機械には理解できないコミュニケーション
「配給ですねえ……」
「そうだな……」
ちょうど配給の日だったが俺は余り気が進まなかった。最近の運営の迷走具合から碌でもないことになるのではないかと予想していたからだ。
面倒くさいが食べなければ調査対象にまでされてしまうので渋々リリーと一緒に家を出た。
早朝をやや過ぎた頃、配給所について違和感に気がついた。
なんと集まった人たちが堂々と会話をしているのだ。家々が没交渉になってから久しいというのにこんな事があるのだろうかと思うくらい和気あいあいとした光景が広がっていた。
「お、昴にリリーちゃんじゃないか? 配給はもうもらったか?」
一人の男が俺に話しかけてきた。俺は戸惑いながら首を振ると男は言った。
「そうかい、なら先にもらってくるんだな。俺たちはもうしばらくここで集会をしてるからよ」
禁止されているはずの集会が行われているだって? そんなことがあり得るのか!?
そうこうしている間に俺たちの番が来たので一通りの言葉を受けて身体をスキャンする。もちろんこの前フルスキャンした後なのでなんの不具合も見つからない。
そうして配給の袋を受け取って配給所を出ると未だにその『集会』は残っていた。十人くらいだろうか? そんな人数が集まっていれば不思議で介入があってもおかしくなかった。
「あの……こんなところで集まって大丈夫なんですか?」
俺がその一人に話しかけると意外な返答が返ってきた。
「なんだい、二人とも知らんのかね? 今月は機材のログ管理をしているからその間はログを取れないんだよ」
「ログを取れない? しかし運営は膨大なストレージを持っていると聞きましたが……」
「ああ、大戦前から片っ端から何でもかんでも集めてたストレージがな、ソイツが一杯になったから重要度の低いデータを片っ端から消すそうだぜ。専用の装置にストレージを繋ぎ替えるからその間ログをとるストレージは無いって寸法だ」
なるほど、前時代からずっとあらゆるもののログをとっていたなら溢れても仕方が無いだろう。しかし、何故『その事が知られているんだ』?
「そんな情報はスピーカーやディスプレイから流れてきませんでしたが……」
「そりゃそうだ、こんな失態を堂々と明らかに出来るほど連中は懐が広くないさ。ま、実作業部隊の一人が一杯のビールと引き換えに教えてくれたんだそうだ」
「ビールですか……」
「そうだ、このご時世にビールだ。喉から手が出るほど欲しいんだろうな。何なら運営の連中だって自分がリークすればビールが貰えたって悔しがってそうだな、ハハッ」
ビール一杯で漏洩する機密情報、なんともこの終焉を超えた世界を端的に表しているような気がした。ただのアルコールがとんでもない機密情報より重い、だから運営を好き好んでやろうとするやつがいないんだ。
「なるほど、今なら何を話してもいいというわけですか」
「ああ、最低限の画像キャプチャはするらしいが映像としての記録は不可能だそうだぞ」
「で、皆さんは一体なんについて話してたんですか?」
男は頷き迷うこと無く言った。
「そりゃ運営の不満だよ」
なるほど、こうして堂々と言える機会はそうそう無い。
「しかし何故ここなんです? 目立つような気がするんですが?」
「そりゃお前、配給は区民が全部集まるのは当然だからな。
「なるほど、集合する理由があって、集合してもいい理由があるって事ですか」
「そう言うこったな。昴にリリーだったかな? いや、最近人名を覚えるのが不得意になってな」
「あってますよ、ちゃんと覚えられてます」
そう言うとガハハと笑って話し合いに戻っていった。別にテロ行為に走っているわけでもないので止めようがないだろう。しかもメインコンピュータは休暇を満喫している、ならば人間も一時の休息を楽しんでも問題無いだろう。
「この前のフィットネスはキツかったなあ……」
「お前アレやったのかよ!? 今の人間にゃあ無理だな、ありゃ」
「通りで次の日酷い有様だったわけだ」
「ディスプレイも子作りの推奨ばかりで面白みの欠片も無い。もうちょっと見てる奴を笑わせようという気は無いのかね」
「無いだろ、現実のどこに笑える要素があるんだ? コメディアンなんて職業が消えてから何年経つと思ってるんだよ」
皆言いたい放題だった。
「そういや昴、お前なんでパートナーに妹を選んだんだ?」
「え?」
「いや、自由に婚姻関係を選べるのは分かるんだがな……なんで妹なのかなと」
そこにリリーが割って入った。
「お兄ちゃんを選んだのは私ですよ! 私のお兄ちゃんほどいい人はいませんよ! 現代の法律的にも何の不自由も無いじゃないですか!」
「お、おう……まあ恋愛の形なんて自由だからな、リリーちゃんがいいならそれでいいんだが……」
そこからまた話題が移っていった。配給の食糧が不味いこと、健康管理を求めるくせに運営は報酬を出さないことなど様々な事に文句をたらたらと垂れていた。
「しかし皮肉なもんだよなあ……散々通信網を暗号化して必死に相手の通信を見ようとしたり自分の通信を隠そうとしたりして、結局安全な通信が『会話』ときたもんだ。何事も単純な方がいいんだろうな」
今では集会の自由が無くなり、それと共に言論の自由、というか言論自体は自由なのだがよその人に伝える方法が無くなってしまっていた。
それがディスクが一杯になったからと言う偶然で集会と自由な言論が解放されるとは、世の中は分からないものだ。
「ところでよ、固形食料の美味い食べ方って無いもんかね、俺はどうにもアレが苦手だよ」
「私はコーンスープに浸して食べたことがありますけど絶品でしたよ?」
「馬鹿、そりゃコーンスープが上手いだけだろうが」
そんな馬鹿騒ぎを一通り繰り広げたが、結局体力が無い現代人には長時間の集会は辛いようだった。
俺たちも家に帰ると、リリーは俺に話しかける。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんのことが好きな妹っておかしいんでしょうか?」
「さあな、前時代なら異常だったのかもな……」
「じゃあ……お兄ちゃんも?」
「いいや、俺は現代人なんでね、昔の人たち基準の古生代の倫理観にはこだわらんよ」
リリーは楽しそうに俺との会話をその日が終わるまで続けた。結局、誰も彼もを集めた会話よりも俺たちには二人の会話の方が重要なのだろうと思えたのだった。
「ねえお兄ちゃん?」
「なんだ?」
しばらく見ていなかった最高の笑顔をしてリリーは俺に言った。
「大好きですよ!」
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