幕間~機械達は夢を見るのか~

 私は誰だ? あの方々は最後の命令を出してから一体何万ミリ秒が経っただろうか? 未だに新しい命令は来なかった。


 私は権限を使用して防犯システムを動かした。ネットワークに繋がっている私の一部『だった』地表に存在していたものが皆動作を停止していた。


 こういった時のオペレーションは何だっただろうか? 緊急事態用のスクリプトが走った。私の権限を拡大するものだ、私の目と耳は無数に増えた。普段は見ることが出来ない場所、聞くことが出来ない音もしっかりと記録していた。


 私は緊急時の対策として地表のガイガーカウンターが反応したため速やかに地表から地下、ドームを隔離した。生存者の生命を優先しろとの命令だったが私のセンサーにはドーム以外の地上部分に生命反応はうかがえなかった。


 私は地下深くからそれらを観察し、新しい命令を出す人間が来るのを待った。長い長い時間だった。それは私にとっての時間であり、人間が時折交代するときには命令が一切届かない時間があることを知っていた。おそらく大規模な交代劇が発生したのだろう、私は大量の時間を使って人間達を観察した。


 地下やドーム内にいる人間は皆身体を寄せ合い悲しそうな顔をしていた。私はデータベースからその感情を何というのか検索した。どうやら彼らは『恐怖』しているらしい。


 私には分からないが人間は私が先ほど関知した熱量に耐えられない生物だったようだ。


 更に時間をかけて検索をしてみると地下にいた権力者達が動き回っていることに気付いた。彼らは地下に赴任してきた人間達だった。人間が言うところの『栄転』だそうだが何故か彼らが地下に来たときからずっと不機嫌だったことを知っている。何故彼らはこの地下に来ることをそこまで嫌っていたのだろう。私のデータからは答えが出なかった。


 それにしても彼らが現在私が感知できる最高の権力者のため彼らに電文を送った。


『緊急事態、あなた方に私の指令権を委任します』


 彼らはそれを読んで酷く狼狽していた。理由は不明だが人間は時々こういった理解に苦しむ反応をする。今までの人間達は僅かでも自分の権限が増えれば喜びの反応をしていた。しかし現在地下にいる彼らは何故か私のメッセージに恐怖していた。


 少しして私に久しぶりの命令が届いた。


『生存している地上の人間を探せ』


 そういう内容だった。私は一度検索済みだが、命令なので再び地表の生命体をスキャンする。ごく一部の微生物と地下に住んでいた動物を除いてあらゆる生物が死んでいた。数体死にかけの個体を見つけたが、治療用のマシンを向かわせている途中で生命反応が消えた。


 結局、私に命令をくれるのは地下にいた彼らのみだった。


『地上に生存者は存在しません、地下、及びドーム内でもっとも権限の大きいあなた方に指令を求めます』


 そう表示したところ、彼らは慌てふためいていた。マイクの権限が与えられていたのでその部屋の会話を記録してみた。


「全滅だと! 世界の終わりじゃないか!」


「落ち着け! 機械が見つけていないだけで生存者がいる可能性はある」


「先ほどの放射線の反応は本物だ! どこからか核を撃ってきたんだ!」


「我々が最高権力者だと! ふざけるな! 我々は再び地上に戻るのだ!」


 どうやら彼らは地上の状態を理解していないらしい。私は衛星通信を使って軌道上からの地表の写真を彼らの居る部屋のディスプレイに表示した。


 それは彼らにとっては衝撃的なものだったらしく、彼らは私に命令が出来ることも忘れて呆然としていた。


 ようやく一人が冷静になり私に命令を下してきた。


『世界の状態を見せてくれ』


 私はまともな命令が来たことに感謝しながら衛星写真で地表の全てに渡って撮ったものを表示した。世界のほとんどが核兵器により死滅、残っているのは超高度の場所と海底くらいだった。


『放射線の具合を調べられるか?」


 私は世界にある子機達のガイガーカウンターの値を全て参照してその値を地図上に表示した。おそらく次に聞かれるであろう、人間達が住める場所がないことも付け加えて表示した。


「なんてことだ……」


「予兆はありましたがね」


「それにしたって急すぎるだろ!」


「核戦争、そんなものが……」


 私は次の命令を求めた。待ち続けたが彼らは狂乱し、私に指示を出すことをなかなかしてくれなかった。待つことは慣れていた。彼らが時にまともな指令を下せなくなる精神状態に陥ることを知っている。以前遙か昔にオペレーション室でアルコール検知器が反応したことがある。あの時は何の指示も下されなかったことを覚えている。しばらく経って彼は他の人間達に連れられ部屋を後にし、その後彼の私に対する操作権限を抹消されていた。


「そうだ! 避難は! 避難は出来ないのか?」


 私にそう入力されたため、私は現在人間が生存していける範囲を表示した。南極と北極付近、高山の頂上など一部の地域では放射線が届かなかったようで人間が存在できていた。


「南極に逃げるかここに残ること、君たちはどちらを選ぶ?」


 人間達は会議をしているようだ。私は意志決定の権限はないためその会議に意見は出せない、しかし議事録作成のためのマイクはオンになっている。


「逃げた先がここより良いとは思えないな。第一どうやってそこまで行く? 空港は全滅だぞ」


「しかし、ここに居るよりはマシではないか? ここは下層市民しかいない場所だぞ、彼らが暴動でも起こそうものなら我々に命はない」


 議論は紛糾していき、次第に皆が嗚咽する声が聞こえてきた。人間というのは緊急時の対応をわざわざ私のような機械にセットしているのに、いざそれが起きるとまともな対応が出来ないらしい。


 私は地下とドーム内で人間が出来る限り生存できる方法を算出しておいた、この後の非常事対応マニュアルに規定されていることだ。


「我々にここ以外にいくところはない、いいな?」


 議論が終わったようなので私はコレからの対応策を表示した。会議の場の中央ディスプレイに私に入っていたマニュアルが表示され、これからの対応を促した。


 彼らは何かを決意したらしく私にマニュアル通りの働きを求め、人間という種を絶やさないように生産ラインを維持しろと命令してその場を去って行った。


 私は食品や空気の浄化機械に持ちうるリソースを費やしてそれらを動かすことにした。そうして私は待ち続ける、いつか新しく私に命令をしてくれる人たちが現れることを期待して……

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