような気がするんですが」


「あの人達が言うには飯が年々不味くなっているらしいぞ。世代交代しても同じ主張をしているらしい」


「ご苦労なことで、結構なことだと思いますがね」


「そうだな、味なんてしないもんな」


 無味無臭。固体で水分が極端に少ないブロック。それが俺たち皆の食べている食事だった。育児センターにいた頃は嫌いな食事が出ることもあった、今ではその不味ささえ懐かしく思えてしまう。


 不味いなんて概念さえも贅沢なものになってしまったのが現在の食生活だ。


 しかし、それでも生きていけるのだからそれでいいではないかというのが現在の市民たち大半の意見だった。少なくともこの食事に我慢をしていれば栄養素が全部入った食事が一日三回無償で食べられる。厳しい労働をしてまで美味しい食事を求めないという人が大勢を占めていた。


「お兄ちゃん、アレに参加しようと思いますか?」


 俺は首を振った。


「まさか、あんなものに参加したって良い事なんてないだろう? 運営が食料生産ラインをギリギリのところで動かしてるんだぞ、それを壊そうなんて思わないよ」


 運営だって不味い食事を進んで出そうとしているわけではない。食品にできるものを何とか生産して誰にでも食べられるものとして出しているのだから、それに文句をつけてもどうにもならない。


 人口の維持のためにああいうことをやっても逮捕や拘束はないが、無駄に歩き回って腹を減らすだけだ。


「あの人達の向かってる方向は運営の支部ですね」


「面倒なところに突っ込む人たちだなあ……もっと世間に流されて生きていけば良いのに」


「見てる分にはエンタメなので良いんじゃないでしょうか?」


 どこまでもドライなリリーだった。


「お前は成功するとか思ってるのか?」


「まっさかー! 私は人の心が折れるのを見るのが好きなんですよ」


「結構な性格をしているなあ……」


 俺の妹の性格が悪すぎる件について。


 とはいえ俺も全く成功する未来が見えないので在りし日なら野良猫の喧嘩でも見るような目つきで見ている。それと成功しないと分かっていても大きな目標にチャレンジする様は感動をさせてくれる。たとえ失敗するとしてもだ。


「お、中継が支部に移りましたよ」


「そこまで行く気力はあったのか、結構頑張るじゃないか」


 支部の前で大声を上げている人たち、彼らは普段しない運動で息が上がっており叫ぶのも苦しそうな有様だった。


「どのくらい持つだろうな?」


「すぐでしょ、あそこから人が出てきたためしがないじゃないですか」


 運営支部には職員がいないのではないかともっぱらの噂だ。あそこを運用しているのはコンピュータではないかという噂まで立っている。


 そうして一人、また一人と体力の限界に達して帰宅していった。しかし残った一人の男が何かを訴えていた。ちなみにアジテーションを聞かせるのは悪影響と言うことで現場のマイクはオフになっている。


 その抗議は昼頃まで続いたのだが、粘るなと思っていたら、ポツリポツリと雨が降り出した。もちろん湿度調整のための人工降雨なのだがそんな予定は入っていなかった。


 珍しいことだなと思っていると字幕がディスプレイに出た。


『現在システムトラブルにより雨が降っております。屋外にいる方は速やかに屋内に入ってください』


 同じ事を外のスピーカーでも流しており、どうやら面倒くさくなった運営が適当な理由をつけて排除する気になったようだ。


 さすがに雨には参ったらしく、支部の前で必死に主張していた男も支部の裏から出てきた自動運転車に乗って帰宅をしていった。こうして名前も知らない集団の抗議はあえなく鎮圧されたのだった。


 余談ではあるが叫び続けて汗だくになっていた男は医療処置として生理食塩水を飲まされたのだが、その時に『こんなに上手い水は初めて飲んだ!』と言ったらしい。どうやら日常的なものであっても状況によってはとんでもなく美味しく思えるものだと言うことが結論だった。


 その晩、家庭のディスプレイにアンケートが出た。


『あなたのご家庭では食事に味がついた方がいいと考えますか? 赤と青のボタンでお答えください』


 そう表示され味のある食事と味のない食事の材料が表示された。されたのだが……


 味の無い方のブロックの素材はタンパク質や脂質、ビタミン等全て工場で合成しているもの。現在作ることが可能な味付の料理の内容は……よく分からない虫や深海を泳ぐグロテスクな魚、地中から出ることのないワーム等だった。


 一応リリーにも意見を聞いておいた。


「まあ、味があるだけマシって人もいるんでしょうけど、これはちょっとキツいですねえ……」


 ちなみに現在ドーム外で生産されている農作物は育児センターへの配送がほとんどで、まともに食べられる食事となると核戦争を生き残った深海や地中の生き物がほとんどだった。


「じゃあ『考えない』の方で送っておこうか?」


「そうですね、一度は食べてみたい気もしますが……多分一度食べたら二度と食べなくていいと思いそうですからね」


 どうやら、人類がまともな食事をすることが出来るようになる時代はまだまだ先になるようだった。

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