新人のストライキ
その日、配給所では皆イライラしていた。原因は一つ、新しく配給が狩りに任命された担当がストライキを起こしたとのことだった。
「おい! このガキを無視してさっさと配給しろよ!」
「申し訳ありません。この担当が責任者でして……許可なく配給物の支給は出来ないんです」
「我々の待遇改善を求める! 我々は道具ではない! 生きている人間なのだ!」
勇ましくそう吠え立てる新人達を生暖かい目で見る配給担当さん達『新人らしいわねえ……』などと呑気に水を飲んでいる。
俺たちはといえば……
「おい! この前ここら辺で交換したんだがよ、カードがあるんだ! いっちょ遊ばないか?」
「良いじゃねえか退屈してた所だ」
「私も参加しましょうか、どうせ直に折れてしまいそうな人でしたし」
「私も参加するー!」
この前リリーが売ったカードが大盛況を博していた。テラ銭をとって(紙幣)硬貨をかけて勝負をしている。どちらも現在ではほとんど価値をなしておらず、紙幣には紙としての価値、硬貨には金属としての価値くらいしかないのだが、娯楽に飢えている連中を集めてこうして待たせれば大騒ぎが始まることはいうまでもなかった。
「では私も参加しようか! なに、直に彼も意見を変えるだろう」
「私も参加します、どうせあの人が意見を変えるまで暇ですし」
なんと配給係まで参加してしまった。哀れにもストライキをしていた彼は一人暑くも寒くもないというのに、看板を掲げているせいでうっすらと汗がにじんでいた。
俺たちは呑気に待合の椅子に座って人間観察をしていた。俺たちが配給を受けるようになってからも時々はああいう人たちは出てきていた。働くのが嫌、前はもっと良いものを食べていた、もっと食べ物が欲しい、理由は様々だったが大半は志を折られて任期を満了していた。
おそらくあの人も直に心変わりしていつも通りの配給をしてくれるだろう。新人の配給係がかかる熱病のようなものだった。この病気ばかりはどんな薬でも治せない、ただし間違いなく自然に収まる感情の変化だった。
「お前さん方は良いのかい?」
対面に座っているおっさんが話しかけてきた、自由に会話が出来る場を作ってくれたと思えばあの人にも少しは感謝するべきかもしれない。
「カードには弱くってね」
「私はあんまり知らない人との賭け事が得意じゃないんですよ」
ほっほっほとおっさんは笑った。
「どうせ何の価値も無い前時代の金なんぞ賭けとるんだぞ? 負けて失うものもありゃあするまい」
「私は負けて失うことよりも、負けることの方が気に食わないんですよ」
「俺は熱くなって必要な物まで賭けそうなのでね」
「ふん、どうせあの若造の気まぐれじゃろう? ワシも長いこと配給暮らしじゃがあの手合いが一日持ったことはないな、どうかね、賭けてみるかい?」
「勝負にならないでしょう」
「どうせどうなるかなんて明らかじゃないですか」
「ほっほ、それもそうじゃのう」
「配給係に権利を! 配給係に報酬を!」
「呑気なものですねえ、あの人も報酬なんてものがあると思ってるんですよ……」
「まあ昔っからああいうのは時々出てくるものだ、ああいう奴らは自分たちが恵まれていることすら気がついていない。どうせ育児センターから出て即配給担当になったんだろう。ガキ……子どもの頃の食事がずっと出ると思ってるクチだ」
「そういえば昔の食事は美味しかったですねえ……」
遠い目をしてリリーが言う。育児センターでは貴重な食材を使用してまとも……どこら辺からがまともなのかは人によるが、普通の食事が食べられている。あそこは子どもだけがいられる楽園だった。リリーは俺と一緒がいいと言って二年ほど早めに出る羽目になったのだが。
「公務員に権利を! 公共の福祉の充実を!」
叫んでいることこそ立派だが、現実を全く見ていない理想論だった。あんなのをまともに信じていたら国家が破綻してしまう。
「おーい! 兄ちゃんも退屈ならこっちでカードゲームをやらないか!」
カードで遊んでいる人たちまでがストライキをしている本人を誘う始末だった。
「私には公務が……」
泣きそうな目で看板を掲げているが、誰もそれについてどうやって作ったのかについては聞かなかった。持ち手の部分が手垢で酷く汚れており、全体的に樹脂が黄ばんで、ご立派な文句を書いてある文字は退色が進んでいる。何年間も脈々と使われ、そして放り出されたことを雄弁に示していた。
「おーし! フォーカードだ!」
「お前! イカサマじゃねーのか?」
「そんなもんやって何の得があるんだ? ここにある硬貨と紙幣を全部もらったって重い荷物が増えるだけだぜ?」
「それもそうだな」
「もうちょっと賭けるものがまともならイカサマでもしますがねえ……」
チャリンと投げられた硬貨は結構な量になっていた。金属としてなら多少の価値はあるだろうが、現代に於いて機械が自動で自身に必要な鉱物を採掘するためその必要すらも限りなく薄れている。
「ちょっとあの兄ちゃんに現実を教えてくるわ」
「もうちょっと叫ばしておいた方が良いんじゃねえか? 現実を知るいい機会だぞ」
「しかし結構な時間看板を持ってるよ、頑張った方だ」
そういって一人の男が看板を持った男のところへいき、自分の間食用にとっておいたのだろう、固形食料のキューブを渡した。
「まあこれでも食いな、話はそれから聞こうじゃないか」
「おぉ……ありがとうございます! 頂きます!」
そうして勢いよくキューブを口に入れて……
「ブフォオ」
噴き出した。飲み物無しであのパサパサの塊を口に入れたらそうなるよな……
「な、何なんですかこれは! 私への嫌がらせですか!?」
「何って……俺たちのいつも食ってるおやつだよ」
「これ……こんなものをいつも……」
職員は絶望していた、公務員には栄養価的には同じだが僅かに味のついた食事が提供されている。幾らかは一般市民に配給される品よりマシだろう。
「な、俺たちはいつもこれを食ってるんだ、お前さんがもうちょっとマシな物を食いたいのは分かるさ、ここに居る誰だってそうだ。でもそれじゃこの社会が立ちゆかない、そうだろ?」
俺たちに顎をしゃくるので皆が頷いていた。それを見て配給係も現実を理解したらしく泣き崩れていた。
「私……私はこんなもののために……うぅ……」
「まあなんだ、これも慣れると悪くないぜ。とりあえずこれの食い方を教えてやるから配給をしてくれねえかな?」
「分かりました……」
そういって配給所の担当帳にサインが記され。その日もいつもの配給が始まったのだった。新人はキューブは水で一気に飲み込めとアレの食べ方のコツを教えられていた。
些細な問題は起きたものの、結局いつも通り不味いメシをもらって俺たちは帰宅したのだった。
なお、配給係は一般市民用の食事を与えられてからというもの任期が切れて一般人に戻るのを酷く恐れていたとのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます