行き届いた健康管理

「あー……めんどくせえ……」


 俺は外出が必要になり憂鬱この上ない状態だった。別に配給なら不味かろうが貴重な食料が出るので外出だってするさ。しかし……


「お兄ちゃんも健康診断くらいでそんな気落ちしなくてもいいでしょう?」


 そう、健康診断だ。社会保障の一種として提供されているが、この時にされる生活指導が面倒くさいんだ。


「だって運営が人の生活態度に口を出すんだぜ、嫌すぎるだろ?」


「私は規則正しい生活をしていますから」


 涼しい顔をして言うリリーにこの前のことを言ってやろうかと思ったが、それはズルいなと思ってやめておいたのだった。


 別に違法薬物を使っているわけでもない、病院のお世話になるような持病があるわけでもない、ただ単に自分の生活に口を出されるのが嫌いなだけだ。気分的なもので、理論的に嫌な理由を説明できるわけではないが、嫌なものは嫌だった。


「まったくもう……お兄ちゃんが健康でないと私も困るんですからね」


「分かってるよ」


「じゃあ朝ご飯にしましょうか」


 そう言ってリリーがトレイを差し出してくる。なんだかそこに置いてあるものは……


「なんか緑の食べ物が多くないか?」


 いや、固形食料でも色づけは確かにされている。味も香りも変えられないが色くらいならということで気分を変えて欲しいといろいろな食糧が配給されている。なのでおかしくはないのだが……


「昔の人は緑の植物は健康にいいものだと思ってたらしいですよ?」


「お前も結構気にしてるんじゃないか」


 とはいえ、その辺の自動販売機で大概の病気の治療薬が出てくる時代にそんな験を担ぐようなことはとうの昔にされていなくなっている。


 もそもそした固形食料をねっとりした液体食料で流し込む。前時代には食事を楽しんでいたらしいが、少なくともこういった食事ではなかったと知っている。


「ごちそうさま」


「やっぱり緑だと気持ち的に不味いような気がしますね」


「だったらやめとけばいいのに……」


 配給の食糧だが色は大体自由に選べる。緑をわざわざ選ぶ物好きが少ないのでいつでも食べられる。気分的に味がイマイチに感じる程度だ。


「とにかく、これで定期検診の準備はバッチリです! じゃあお兄ちゃん、準備していきますよ」


「はいはい」


 俺は外套を着て外に出る、今は朝でやや気温の低い時間帯だった。二十四時間同じ気温に保つことは簡単だが人間の体調の関係で昼が一番暖かく、明け方が一番冷えるように設定されている。


「冷えるな」


「しょうがないでしょう、検診は時間をずらしているんですから。それとも深夜にやった方がお好みでしたか?」


 近所の人とかち合わないように設定された時間で検診をするため、早朝や深夜の外れ時間に割り当てられることはある。残念ながら今回の俺たちはもろにそこに当たってしまった。


 しばらくトンネルを歩いて行くと診療所のドアが見えた。なんだか久しぶりの検診で緊張してしまう。配給の時の簡易検診と違って結構精密な検査をするため、他の建物にくっついたついでではなく一つの建物として成り立っていた。


「じゃあ行きますよ」


「分かったよ……」


「いらっしゃいませ、昴さんとリリーさんですね。受付は終わっておりますので少々お待ちください」


 見たことがあるような無いような、きっと見ていたとしても記憶に残っていないであろう受付の人が俺たちの受診予定の確認を済ませ部屋へと案内する。


「はい、昴さんは左の部屋へ、リリーさんは右の部屋へお願いします」


 部屋へ入るとベッドが置いてあり、そこに寝る用に案内されると上からライトが当たってきた。なんだか特殊な光線を出して体内をスキャンしているらしいが、この機械も前時代の人間が作ったものなので仕組みを知る人はもう居ない。それでもちゃんと動かすことだけは出来るのだった。


 光線の色が紫から青、次第にオレンジになっていき真っ赤になって消えていった。


「はい、大丈夫です。部屋から出てください」


 ふぅ……たったこれだけのことだというのに何故かいつも緊張してしまう。現在では不治の病がほとんど無いので何かが見つかっても問題が無いというのにドキドキしてしまうのは人間の性分だろう。


 小部屋に案内され検査結果が一通り読み上げられる。俺は特に問題は無く、気をつけるとしたらもう少しカロリーを摂取した方が良いとのことだった。


 これはありがたいことで、カロリー摂取の推奨をされると配給がそれに合わせて少し増えてくれる。不味い食事ではあるがあんな固形食料でもあると少し嬉しかったりする。


「では元も部屋でリリーさんをお待ちください」


 そう言ってロビーに戻された。アイツもそのくらいで終わったろうと思ったのだが、なかなか出てこなかった。


 …………


 しばらく待っているとようやく不機嫌そうなリリーが検査室から出てきた。


「リリー? どうしたんだ?」


「お兄ちゃん、問題無かったのでとりあえず帰りましょう」


 有無を言わせない力でグイグイと引っ張られて診療所を出て行った。


「なあリリー、どうしたんだよ?」


「まあその話は帰ってからします」


 そう言ってどんどんと引っ張っていく。何か病気が見つかった? それなら俺にもしっかりと通知されるはずだ。別の原因だろうか? しかし何だ?


 ピッと生体認証を済ませて自宅に入る、そこでリリーは深いため息をついた。


「はぁぁーーーーー」


「どうしたんだよ、いきなり引っ張って」


「あのクソみたいな検診の結果ですよ」


 先ほどまで検診を進んで受けようとしていたやつの発言とは思えなかった。


「検診って、何か病気が見つかったのか?」


「いいえ、体調は健康そのものだそうですよ」


「じゃあなんで……」


「どうやら新機能が見つかったらしく、試験運用をしているそうなんですよ、それに引っかかりました」


「新機能? 俺には何の説明も無かったが……」


「そりゃあ問題のない人には通知しないらしいですからね」


 話が見えないな。一体なんの検査をしたのだろう。


「で、一体どこが悪かったんだ?」


「どこも悪くないですよ、どうやらその機能ですが隠し機能だったらしくてですね、そりゃ隠されるわって話だったんですよ」


「前時代に実装されて隠されていた機能って事か?」


「そう、脳内検査です」


「脳内?」


「そうです」


「でも今までだって脳梗塞とか脳の腫瘍とかだって見つかるようにはなってたし、一応検査が必要な部分じゃないのか?」


「そうですね、その辺だったら問題無かったんですがね……新機能とやらは脳でやりとりされている分泌物を検査しているようでね、危険思想を持っていると判断できるらしいですよ」


「危険思想って……」


「現在の運営への不満とかですかね。まあ私も『運営に不満のない人とかいると思いますか?』って言ったら受付の人も苦笑いしてましたがね」


 思想検査か、それは確かに機能として隠されてもしょうがないな。個人の思想に関わる部分を検査できるなんて危険なことこの上ない。


「で、治療が必要とか言われたのか?」


「いえ、まだ試験運用なのでこのことは出来るだけ内密にって事です。だから監視のないここまでお兄ちゃんを引っ張ってきたんですよ」


 ああ、トンネルにはそれなりにカメラがついているからな。監視員もサボっていると噂になるくらい役に立ったことが無いものだが安全に気を使うのはいいことだ。


「それでリリーは思想を変えようと思うのか?」


「いいえ全く、そもそもです……」


「?」


「『パートナーにお兄ちゃんを選ぶようなやつをサンプルにして役に立つんですか』って言ってやりましたよ」


 そう言ってリリーは不敵に笑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る